朝の兄妹。2人。
「兄さん朝ですよ。起きてください」
妹にゆらゆら起こされる。
ぬくぬくとした布団の上から揺らされるのは逆効果なのではないかとも思うのだが、それをしているのが美少女だとすると早く目覚めて姿を見たい衝動にも駆られる。
俺の妹、ネーレイは文句なしの美少女だ。
起きよう。
清々しい朝だ。
「おはよう〜」
俺はふわぁと伸びをして朝の挨拶
寝ぼけ眼にネーレイが映った。
ロングの銀髪が朝日に輝き、前髪の奥から覗く紅い瞳は夕日のよう。可愛いと綺麗が共存した完璧な造形の顔立ち。そしてちょっと痩せすぎなような気もするスレンダーな体型。特にスカートから伸びる白い脚は中世ヨーロッパの彫刻のようだ。
うん。今日も可愛い。
いやまて、昨日は制服にワンポイントのリボンなんて付けてなかったはずだ。この元の良さの上にオシャレポイントも重なるのか。なんとも底が知れない。
そんな超可愛いネーレイなのだが、現在その可愛さそのままに、まさに彫刻のようになんだか固まっているように見える。
ネーレイの次の行動は「おはよう兄様♪」とにこやかに返事することだろうに。
おはようと言ったらおはようと返す。家族として最低限の礼儀だ。それを疎かにするとはどういうつもりだろうか。
既に頭はすっきりしてきて、返事によっては魔法を使った軽めのお仕置きも辞さない構えで次の発言を待っていると、ネーレイの顔がだんだん赤みを帯びてきていることに気がついた。
元が白いから朱に染まると今度は絵画のような美しさなのだが心配にもなってくる。
いったいどうしたというんだネーレイよ。
「おいネーレイ。さっきから何を固まってるんだ。おはようと言ったらおは
「な、な、なに裸でいるですか!?変態ですか兄さんは!!」
耳がツーンときた。
朝から食い気味にテンション高く叫ぶ妹。
うひゃーと言ってすぐさま顔を背けて両手で目を覆うが、指の隙間からちらちら見ているのがこちらからは丸わかりだ。
俺を変態呼ばわりしているがどちらが変態かわからない。
しかし、せっかくテンプレをやってくれてるのだ。
野暮なことは言わずに兄として宥めるように語りかける。
「変態じゃないさ。毎日のことだろうに」
「だから!毎日服を着て寝てくださいと言ってるじゃないですか!そんなことも守れないんですか!」
「約束してないもーん」
「な、なんという人間……いえ、兄さんでしょうか。体たらくにも程があります……」
腰に手を当てジト目で見下ろす呆れ姿勢をとるネーレイ。
そんな妹をよそに、俺は布団の中でもぞもぞと服を着始める。
「あーもうまた変な着替え方して……シワになっちゃいますよ」
「洗濯は俺がやってんだからいーの。明日の俺に任せるの」
「はぁ……。そういうことでなく、クラスの皆に変な目で見られちゃいますよ。身だしなみには気をつけてください」
「わーってるわーってる。部屋出る前に魔法でピンと伸ばすから」
適当に答えながらするする服を着ていく俺。
あーだこーだいいながらも俺の着替えを待ってくれる妹。
俺たちの関係は初日からちょっぴり変化があったのだ。
例えば距離感。俺が一方的に近づいた感もあるが近くなったのは間違いない。やり取りもフランクな感じになったし、多分一緒にいるのを楽しんでくれてる。
例えばルール。互いに口には出さないものの暗黙の了解として個人のプライバシーを侵したりしないよう努めている。逆に可能な限り一緒にいることや、先程の毎朝やってるやり取りのようなものもある。
例えば身の上。俺たちは学校に通う事になり事実上兄妹になった。「ネーレイ・ギャビストン」「チハヤ・ギャビストン」と名前を偽り、学生寮の2人部屋で一緒に生活している。クラスメイトからは「変わってるよな」と言われるが普通の生活が送れている。
そしてラスト。一番は、そう。俺の呼び名が兄様から兄さんに格下げになったことだ。2日目あたりから怪しくなってきてとうとう「兄さん」率が「兄様」率を超えてきたあたりに真剣な剣幕で問いただしてみると「兄としての威厳を感じられません。呼んで欲しかったらしゃんとしてください」とのことだった。納得はしてないが「はい」としか答えられなかった俺である。
やっとこさ着替え終わる。
ネーレイはそれを察して降りるスペースを空けてくれる。
俺はもちろんそこに足を降ろす。
そのまますくっと立ち上がる。
隣には制服の妹が俺を見上げている。
恐らく俺の「行こう」という言葉を待っている。
…………うん。
なんていうんだろう。この当たり前、言葉に出来ないがすごく良い。これの為なら何だってできる。
いや、何か起こると知ってる訳じゃないけれど。
あまり待たせても悪い。望まれた台詞を続けるとしよう。
「よーし。そんじゃ食堂行こうか、ネーレイ。今日こそはカレーだといいな」
「カレーなるものは献立になかったと思いますが、似てる料理があるといいですね。あ、兄さん食堂着く前までに寝癖は直してくださいね」
「はいさーい」
「なんですかそれ。ほんとに分かってるんですかね……」
そうして。
制服を着た元ニートと制服を着た魔王の娘が肩を並べて歩き出す。
この、異色のコンビが通うことになった学校は
王城下に広がる建物の中でも他を圧倒する存在感。広大な土地の上に立ち、威厳と風格を見せる大講堂を中心に小城群が囲む。
数百年の歴史を持つ、貴族、平民、亜人が共に学ぶ王国随一のエリート校
「王立ベルゼイア魔法魔術学校」