戦争の匂い
「ふいー。今日もつっかれたぁ」
「兄さんは寝てただけじゃないですか。これからノート写して、復習もして、ですよ」
部屋に入るやいなやベッドにダイブした俺を呆れつつ見やる妹。
妹の言うことは尤もだ。しかしとてーも面倒くさい。ニートは学校に行くというだけで精神力が底をつくのだ。勘付かれないよう気張らなくては。
それはそうと
「いやいやネーレイさんや、あなた復習とかする意味あるの?余裕のよっちゃんいかでしょう?」
ベッドの端に腰掛け、姿勢を正し尋ねる。
「よっちゃんいか……?私は確かに余裕のよっちゃんいかです。けど、完璧じゃないとダメなのです。偉大なりし魔王は弱小魔法さえも誰より上手くなくてはならないのです」
ネーレイは机上で復習の用意をしながらさらりと言い切る。
「いやそういう美学は否定せんけどさ、人間の魔法まで完璧にする必要はなくない?魔族の魔法しか実戦には使わないでしょ?」
やれやれとばかりに肩をすくめるネーレイ。そしてビシッと姿勢を正し腰に手をやり言葉を紡ぎ出す。
「人間が使う魔法と魔族の使う魔法は違う、それは正解でもあり間違いでもあります。いいですか?まず魔法というのは身体の内にある魔力を練りあげ形にし、色をつけ、発動させるという手順があります。この順番は不変ですので四聖教は間違いなのは明らかなのですそれを信じたあの勇者どもが父さんを斃して……ごほん。で、ここまでは共通してるんですよ。同じなんです。でも人間の魔法には詠唱や呪文がありますよね。そうです。例えるなら型と絵の具ですね。人間は考えすぎるのでその過程に邪念が生まれ上手く発動できません。なので発動しやすくなるよう、過去のだれかさんが詠唱と呪文をつくった訳ですね、はい。もちろん魔族は本能で解してるので必要ありません」
銀髪ロリ眼鏡教師を幻視した。
言うほどロリでもないか。それにしてもネーレイの長台詞いいなぁ。よく噛まずに喋れるなぁ。
「ちゃんと聞いてましたか?もいちど聞きますか?」
ぐっと腰を曲げ俺の顔を覗き込む。銀髪の隙間から覗く紅い瞳が……。
「一度といわず五回ほど頼む!」
「もう!兄さんはなんでそう真面目な時ばかり聞いてくれないんですか!私の寝言とかずっと覚えてるくせになんでですか!!」
「それとこれとは全然違うって!ネーレイが夜、兄さん大好き……って言ってるの忘れる訳ないだろ!」
「嘘!嘘ですそんなこと言ってません!嘘良くないです兄さん!」
「ふはは寝言だから確かめようがないのだよ。つまり俺が言ったことが真実。ネーレイよ諦めて言ってみるのだ。兄さん好き好き大好き超愛してる、と!」
「きもい!たまにマジきもになるやつ出ました!絶対他の人にやっちゃダメですからね。ああ兄さんが憲兵さんに連れていかれる姿が浮かびます……」
「えー。ん?他の人ってことは……」
なんてくだらない言い争いをしていると、ノックの音に気がついた。
レオパレスじゃないので隣の部屋ということもないだろう。ということはこの部屋にがノックされてるということなのだが。
ネーレイと目線を交わす。同時に頷いて無言でじゃんけんぽん。
負けた。
座ってたとこの暖かさが名残惜しいが軽くベッドから飛び降りドアに向かう。ドキドキ初来客は誰だろなーと、なんとなく巨乳のクラスメイトを期待しながら鍵を開けノブを捻る。
果たしてドアの向こうには巨乳がいた。
ではなくアリヤがいた。
「まず顔より胸を確認するとは相変わらずね、チハヤさん」
「違うんですよアリヤさん。私背が高いでしょう?なので目線がちょっと下向いただけでそういうことじゃないんですよええ」
「女の子は視線に敏感なんだから言い訳しても無駄よ。あとへんな敬語やめて頂戴」
