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ちょい前のお話。『二人の初戦』

壁にかけられた魔物の首の剥製が睨むこの応接間は、校長室としての役目も負っているようで普通の出入り口から奥にはご立派なデスクがどしんと居座っている。その両脇には校長専用扉を挟んで本棚が並んでおり恐らく魔法書であろう分厚い本が敷き詰められていた。この部屋の主が知識と武力に秀でた英雄であることが如実に表れている。部屋の中央にはエメラルドグリーンに輝くでかいセンターテーブル。対面してる肘付ソファ。上を見ればシャンデリア的照明。


その、豪華絢爛威風堂々といった言葉がぴったりと似合う応接間には、とてもとてーも微妙な空気が横たわっていた。

理由は簡単ながら奇天烈。

寝起きドッキリとしてはあまりに意味不明な、トリッキーすぎる侵入者を見つけた校長。そして2人の世界に入って恥ずかしいところを見られてしまった兄妹。


テーブルを挟んで対峙する。


暗闇の中、ほんの一瞬すら揺れないパジャマとマント。

互いに相手が動くのを待っている。


じわりと痛いような沈黙。


瞳が動く。

羊も眠るような長い沈黙を破ったのはパジャマだった。

ナイトキャップが揺れる。


「侵入

「言わせるか!(小声)」


俺は左手を突き出す。

心で弾丸をイメージして、魔法として飛ばす。

黒の魔弾が一直線にパジャマ校長に伸びる。

暗いので見にくい。


「くう!」


デスクがグリーンに光った。

半径30cm程の魔法陣が展開され魔弾が打ち消されたのだ。

流石は校長。怯みながらも咄嗟にバリアで防いだようだ。

しかし俺も攻撃の手は緩めない。

得意の魔法を心にいくつもストックする。

それらを狙いを定め撃つ!


「……!……!……(そいや)!」


次々に繰り出される魔法。着弾地点は狙い通りだがそこには緑の魔法陣が待ち構えている。全ての攻撃を校長は一つずつ打ち消していく。

連写によって暗闇の時間も短くなり絢爛な部屋を緑に染める。

お互い無詠唱なので無言の攻防である。しかしこの空間には一撃一撃、魔法が打ち消される独特の音が響いている。光が鼓動する。

戦いは、確かに刻まれている。

地味ではあるがリアルなガチ魔法戦。

お互いの表情は真剣そのもの。

攻撃の合間によくよく見てみれば彼の眼光は俺の瞳を貫くようで、息切れなど全く気にせず今一瞬に全てを使っているのがわかる。


「……!…!…!」


決着は全く着きそうになかった。俺はこの魔弾で最大限の攻撃を更新し続けるも相手の底も見えない。

…………いや、しかしうーん。

なんというか。

油断とかだったらやばいのだけど。

良くないのはわかっているけれど。

俺は、全然余裕な感じだ。

実はさっきから一つも疲労感は無いし精度も下がるどころか目に見えて上がっている。

攻撃の方は楽とか年齢とか相性とか、色々あったりするのだろうか。初戦なのでよく分からない。ネーレイに色々と聞いとくんだった。未知数です。

初戦地味だなーとかネーレイずっと傍で何かしてるなーとか思い始めた頃、俺が飽きてきたのを知ってか知らずか、校長が白髭に隠れた口を開いた。


「うぬ、うぐ……なんという魔法力。ここまでの相手は久しぶりじゃ。じゃがワシはまだ死ぬ訳にはいかないっ」


いがらっぽいわしゃわしゃしたイメージ通りの声。

始めて校長がまともに喋った!


「いやいや……」


前半もつっこみたいとこはあるのだが、殺さないって。

俺が出してるのは殺傷性のある魔法ではなく、ただの魔力の塊だ。魔法に長けている者でも見ただけではどんな魔法か分からないものなのだろうか。暗くて見にくいだけか?

