依頼
次の日。薫に来るように言われた俺は、再び夢見堂を訪れていた。
入り口から覗くと、薫はもう来ていた。どうやら今日も彼女は俺よりも早く着いており、いつもの席にいつもの様子で座っていた。
「……では、お仕事のお話をします」
俺が目の前の席に座ると、薫がそう言った。
「ちなみにあの子からはどんな風に聞いてます?仕事の内容とか、多分具体的に聞いてないと思いますけど」
「聞いてないですね」
「やっぱり!じゃあ説明しますね。おおまかに、おおまかにですよ!」
薫はコホン、と咳払いをした。
「まず私達探偵の仕事に関しては、依頼者から私が依頼を受ける形になります。探偵への依頼内容はいろいろあると思うのですが、私達が受けるのは”夢”の中の出来事に関するものです。あ、今夢の中の出来事なんて思ったでしょ?確かにその出来事は現実の世界には影響のないようなものが多いです。例えば、雅人くん、夢を覚えている時はどんなときだかわかる?」
「夢を覚えているときですか?えーっと、たとえば……怖い夢を見た時とか、殺される夢を見た時ですか?そういうのはよく聞きますけど」
俺の答えを聞くと、薫は両手をパンと叩いた。
「その通り!怖かっただとかそういう印象に残る夢は、起きた後もずっと覚えているんです。一般的に悪夢というやつですけど。夢というものは、そのようにインパクトの強いものは現実世界へも影響を及ぼす、という効果があります。だから夢っていうのはとっても重要なんです」
「はぁ」
俺はそう相槌を打つしかなかった
「世の中にはそういった悪夢で苦しんでいる人達を解決するのが、私達です。そしてその方法なんですけど……端的に言うと夢の中に直接入って解決しています」
「夢の中に直接入る?そんなことできるんですか?」
「実は昨日もやったんですけどね。あんな感じで雅人くんの夢に入りました。……入り方なんてどうでもいいんです。一番重要なのは夢の中でちゃんと動けるかどうかです。一般的に夢の中に入るとその人自身の体は本人の意志とは関係なくなり、その夢自体の意志に乗っ取られる形になります。だから、普通の人は夢を見ている時は普段と体が思うように動かなくなります」
確かに、かつての俺が見ていた夢もそんな感じだった。誰もが知るような、あの夢の感じ。
「だからこそ、私たちは夢の中で自由に動き回ることができるあなたに目をつけた、というわけなのです。そういう人は何人か存在します、そんなに数は多くないですけど。仕事を手伝ってもらうにせよでは夢の中に入ったとしても自由に動くことができなかったら意味ないですからね。私達の仕事では、それが必須なのです」
なるほど。だから夢の中で自由に動ける人間を探していた俺がいた、と言うことか。
「大まかには理解しました。まだわからないことが色々ありますけど」
俺は頭をかきながら薫にそう言った。
「まあ、それはおいおい話していくってことで」
おいおい、ね。正直言って突拍子もない話だから、少しづつ教えてもらったほうが良さそうだ。
だが具体的な内容くらいは知っておきたい。
「一応具体的な仕事の話って」「あ、ちょうど良いですね!」
薫は俺の背後を指し示した。
「今、依頼人に着てもらっています」
ぱっ、と後ろを振り返る俺。
どうやら俺と薫でかなり真剣に話してしまっていたのだろう。
俺の背後で会話に入るのをためらっていた女の子が、そこにはいた。
「初めまして、あなたが依頼人の南里優香さんですね?」
俺がその子に話しかける前に薫が口を開いた。
「あ、はい」
こちらへどうぞ、と薫が椅子を差し出した。マスターを呼び、俺と自分の分も含めブレンドを3つ注文したところ、マスターはすぐに持ってきた。どうやら待機してたようだ。
「改めまして。探偵の須玖寺薫です。よろしく」
薫はそう切り出した。
「よ、よろしくお願いします」
依頼人は少し俯きながら答えた。
長い黒髪に最近の大学生といった感じの服装。そしてその背格好に俺にはなんだか見覚えがあった。
そうだ、よく見てみると、
「君もしかして光応大学?」
つい、自分の大学を含めて尋ねてしまった。
「!?な、何で知ってるんですか?」
いきなり知らない人から大学名を言い当てられて、優香は怯えてしまったらしい。更に顔を伏せてしまった。
薫が渋い顔をする。
「ごめんね、この人は助手なんだけど見習いなの。置物だと思ってくれてかまわないから。ほらほら、自己紹介してください」
「戸時雅人です、よろしくね。多分、俺も同じ大学だからさ」
無理矢理助手にしておいて置物扱いとは心外だが、とりあえずこれ以上の無駄な介入は薫の心証を悪くするだけだ。避けよう。
しかし……そもそも俺が話しかける前から、優香はどうも怯えているようにも見えるが。
「ところで、どんな案件ですか?まずはそれを聞きましょう」
そう言って薫は、メモにするのであろうノートを広げた。
「はい……実は」
ぽつり、と優香は話し始めた。
「私、最近変な夢をみたんです」
「ほう」
起きている世界の薫は、夢の中と違いなんだか頼りなさ気に感じていた。だがいざ仕事となると違うようだ。目を鋭く光らせながらペンを走らせる。
優香はためらいがちに話し始めた。
「私、以前からよく夢を見る方ってわけじゃないし、見た夢もあまり覚えていない方なんです。でも昨日見た夢はいつもとはなんか違う感じで……」