「へい」
一通りやりとりしたあと中へ案内する。
ふと、暗殺者とかを考えるとうかつだったなと思った。まぁアリヤなら信頼できるから大丈夫だろ。
いつの間にか4人がけのテーブルに移動していたネーレイがペコリとおじぎする。
「こんにちはベータさん。さっきぶりですね」
「こんにちは。あとアリヤでいいわよ」
……。女子が言葉交わすと独特の雰囲気でるよな。なんか入り難い。
「ではアリヤさん、兄さんと仲良いとは知ってます。だから教室でお話するでも遊ぶでも良いと思います。しかし貴女は貴族の娘さんですよね?それも一人娘が、異性の部屋にやってくるというのがどういう意味かわかってますか?誰かにでも見られて、噂になったらどうするんですか?私は貴女の事なんてどうでも良い。でも兄さんが被害を受けるのは絶対許せません。もう来てしまったものは仕方ありません。なので要件が終わったら出て行ってくださいすぐに」
またしても長台詞を聞いてしまった。しかしそこには先程と違い苛烈さがある。理由はわからない。
「ネーレイさんの言うことは尤もだと思うわ。チハヤさんのことを中心に考えてるのも評価してあげる。でもこの部屋には貴女もいるのも周知の事実。少し考え過ぎでなくて?」
「侯爵の娘なのですよ?言いがかりの材料を常に探されてるんです。そのくらい当然です。全く、少々自覚が足りないようですね」
「私はね、15年も侯爵の娘やってるの。貴女よりは貴族の戦いというのを理解してるのよ。それに私は他人から何を言われても気にしないわ」
「貴女ではなくお父上が言われるのですよ。まぁ、ベータ侯爵がどうなろうとどうでもいいですが」
「「……」」
おうおうやべえよ。どうすんのさというかどうなってんのさ。ネーレイが敵意見せるところ初めて見たぞ。めっちゃ怖いのな。勿論アリヤも。
何にせよ、この場は俺がなんとかせにゃらなんだろな。兄さんにおまかせあれ。
「まぁなんだお前ら、とにかく落ち着け。らしくねぇぞ。アリヤはまず椅子に座ってくれ」
アリヤはネーレイから視線を外さずにゆっくりと腰掛けた。
なんで対面選んじゃうのぉ。まぁしゃーなし。俺はネーレイの隣に座らせてもらう。座らせてもらうってなんだ。弱腰になってんじゃん。
「それで、お前らがなんで仲悪いのかとか仲直りしろとかは言わん。存分に喧嘩するといい。でも今日はやめとけ。一旦休戦だ。異議はあるか?」
二人は見つめ合ってた視線を、同時に逸らす。
どうやら同意してくれたみたいだ。
「じゃあそういうことで。で、本題だが結局お前は何で来たん?忘れ物はしてないはずだぞ」
「……私は、その、遊びに来たのよ。でもこんなになってしまったし今日は帰るわ。また明日」
すっと立ち上がり踵を返そうとする。そこを慌てて止める。
「は?おいちょっと待て待て。遊び?お前が?誰と?」
「……貴方に決まってるじゃない。私貴方しか友達いないわよ」
「にしたって何で……。いや嬉しいけどさ」
「何で、ねぇ。妹さんに聞いてみれば?私はどっちでも良いわ」
「言いませんよ、流石に」
キッとアリヤを睨みつけるネーレイ。
俺の理解の外へ会話が逸れる。これだから女子の会話は怖いんだ。
「よく分からんが遊びに来てくれたってのは分かった。ありがとな。それと……近いうちにどっか遊び行こう。良いか?」
俺の言葉にアリヤは今日初めて頬を綻ばせ、こくりと頷いた。
「それ、私も行きますから。良いですよね?アリヤさん?」
「……ええ。勿論よ。これで、今日は本当にお暇するわ。また明日ね、チハヤさん」
そう最後に言うとスタスタと振り返りもせずに部屋から出て行ってしまった。
その後、俺は転入以来初めて無言の夜を過ごした。