戦闘を想定して魔法を教わったつもりだったが、実際にやらなければ分からないことが多い。

自らの認識の甘さ。過ぎる未熟。

これは反省した上で有益な糧としたい。

いくら余裕があるからといってもこんなんじゃ良くないよなぁ。

反省しつつ今できることは今やっていく。


直射魔弾の軌道修正。発動と発射のイメージすり合わせ。速射のテンポ変更。相手の表情観察。魔法陣記憶。

なるほど。気にする項目が増えると余裕は小さくなっていく。ゲームのウィンドウを増やしていく感覚か。それを経験を積んでシンプルにして効率を上げていくと。戦闘中にはこういうことをするのか。

少しずつ戦闘っぽくなってるじゃないか。いいぞ俺。

攻撃を続ける。


「ぐ…………。やりよる。ここまで強い相手に相対するのはあの戦い以来じゃ」


何やらカッコいい台詞を吐きながら完璧に防御する校長。白髭が乱れ狂い、ずれ落ちそうな帽子の中からツル禿げが覗く。

集中が乱れるのでやめてほしい。

全部防御してくれる上に面白いとかサービス良すぎるこの御仁。それにさっさとドアから逃げ出せばいいとも思うのだがずっと付き合ってくれる。


しばらく繰り返しのような戦闘が続く。

校長室に変化はない。これが当たり前になってきている。

すると、相手も慣れてきたのか、隙をみて校長が緑の魔弾を放ってきた。

軌道は俺ではなく隣にいるネーレイに伸びている。

恐らくずっと魔法術式を展開しているネーレイへの牽制だろう。


「そい」


それは当然俺が防御する。

ちょっと大き過ぎる気もする魔法陣に緑が散る。

よしよし。しっかり見えるし予測も完璧。1つ分かったことがある。意外にも魔法戦は防御の方が簡単だ。

これは油断か。即反省。


「ちぃ」


白髭の奥で舌打ちをする校長。わざわざ観察するまでもなく苛立ちが見て取れる。

髪も無ければ品もないぞこの校長。いいのかこんなんで。

しかしちゃんと対応してきたあたり実力があるのは間違いない。泥沼になったら危険かも知れない。

その後は攻撃の手数を増やし俺、ネーレイをランダムに狙ってくる。まだまだ俺攻勢だがちょっと不安がある。

危ないラインまでの計算が出来ない以上1瞬先は危険と見たほうがいいだろう。


「くそ……結構厄介だぞ。我が相棒まだか!」


意識して名前を呼ばないよう呼びかける。


「は、はい!兄さんもうすぐいけます!」


ずっと続けている魔法詠唱の合間に答えてくれる。

兄さんはギリアウトでは。


しかしもうすぐならば良し!


俺は気合いを入れなおす。

それは相手も同じようで、ほぼ防御を捨てネーレイに狙いを絞ってきた。

毎秒1弾以上の攻撃が降りかかる。ネーレイを庇うように前に立ち確実に守っていく。自分の前方80㎝に想像の壁をつくり着弾予測地点に防御魔法を置く。今回の戦いでは無いだろうが魔法のレベルを上げることも近い選択肢にしつつネーレイを待つ。

何をするのかしらないが。ネーレイの一撃で終わるという確信がある。

まだか妹よ。


と、ネーレイの愉しげな声が聞こえた。


「できたぁ〜。あ、いけます!いけます兄さん!」


きたか!よっし。


「頼むぜ妹!」

「はい兄さん!受け入れなさい……マドル・セリア・クダンアーツ!」


妹が叫ぶとともに、校長の足元に魔法陣が浮かび上がる。1つの魔法陣から複数の魔法陣が生まれ、周囲を囲んでいく。


光が光を呼ぶ。


美しいと思った。

その様はいつか見た夏の花火のようで、俺は過去の記憶を重ねながら眺めていた。

攻撃魔法だと思って正面に防御を張っていた校長は光に包まれる。その顔には驚きと恐怖がこれでもかと浮かんでいる。もはや避けようがあるはずもなくただ受け入れるしかなく……!!



何も起こらなかった。


「おい」


つい口に出てしまった。

だがしかしこれは仕方ない。あれだけ勿体つけて何もなしとは有り得ない。寧ろ盛大にツッコんであげた方が良いのか?

