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須玖寺薫の夢見録  作者: 羽栗明日
7/13

承諾

「……―い」

 どこかから俺を呼び声が聞こえる気がする。

「……おーい。うーん……だめか。仕方ないな……」

 バン!と右頬に痛みが走った。

「うわ!」

 俺は驚いて飛び起きた。

「おっ、やっと気がついたか。よかったよかった」

 そう言ってクスクス笑う声が聴こえる。 

多分今の右頬の激しい痛みは、俺が何者かに思いっきり叩かれたせいだろう。

「な、なんですかいきなり!」

 俺はその声の主の方を振り向く。そこには、

さっきまで目の前で俺と見つめ合っていた彼女がいた。

顔から見た目、服装まで全て同じだった。

「ふふん。すまない、少し強く叩きすぎてしまったようだ」

 そうクックッと笑う彼女は、さっきの彼女と全く同じように見えたが、醸し出す雰囲気は違っていた。

 俺が昨日夢で会った彼女に間違いはなさそうだった。

「ふむ……この時間帯にこっちに来たということは、キミは昼寝をしているのかな?それとも私に会ったかのどちらかと思うが……。どうだろう?」

「正解ですよ、どっちも。あなたに会ってここに来るように言われました。多分今寝ていると思うので、つまりは今昼寝をしている状態です」

 俺はそう言って彼女を見た。

 そう、この雰囲気だ。さっきまでの彼女とは違う、まるで全てを知っているかのようなこの何とも言えない喋り方。

「すばらしいね。まさかここまで私の思い通りになるとは……。やはりあの子も私であるということだな」

 一人納得している彼女を横目に。俺は辺りを見回した。

 どうやらここは夢の世界らしい。周りは良く知っている夢見堂の店内。だが、この何か体に一枚まとわりついている感覚は夢の中でのものだ。

「で、どこまで聞いている?私が何者かという話は聞いているのかな?」

彼女は興味津々という表情をして話しかけてきた。

「ええ、一応聞きましたよ。あなたが探偵で、しかも夢の中の事件専門であるということは」

 ぱちん、と彼女は指を鳴らした。

「いいね!話が進んでいる。じゃあ、一応私からも自己紹介しておこうか」

 そうしておほんと咳払いをした。

「私は須玖寺薫。まあ、簡単に言うと探偵さ。ご指摘のとおり夢の中専門だがね」

「はあ……」

 俺はそう返すしかできなかった。

「……どうしたのかな?なんだか言いたいことがありそうな顔をしているが」

 彼女の名前や職業はすでに知っている。だが俺が知りたいのはそれじゃない。

 俺が起きている時と寝ている時。薫は姿形が全く同じなのに、何故こんなにも……違っているのか。

「ふふん。どうやら何故私が向こう側とこちら側で違うのか、知りたそうな顔だね。まあ、簡潔に言ってしまうどちらも私であって私ではない。二人は一人なのさ」

 ん?

 二人は一人?俺には薫が何を言っているのか理解できなかった。

「……何を言っているのか理解できない、という顔だね」

 どうやら俺は何を言っているのか理解できないを顔をしていたようだ。

「つまり私、須玖寺薫の中には簡単に言うと人格が二人いる。起きているときの須玖寺薫と寝ている時の須玖寺薫だ」

「つまり、あなたは二重人格であるということですか?なんかにわかに信じられないですけど」

「ま、簡単にいうと、だけどね。二重人格なんてホイホイいるもんじゃないから、信じてもらうのも難しいけど」

 なるほど。

 探偵という職業に出会ったのは初めてだったが、ここにきて更に新たなものに出会った。

 二重人格。

 これまた小説だの漫画だのでよく使われている設定だ。実際の二重人格者になんて会ったことはないがテレビでは見たことはある。そこでは一人の人間がまるで別人かのような振る舞いをしていたと思う。

 ならばこの雰囲気の違いは納得はできる。あともう一つの謎。

「なんで俺の夢でそんなに動き回ってるんですか?ここは俺の夢の中ですよね?」

「それに関しては、今の段階では秘密としていこうか。企業秘密ってやつさ。いずれ話すよ」

 さらりとそう言うと、薫は立ち上がった。むう……答えてはくれないようだ。まあ、いずれ話してくれると言うのだから待ってもいいのかもしれない。

「さて、私がキミをこの店に呼んだのは他でもない。キミに頼みたいことがあるからさ」

「俺に……ですか?」

 そう、と薫は頷くと、人差し指を立ててくるくると回した。

「ご指摘の通り私は探偵だ。しかも夢の中専門の。だが探偵には必ず助手が必要である。かのシャーロックホームズがそうだったようにね。ただ、私の仕事は夢の中で諸々しなければならない。だからなかなかなり手がいなかった。一応今まではいたんだが、その助手がそろそろ限界を迎えていてね。代わりの人材を捜していたのさ。ここまではいいかい?」

「はあ、まあ」

 なんとなく察しはついていた。探偵なるものに呼び出されてよくわからない話をされたとなれば、なんらかの仕事を手伝わされることになる流れは昔から使われている。この出来事もご多分に漏れずそういったものであるようだった。

