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須玖寺薫の夢見録  作者: 羽栗明日
8/13

後悔

 その日、薫との握手をした後に、俺は店を後にした。

 気が付かなかったが、どうやら俺はかなり長時間寝ていたらしい。店についたときにはまだ午前中だったと思うが、外は夕暮れだった。

 通りでこんなに腹が減っているわけである。

 とりあえず家に帰ろうと、俺は帰路を急いだ。


 自宅についた時には、もう夜と言っても良い時間だった。夕食を食べる算段を特に立てていなかった俺は、適当にカップラーメンでも食うか、とヤカンに水を入れ火にかけた。

「ぴろりーん」と電子音が俺の部屋に響いた。

 スマホを覗き込んでみると、どうやらラインが来たようだ。

 手に取り内容を確認する。

「またか……」

 画面には、超常現象研究会の文字があった。

 多分内容は……。

『部室の鍵はいつものところに戻し済 西森和佐』

それだけだった。

 超常現象研究会。

 これは俺が大学で入っているサークルだ。

 「世の中の超常現象を研究する」。聞く人が聞いたら恥ずかしくなりそうな名目で成り立っているサークルだ。詳しくは知らないが、なんでも50年位の長い長い歴史があるらしい。

 だが近年のオカルトなどに対する忌避的な風潮や、そもそもその胡散臭ささが災いして年々新入部員は激減していたという。俺が入ったときにも先輩が何人かいたが、現在はみんな卒業してしまい、現在は実質俺しか部員はいない

 実質、というのは理由がある。本来はもう一人部員がいるからだ。その部員というのが、さっきのラインを送ってきた主、西森和佐だ。

 彼女のことは……あまり深くは触れたくはない。簡単にいうと幽霊部員のようなものと考えれば問題はないだろう。

 先程の連絡は、おおかた部室を使って勉強をしていたからなのだと思う。

彼女はサークルでは具体的な活動は一切していない。

「私がこのサークルに残っているのは、ただ部室を空き部屋として使いたいからなの。だからあんまり邪魔しないでくれる?」

 そう彼女は言っていた。まあ、そういうことなのだろう。

 一応部室を使った際は、超常現象研究会の全体のライン(俺と彼女の二人だけだが)で、さっきみたいに連絡してくれる。そういうところはありがたい。あんな事務的な連絡でも。

 そんなんだから、俺は超常現象研究会なんて胡散臭い名前のサークルに一人だけ入っている、ある意味変な人として周囲から認識されている。

 と、思っている。

 ヤカンが鳴り沸騰したことを伝えた。俺はカップ麺の蓋を開きお湯を注ぐと、スマホを手に取り『了解』とだけ打ち送信した。

 すぐに既読がついたが、返信はなかった。まあ、期待はしていない。

 机の上にカップ麺を置き、3分待つ態勢にはいる。

 それにしても、と俺は思う。

 須玖寺薫。

 長い間気になってきた彼女についに話しかけることができた。名前も聞くことができたし、握手だったけど触れることもできた。

 それに関してはものすごく嬉しい。

 嬉しいのだが。

 まさか自分のことを探偵だと言い張る人間とは全く想像すらしてなかった。もっとこうまともな思考回路をお持ちの方だと思っていた。それも夢の中専門というよくわからないもの。さらにさらに二重人格らしい。

 その全てが仮に本当だとしても、それこそ胡散臭い。こんなことを簡単に信じてしまう人間なんていないだろう。おおかた妄想の類だと思う。

 加えて、俺を助手にしたいとの申し出。それを快諾した俺。

 快諾した時の俺の気持ちに嘘はない。何故か、は置いておいても俺の夢の中の問題を知っていたし、実際眠ることによって夢の中で彼女が自由に動き回るところを見せてくれた。別人格だったけれども。

