妹、魔法、フェチシズム
ぐらぐら。揺れる身体。
震源は左脇腹。偶然そこに小さな手の感触がある。偶然ではない。それが犯人だ。
「あー」
「あー?」
自分のだるい声に鈴の音のような声が追随する。
いい声だ……。
二度寝を誘うような優しい声。
……これはおかしい。
俺にそんな声の知り合いはいないし起こしてくれる相手もないはずだ。
山積している違和感を解決する為俺はぐわっと一気に起きた。
「おはようございます兄様」
上半身だけ起こした俺の左側に、天使がいる。正確には銀髪から二本ツノが生えているので悪魔系なのだがこれは天使でいいだろう。なんせ可愛い。
なんだ、なんだこれは。起き抜けに天使の妹ができたようだ。どういう脈絡だろう。
「おはようございます。兄様というのはどういった理由からでしょうか」
あくまで紳士的に、努めて冷静に尋ねる。
天使は答える。
「聡明な父様はこの未来を想定しておられました。私が生まれる10年前からエイングルダム魔法術式を発動させしかるべき時にすぐさま召喚、移譲、増幅できるよう眠らせておいたのです。それは実際成功し家の血筋は貴方に受け継がれました。少なくとも24年分の血が流れている貴方は私のお兄様であり魔王なのです」
「へぇそうなんだ」
もうなにがなんだか。欠片も理解ができない。
てんで関係ない話を別言語でされた感じだ。
一体どうしたら、どう…………あっ!
「魔王!昨日の!」
思い……出した!
そうだそうだよ俺はとんでもない色々を経験して!
「そうだ昨日魔王に会って、逃げてっていわれて、何かがあって、あれ?どうしたんだっけ。ああで貴女が魔王の娘になるのか。あれなら魔王は?」
完全に混乱してごちゃごちゃ喋ってしまった……。
一瞬で後悔。
「はい。私が父様の言っていた娘です。父様は、もう既に亡くなっていると思います。私達を魔法でここに運んで、戦いました」
魔王の娘は冷静に答えてくれた。
内容からすると彼女の父が死んだようだが、やけに冷静だな。俺に気を使ってそうしてくれたのだとしたら情けなさ過ぎる。どうにか立て直さないと。
そういえば運んでと言っていたな。
見回してみると確かに昨日の記憶と一致しない場所にいる。昨日は森のような場所だったが今は小さな小屋だ。
これに気づかないか俺。これから頑張ろう。
じゃあ。どうしようか。取り敢えず直近で影響出そうな疑問を解決しとくか。
銀髪娘に向き直る。顔をしっかり見て、目を見て、わぁ可愛い。違う尋ねろ俺。
「ええと、貴女に聞きたいことがいくつかあります。それを聞かないことにはどうにも動けないと思うので答えて頂けると幸いです」
「なんでも聞いてください兄様」
「はい。俺達は逃げなければならないのですよね。追手はどのような相手なのでしょうか」
「勇者を中心とした連合国軍が私たちの追手です。しかし私たちの存在は知られていないので正体を隠していれば対面しても殺されることはありません」
「ゆうしゃ」
「?」
俺のつぶやきに首をかしげる銀髪娘。
「あ、えー。緊急に逃げる必要がないのは理解しました。だとするとここはどこなのでしょうか。仲間、はいるのかとか」
「ここはイリスムの中心部にある薬屋『キュロスト』の倉庫です。ここは人間の街ですので仲間はいないです」
これまで同様さっぱりと答えてくれる銀髪娘。
うーんなんとなくわかってきたぞ。自分と彼女の立場を整理できてきたと言ってもいい。分からないのが何故なのか分かった、みたいな。
あの
「あのさ、そのー質問ではなく自己紹介というか前提確認というか。俺。俺って多分だけど、この世界の人間じゃないのよ。なぜなら俺の昨日までの記憶にはイリスムなんて地名は聞いたことないし、魔法なんてなかったんだよね。だから魔法や魔王がいる前提のお話だとちょっと理解が難しいんですよ。それを言ってなかった俺が悪いんだけど、もうちょっとこう、分かり易く教えてくれない?」
ごめんねと付け加えて平に教えを請う体勢をとる。正座オン地面。
すると彼女は。
「はいぃ?」
初めて態度が崩れた。
やっべ怒らせちゃったか?