「その今まで手伝ってくれてたのは……?」

「それはキミが良く知っている人だ。もっともあまり話したことはないだろうが」

 そう言って薫は、再び右手をぱちんとならして俺の後ろを指さした。

 ぱっと振り向くと、そこには夢見堂のマスターがいた。

「あ、あなたがー……」

 はい、と渋い声でマスターが言う。

「彼がそうさ。もう何年も彼が私の助手を勤めてくれていた。だがやはり夢の中の探偵の助手なんて若くないと長く続けられるもんじゃあないからね。そこでキミに、夢の中で自由に動くことができるキミに打診をした」

 そういうわけさ、と薫は言葉を切った。

 なるほど、大体わかった。

「ええとつまり、マスターがずっと……えー、あなたの」

「私のことは薫でいいよ」

「わかりました、薫さん。それで、ずっと助手をしてきたけど、年齢を理由にそれができなくなってきたから。だから俺にその代わりをしてほしいと」

「そう!キミはものわかりがいいね」

「で、俺がやる理由は、夢の中で俺が自由に動くことができるからと」

 うんうん、と薫は笑顔で頷いた。

 確かに自分の見る夢についてはずっと変だと思っていた。普通はこんなに夢の中で自由がきかないはずだった。でもある時から、俺の見る夢は変わっていた。こんな夢しか見ることができなくなってしまった。

「で、どうだい?キミは引き受けてくれるかな?」

 ふむ……。

 考えたい、のが本音だ。あまりに唐突な打診すぎる。俺は仕事内容をまだ一切聞いていない。

 普通ならばここは具体的な内容を聞いてから受けるのが筋だろう。

でも、この夢を見る力が何かの役にたつのなら。俺自身の存在が役に立つのなら、力になりたい気持ちはある。

 そして何より、面白そうだ。

 普通に生活していて探偵の助手になるなんてことはない。それが目の前に突きつけられたら飛び込むしかない。

 俺は、

「わかりました。引き受けます」

 そう言った。

「ありがとう」

 それを聞いた薫は静かに笑った。

「じゃあ決まりだね。マスター?」

「はい」

「後はあっちに任せてもいいかな?私が説明してもいいんだが、多分ざっくばらんになってしまう気がしてね」

 かしこまりました、とマスターは薫に一礼すると俺の方に向き直った。

「では参りましょう。向こう側で薫様がお待ちです」

 向こう側?起きろってことか?

「えっと、参るって……どうやって?」

 薫が不思議そうな顔をした。

「ん?ここまで来たのと同じ感じで起きれば良いんだが……。ここまでどうやって来た?」

「えーっと、確か向こうの薫さんの目を見てたら自然と意識がなくなって……こう……」

「ぷっ、ははははは!」

 途端に薫が笑い始めた。

「ははは!そうか、それで眠らせれたのか!それは申し訳ないことをした。だが、自分の意志で行き来できないと少し面倒だな。……それはまあいいだろう」

 ひとしきり笑うと薫は俺の目の前にきた。

「しかたがない、今回は私が手伝ってあげよう。えーと……そうだ名前を聞いていなかったな」

 そうだ、俺は今日一回も名乗っていない。

 俺は軽く咳払いをした。

「俺は戸時雅人です。開く戸に時間の時、雅な人と書いて雅人です」

「なるほど、雅人ね。覚えておこう」

 すると彼女はさっき眠らされた時と同じように俺と目線を合わせた。再び俺は自分の脳内が視線に蹂躙される錯覚に陥った。全身が操られているような感覚。指一本動かすことができなくない。

 見つめ合う二人。

「動揺しているね。緊張しなくていい、すぐ眠るから」

 薫の言葉通り、俺の意識は少しずつ、少しずつ落ちていった。


「……―い」

 どこかから俺を呼び声が聞こえる気がする。

「……おーい。……だめか、仕方ないですね」

パン……と右頬に柔らかい感触があった。

「う……わ?」

 俺は驚いて飛び起きた。

「あっ、やっと気がつきましたか。よかった、よかった」

 そう言ってクスクス笑う声が聴こえる。

「あ……そっか。起きたのか、俺」

なんだか思いっきり叩かれるはずの記憶があったが、右頬に来たのは柔らかな感触だった。なるほど、これで起きるのは目覚めがいい。

「いかがでした?夢の中では。あの子多分ざっくばらんに説明してくれたと思いますけど、多分向こう側での話の方がイメージし易いと思いまして……」

 俺の隣に座っている薫が聞いてきた。

「ええ、聞きましたよ」

 俺は頬を撫でながら答えた。

「で、返事は……どうなさいました?」

 薫がおずおずと聞いてくる。

「ええ、承諾しますよ。助手にしていただければ幸いです」

 わあっ、と薫が両手を合わせて喜んだ。

「ありがとうございます!やっと、やっと見つかりました!」

 少女の様に喜ぶ彼女の傍らには、夢の中と同じようにいつの間にやらマスターが立っていた。薫を見ながら微笑んでいる。なんだか保護者みたいだ。

 こちらに向き直った薫は右手を差し出してきた。

「それじゃあ、これからよろしくお願いしますね。えーと……そうだ名前を聞いていなかったですね」

 なんと、俺は彼女にもう一回名乗らないといけないらしい。

 まあ、それもいいか。

「戸時雅人です。開く戸に時間の時、雅な人と書いて雅人です」

「なるほど、雅人くんね。覚えておきます。じゃあ、改めて……よろしくね、雅人くん」

 俺は薫としっかりと握手をした。


お読み頂きありがとうございます。

次回もお読みいただければ幸いです。 


よろしくお願いいたします。


 羽栗明日

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