なんでやねんなんでやねんと隣をみれば、ネーレイはこれでもかというくらいにドヤ顔をたたえていた。


「なんでやねん」


いやなるほどこういうボケか。と感心しかけたがふと校長をみると腰を抜かして、爆竹ドッキリにあったパンダみたいな顔をしている。

どういう。一体なにが。


「ま、まさか今の魔法はあの禁呪の……」


えっ。禁呪?なにそれ。

もう一度妹を確認する。

こくこくと頷き満足気な表情。

これ、俺だけが分かってないパターンだ。

妹はフッと虚空を見つめて言う。


「そうですこれは"あの魔法"です」

「なんと……まさか"あの魔法"をこの身で受けることになろうとは……。光栄じゃわい。お主、一体何者じゃ」

「"あの魔法"の使い手とだけ」

「なるほど。たしかに"あの魔法"が使える以上の名乗りはないわな。ハッハッハ。こりゃワシの負けじゃ。"あの魔法"使いに負けるなら悔いないわ。ほれ。煮るなり焼くなり好きにせい」

「"あの魔法"の使い手としてあなたの賞賛受け取りました。いいわ。受け入れなさい……。苦痛なく終わらせてあげる……」

「待って!終わらせちゃダメだしなんだこれ!魔法!あの魔法!あの魔法ってなんだよこのやろう!」


勢いでネーレイの肩をぐらぐら揺らす。


「あわわわ兄さんおおおちついてくだららら」


ぐわんぐわんされながらも答えようとしてくれるネーレイ。しかし俺は収まらない。何故なら仲間外れは寂しいからだ。


「あの!魔法とは!」

「それはな

「うるせぇ!」


暗闇からの声を一喝する。

俺とネーレイがしゃべってんだ。


「そろろろまほうはまおおおうしかつかええぇぇなかっらやつぅ」

「魔王しかつかえないなんだよ!効果を!」

「あいいぃてをいってーきかんんまほつかえなくぅ」

「そんなマンガでもゲームでもよくありそうなな魔法がンな大層なモンなわけないだろ!本当は!?」

「ほんとろろろろ」

「ホントじゃぞ」

「うるッ…………マジなんですか」


フッと抜けたように落ち着く。

だってそれはおかしい。

息絶え絶えでぺたんと座り込むネーレイといつのまにか正座していた校長への気遣いはそこそこに。今は流してはいけない疑問がある。


「魔法使えなくする魔法はこの前銭湯入ってる時作ったぞ?魔力もあんまり使わないし割と簡単だったし」


俺の数少ない上手く使える魔法の一つだ。


「ほ、ほんとなんですか兄さん?それとてもすごいことですよ!」


さすおに!とばかりに、下からネーレイがキラキラした目で見上げてくる。

さっきまでドヤ顔していたネーレイがこの驚きようか。

相手の魔力を発生源から吸い取って異次元に溜めておくやつなのだがよく考えてみたらちょっと違う気がしてきた。

「破壊してゲームから除外」と「ゲームから除外」の違いみたいな。恥ずかしい。あとでやんわり訂正しておこう。

驚いた表情の正座校長が口を開く。


「化け物か貴様……。否、魔王か。なるほど。フフフ……魔王は不滅、か……。うむ、悪くない。悪くないぞお主ら。これ以上は望めぬな。勇者時代魔王と戦い勝ちもしなかったが負けることもなかったワシが、新たな魔王の初陣で禁呪によって滅される。願っても無かったことじゃ。ほれ。やるが良い。特に言い残すこともないぞ」


一瞬、どういう意味か測りかねたが、褒められたようだ。特に沸く感情はない。前の魔王のこととか知らんし。そして殺さないっちゅーの。


「いやあのね。盛り上がってるとこ悪いけど殺さないよ?あんたにはこれから利用されて貰うんだから。殺しちゃったら元も子もないんだから」


地べたに寝転がり祈りのポーズまでし始めたので諭すように、優しく言ってやる。

すると俺の説明にピンときたことがあったのかぐわりと目を見開きパンッと手を叩く。


「もしやワシを魔獄へ閉じ込めて知識を吸い取り傀儡にするのじゃな!いや記憶を上書きして自然に何かさせる手もあるぞ。グラン星に運命を変えさせる……?となるとまさかこれからワシに使われるのはあの禁呪!?なんということじゃ。ワシは魔の力の極みを短時間で二度も受ける!そして知らぬまま魔王に良いように使われ最後に真実を知り絶望!強大な魔法によって殺される!是非やってくれ」