 夢の問題は俺の悩みの一つであり、それを生かすことができるならそれに越したことはない。

ただ。

 ただ勢いに事を運び過ぎた。それだけだ。

 実際に薫に話しかけたことから始まり、自分が夢の中で出会ったとかいう突拍子もない話などなど。その後の眠って起きた後、彼女と握手までをした。

俺は気が付かないうちに、ものすごいコミュニケーション能力を発揮して薫との一連のやりとりを展開した。

 それはスムーズだったと思う。自分でも信じられないくらいに。

 しかし、今思い出してみると、俺はとんだ無礼なことをしていた気がする。話しかけ方だってそうだ。あんな突っつけどんに話しかけたら普通はうろたえるだろう。ちょっと考えればわかることだ。事実、彼女はなんだかめちゃくちゃビックリしていた。

 そのあとの会話でも、なんだか俺は、まるで下手な小説の主人公のように横柄な喋り方をしていた気がする。

 それが問題なのだ。

 俺は、自分がそういった風につい相手の気持ちを考えないような振る舞いをしてしまうのを知っている。それも最悪なことに、あとあとこんな風に気がつく。

 常々疑問なのだが、普通の人達は一体どんな風に考えて喋っているのかを知りたい。毎回毎回他人の気持ちを考えているのだろうか?まさかそんな面倒くさいことをしているはずはない気もする。

 ……いや、俺も考えてはいるの。それでも気がつけば後悔をしている時点でやっぱり何も考えていないのだろう。

 はあ、とため息をついてしまう。

 でも起きてしまったことは仕方がない。この反省を次回に活かそう。

 ふと時間が気になり時計をみる。気がつけばすでに3分どころか5、6分くらい過ぎている。

 俺は慌てて蓋をあけると割り箸を割り、麺をすすりこんだ。

 少し長めに放置したせいか、スープの温度は意外と熱くなかった。麺はすこし柔らかくなっていたが、特段味に変わりはない。

 麺をあらかた平らげてしまうと、俺は自分の腹が未だ満たされていないことに気がついた。

まだ腹四分目というところか。

 このままこの中のスープを飲んでもいい。だが、多分それでは満たされないだろう。

 そういえば、と気がつく。

 冷凍庫にストックしている冷凍ご飯があったはずだ。それも1合分くらいの。それをチンしてこのスープに入れれば雑炊になる。

 ジャンキーすぎる食べ方だが、どうも俺の腹が求めているのはそういうものらしい。満たされない腹が、きゅっと反応する。

 雑炊を作ることを決心して立ち上がると、再びスマホがぴろりーんと鳴った。

 あれ、和佐から返信がきたかなとスマホを手に取る。するとそこには「須玖寺薫」の文字があった。

途端に俺の胸がドキッとした。震える手で画面を タップする。

『こんばんは。明日の夕方、夢見堂にいらしていただくことはできますか 須玖寺』

 その文字を見るやいなや俺はすぐに、

『了解です!これから一緒に仕事できるのを楽しみにしています!明日の夕方ですね、かしこまりました!』

と打ち送信していた。

そしてスタンプもつけた。なんだか白い猫のキャラクターが、サムズアップをしているスタンプだ。無論キャラの名前は知らない。

 ……。

 ……。

 ……。

 既読がつかない……。

 つかない……。

 あれ、これは一体……?

 そして俺は気がついた。先程自分が打った勢いだけの文章を。

 また悪い癖がでた。こうこういうことだ、俺よ。勢いだけでやってしまうのは俺の悪い癖だ。相手の返信でどういったテンションで返すのがいいのかを考えないと。さらにもっと文章を推敲して、この文章だと相手がどう思うのかをちゃんと判断しないとまた同じことを起こすぞ。だいたい、

「ぴろりーん」

 と、既読がついた音がする。

 俺はすぐに内容を確認する。

「ありがとうございます。私も楽しみにしています。ではまた明日 須玖寺」

 よかった……返信が来た。

 返信が来たということは、一応俺の文章は彼女が返信できるような内容であったということだ。それに俺の書いた内容に反応してくれている。そういったところに彼女の息遣いが感じることができて、少し俺は満足した。

 薫の心温まる返信に安堵した俺は、なんだかどっと疲れた気がしてすぐに眠りについた。


 その晩俺は、夢を見なかった。


お読み頂きありがとうございます。

次回もお読みいただければ幸いです。 


よろしくお願いいたします。


 羽栗明日

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