伏す魔王と立つニート(流し読みして良い回)
「ハァハァハァ」
「はぁ?」
どうしたことか。我が眼前に魔王としか形容できないナニカがいる。
それは明らかに疲弊していて、というより死にかけで、木に寄りかかったまま動けないようだ。
「あの……これは一体」
我ながら冷静だと思う。
多分だが、脳のキャパシティがオーバーしていて対応が追いついてない。こんな非現実的なこと体験したこともないし想像すらなかった。
自分の想像力が貧弱で良かったとか、そんな場違いな感想が浮かぶ。
魔王の顔がようやくこちらに向く。首を動かすのも辛そうだ。
顔の作りがちょっと人間と同じとは言えないが、でも辛そうなのは分かる。
息遣い、眉間に寄ったシワ、薄く開けられぼんやりとした瞳、歪んだ唇。
「汝よ、我の召喚に応えし者よ。魔王として命じる。我が娘を連れて逃げろ」
ようやく口を開いたと思ったら、何を言ってるんだ?意味がわからない。魔王?やはり魔王なのか。そのままの意味で?娘?逃げるって、どこに?
「逃げて、行きゴホッゴホ…………。逃げてくれ。守ってくれ。頼む。全てをやるから、もう長く無い…………貰って、力を得て、守れ」
言って、今までだらんと垂らされていた隆々とした腕を俺に差し出した。
大きい。
俺の胴くらいはあるのではないか。
その先には本来付いているはずの手がなく、代わりに禍々しい紅く染まった球体があった。
彼の言葉から察するに俺はこれをもらって、魔王をこんなにした奴らから娘とやらを守らなければならないらしい。感想といえば馬鹿げているしかない。
でも、やらなければならないと思った。
理由はわからない。彼の弱々しい言葉。でも力強い。それに心打たれたとかだろうか。そんなセンチメンタルな奴だったか俺は。やはり分からない。
理由も思いつかないまま俺はその球体に手を差し伸べた。赤黒い球体は反射鏡のように景色を映していて、そこに映っていたのは血の海に立つ頼りなさそうな俺だった。自分の顔は恐怖で染まっていて腕も足も震えてる。
全然気づかなかったんだ。俺は。
もう一度魔王の顔を見る。苦痛に歪んでいるのに力強い。怪我一つない俺と死にかけの魔王。何故あんなにも生きているんだ。今まで見たどんなものよりも生きている。
憧れた。彼の満ち溢れた姿に憧れを抱いた。
この球体に触れれば本当に彼のような強さが手に入るのだろうか。彼のようになりたい。手に入れたい。
このちっぽけに映る俺が彼のように強く。
最後の一歩を踏み出す。
触れた。
瞬間。
魔王が微笑んだように見えた。
その微笑みの意味に辿りつかないうちに俺の意識は、どこか遠くの海に。