「もうこのじいさん黙らせていい?用語も趣味も何一つ分からなくてイラッとするんだけど」


エキサイトに騒ぐなバカ。こんなのが校長とか、学校生活不安になってきたぞ……。


「大丈夫です兄さん。私も分かりません……」


ネーレイがちょっと逸らし目気味に答える。

その言葉に安心したよお兄ちゃんは。

しかしネーレイでも知らない知識か。これは素晴らしい。こいつを狙って正解だったな。俺の妹はやっぱりできる子。

その妹の計画もこれで大詰め。そう。記憶改竄魔法だ。


「まぁなんだ。もう説明も面倒いし色々やることも詰まってるから、俺がかける魔法を無抵抗で受け入れろ。いいな。うなずいたな。恍惚の表情はしなくていい。そんじゃやるからな……いくぞ。3……2……1……。リー・コスザカイクーン・イドセント・サレイラー!」


予めネーレイに教わった詠唱を唱える。それは上手くいったようでパジャマ校長の下にぼうっと魔法陣が現れた。不気味さも感じる深緑色に怪しく輝く。俺には分からない文字達が現れては消え、現れては消え……。少しするとそのスピードが速くなる。校長が眠ったようだ。

ちらりとネーレイを盗み見ると、真剣にその文字を見つめていた。

よかった。


と、俺の意識に異変が生じる。


違う。

誰だ。

ああ校長の記憶か。まさしくこれは先程の記憶。俺が見える。お前そんなこと思ってたのかよ。その魔法はなんだ?そう使うのか。ああ行き過ぎだそうそこら。よし。なるほど。これか。流石だ。よし、よし……。

戻って。記憶の海から顔を離す。


ぷはぁ。


最初に確認したのは自分の身体。肉体を見やる。

しっかり普通に動くな。意識がリンクするような感覚が気持ち悪かった。あんまりやるもんじゃないなこれ。


「成功ですか兄さん?」


聞こえるは妹の声。

顔を向けキリッと笑顔を見せる。


「ああばっちし成功だ。お前の計画通りだ」

「そうですか!……なんでそんな怖い顔してるんですか?体調悪いですか?」

「俺の祖国では謀が上手くいくとこういう顔をする文化があるんだ。体調の方は微妙だな。今日は夕方まで寝たい」


俺の言葉に妹も深く頷く。


「そうですね。今日は寝過ぎていい日だと思います。……取り敢えずこのおじいさんをベットに運んでからにしましょう」

「御意」


そこからは特に会話もなく俺たちはレスキュー隊よろしく担架を錬成してよっこら運ぶ。そういや担架なんてサッカー中継と猿のgif以外で見ないなぁとぼんやり思いつつベットの横につけ、ゴロンと転がしきっちり布団をかけてやる。

スムースな一連の流れ。


ふぃー。


「帰るか」

「はい」



帰りの転移は特にパニックになることもなく成功した。

小走りで最短コースを抜けなんとなく無言のまま宿屋に侵入し、さっさと布団に入った。


天井を見つめた。遠くなる。力が抜ける。疲れだろうか。なんでもいい。とても眠たいのだ。やりたいこともあったけど。言いたいこともあったけど。今はいい。明日言おう。きっとネーレイも同じだ。

多分、疲れたんだ。2人とも。

布団の中で微睡みの合間。

自分の形もわからないままつぶやく。


「頑張ったよな。俺たち。ダメなとこもあったけど、格好わるかったけど俺たちこどもなんだよ……」

「どうしたらいいのかな……」

「ねよ……」

「まだ……」

「うん」

「ありがとう」


誰の言葉かも分からない。融解して……。

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