「どう違ったんですか?」
薫が尋ねる。
「なんだか……とてもリアルだったんです」
優香が続ける。
「具体的に言いますと……遊園地の夢なんです。真っ白な遊園地に私一人だけいました。そこにはある列車のアトラクションがあったんですが、私はそれに乗りました。前を向いて座って、展示されている屋内を色々見て回るようなやつです。10人くらい乗れたよう思いますが、私の後ろには二人座っていました。私が乗るとすぐに列車は出発しました。するとその中の一人の男の人が……こ、殺されたんです」
ふむ、と薫が言った。
「鮮明に覚えています。なんだか変な……機械の音声みたいなアナウンスが聞こえました。」
「それはなんて言っていた?」
「えっと、確か最初は『次はー、活造りー』でした。そしてふと後ろを振り返るとボロ布を着た人が、その男の人を活造り……もといバラバラに解体していました」
優香の声のトーンが落ちる。よほど怖かったようだ。
「男の人は大きな声で叫んでいました。もう私は怖くって、怖くって。早くこの夢から覚めよう、覚めようと必死になって目をつぶってました。そのうちに今度はまた別のアナウンスが聞こえてきました。今度は……『次は―、えぐり出しー』でした。私は必死に見ないようにしてたんですけど、でも結局見てしまいました。私の真後ろの人が……目、目を……」
ここまで言って、彼女は急に口を閉ざした。その様子から、相当ショックだったようだ。
ペンを置き、薫が傍らに寄り添う。
「うん、わかったよ。辛かったね。これ以上は思い出さない方がいい」
すると優香は、きっと顔を上げた。
「でもこの話はまだ終わりじゃないんです」
「どういうこと?」
俺はつい口を挟んでしまった。
薫が軽く睨みつけてきた。
「私、絶対に次は自分が殺される番だと思って、何度も夢から覚めろ、夢から覚めろ、って心のなかで繰り返してたんです」
優香が気丈に続けた。
「普段はこうやったら目が覚めるんです。でも覚めませんでした。そのうち、『次はー挽肉―』って聞こえてきて……。私は必死に夢から覚めるよう念じ続けました。でもそのうち、耳元で変な機械の音が鳴り始めました。私は必死に念じ続けました。そして音がどんどん近づいてきたところで、ふっと音がやんだんです」
「ふむ……そして?」
「逃げきれた、と思いました。夢から覚めた、と思いました。いや、あれは接待冷めていました!でも、そうして安心して、目を開けようとした時に、あの機械音声のアナウンスの声でこう聞こえたんです」
絞り出すような声で優香は言った。
「『また逃げるんですか~次に来た時は最後ですよ~』って……」
しん、と静まりかえる。
「私……絶対に夢から覚めてました!だからあの声は現実のほうで聞こえたんです!私……私、怖くって……」
ここまで話終わると、優香は堰を切ったように泣き始めてしまった。
「よしよし、怖かったね。でも今のは夢の話だから。後は私達に任せて忘れてしまいましょう」
薫がそうなだめていた。
優香の怯え具合からみると、相当怖い夢だったことがわかる。さっきも薫が言っていた。怖い夢ほど記憶に残りやすいと。優香の話は細部までとても詳しい。これはやっぱり悪夢の一つなんだろう。
しかし、どうにも変なところがある。それは優香が起きた後に聞いた声だ。
「ちょっと、一つだけ聞いていい?」
「は、はい?」
突然の俺の質問に、しゃくりあげながら優香が答える。
やっぱり薫がかなり渋い顔をしている。でも、俺だって助手だ。気になったことは聞いて探偵の役にたたなければ。
「“また”逃げるんですか、と言われたんだよね?また、ってことは以前にも逃げたことがあったってこと?」
そう、”また”ってことは当たり前だが前回もあったということだ。
「実は私……その夢を前にも見たことがある気がするんです」
すると優香がためらいがちに言った。
「多分中学生くらいの時です。同じように遊園地にいる夢でした。今思い返せば、たしかその時は二つ後ろの男の人の時まで、と記憶しています。その時ははっきり言って今回ほど鮮明ではありませんでしたから、あまり自身はないんですけど……」
「じゃあどうやら今回は更にその先まで見てしまったということ?」
「そう……なります。もしかしたら次に殺されるのは私なんじゃないかなと思って……」
「でも夢の中の話なら、現実に死ぬことはないんじゃ」「まあ、とにかく」
再び口を挟んだ俺を薫が遮った。
「ここまで話して頂いてありがとうございました。それで具体的なご依頼を聞かせていただけますか?優香ちゃん」
優香は、薫の方をしっかりと見つめた。
「この夢を解決して欲しいんです。あなたは夢を専門にしている探偵と聞きました。えっと……こんなものでも扱っていただけますか?」
「ええ、もちろん。それが私達の仕事ですから」
薫はそう断言した。
「夢に関しての事件は私、須玖寺薫にお任せください。必ず解決しましょう。では、今後捜査でご連絡をさせていただくので、連絡先の方を……」
その後、再び三日後に彼女にここで会うことにして、彼女は帰っていった
お読み頂きありがとうございます。
週一回のペースを崩したくはないですが……なかなか難しいですね。
次回もお読みいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
羽栗明日