「魔王がいない世界ぃ?魔法がないぃ?意味がわかりません」
魔王の娘は魔法がないのが理解できないようだった。
魔王の娘だしな……。
この世界で一番それを信じられない存在かもしれない。
さらに続ける。
「それなら貴方のようなひ弱そうな人間はどうやって生き延びたのですか?魔物にパンチされてペシャンじゃないですか」
この世界には魔物がいるのか。
「その魔物とやらも居なかったんだよね」
「…………」
じぃ、と完全に疑いの目で見られる。
これがなんとも可愛い。
なんだか別に信じてくれなくてもいい気がしてきた。
「信じ、るしかないんでしょうね。……分かりました。それを踏まえて説明するのでちゃんと聞いてくださいね?」
信じてくれた。
普通にしてても可愛いな。信じてくれてラッキー。
彼女はここで初めて立ち上がり、教える姿勢になった。
立ってみると案外身長があることに気がつく。
童顔のせいで勘違いしていたが14歳くらいじゃなかろうか。
「いいですか兄様。いまから貴方の知らない魔法という技術を見せます。見せるのでここ、ここらへん見ててくださいね。はいそこです。いきますよーそれっ」
それっの合図の後に、彼女の胸の前にいわゆる魔法陣が展開された。ぺかーっと光ってちょっと眩しいくらい。
これは光を出す魔法なのか。
「おおーすごいすごい」
素直に感心してぱちぱちと手を叩く。魔法の光はとても綺麗だ。
銀髪娘は褒められたのに気を良くしたのか、
「じゃあ次いきますよーそれっ」
「わぁすごい」
「それっ」
「熱い!攻撃魔法でしょそれ!」
「それっ」
「あ、つめたい……」
「それっ!」
「雰囲気的に回復魔法かな。すごいすごい」
という感じにたくさん見せてくれる。
しかし、魔法をわちゃわちゃ見せてくれるのは嬉しいのだが、ゴスロリスカートがひらひらしててちょっと聞きにくいところがある。意識がそっちに向いてしまう。
それとなんだろう、胸元がちょこっとだけ揺れるのもなんか良いな。下からみる貧乳?はフェチシズム度高い。
とそんなこと考えてるとまたしてもじぃ、と見られてしまう。やばい。
「あ、いやーすごいっすね!なんか感動しちゃいましたよ。こんな綺麗なのみたの初めてっすよ!」
目を逸らしながらも更に褒めてみた。
「まぁ魔法の鍛錬は怠ったことありませんし?世界一とは言わないまでも上位の技術は持ってるはずなので当然というか?」
年相応に照れてくれた。なんとも可愛らしい。
ちょろいぞこの娘。
しかしそうなってくると自分も魔法使ってみたくなるのが俺。実はなんか出来そう感あるんだよな。
「あのさあのさ。その魔法って俺も使えたりするのかな」
確認してみると。
「それは勿論ですよ。兄様は父様のお力を得ているので私より魔法力は高いはずですよ。余裕です」
まじか。
「でも詠唱とか知らないし」
「詠唱?高度な魔法でないなら私たちには必要ないですよ。こころで想像するんです。火を出したいなら火を。水を出したいなら水を強く想像してください。それでできます」
なんだほんとに簡単そうじゃないか。まさかそんなヌルゲーだとは。
「んーじゃあ風おこしてみようかな」
風をおこす行為。何も変じゃない。火水ときたらそりゃ風に決まってる。だから風を選ぶのは変じゃないしもし間違って妹のスカートが捲れてしまってもそれは仕方ないというものだ。
よーしそれじゃあチンカラホイと。
ドカァァァン!!!
としか表現できない音を出して屋根と壁がすっ飛んだ。
その屋根があった場所を見上げると雲一つない澄んだ青空が広がっていて、世界が違くても空の美しさは変わらないんだなと思った。
「兄様!兄様!何やってるんですか!?これやばいやつですよ!?ほら足音聞こえますし……衛兵来て私達すぐ捕まっちゃいますよ!」
ですよね。ちょっと現実逃避した。
「ど、どどどうしよう銀髪娘!俺も魔法使えるの分かったけどこれはどうしよう!なんか偶然転移魔法使えたりとか俺そんなキャラじゃないから魔法はムリだ!走って逃げるの大丈夫!?」
「ちょっと何言ってるか分かりませんが走るしかないでしょう!走ります!」
「おうよ!」
本気の全力疾走。
俺と銀髪娘の2人組は魔王感0の全力疾走でどうにか逃げられたとさ。