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須玖寺薫の夢見録  作者: 羽栗明日
6/13

理由

 探偵。

 もちろん俺は自分のことを探偵と呼称する人に出会ったことはない。

 当然のことながら、俺はその言葉に困惑した。

「探偵って……あの事件とかを解決する……」

「そうですね。その推理とかして事件を解決する探偵です。夢の中専門ですが」

 静かに言う彼女の声は、とても落ち着いていた。

 そうか探偵か。

 普段は小説や漫画などでしかお目にかからないような職業が本当に実在していることに驚きだ。

 俺は先程もらった名刺を再び目を移す。

 名刺を見るところ、どこかの興信所だとかに勤めているのではなさそうだ。とすると個人でやっている探偵なのだろうか。いまどき探偵事務所みたいなものがあるのかどうかは知らないが。

 そして、夢の中専門という文言。やたらさっきからそこを強調している気がする。

 夢。それが重要なキーワードなのだろう。

 ということは夢の中の問題を解決するような探偵なのだろうか。でも夢の問題ってなんだ?

「えーと……須玖寺さん、でしたっけ」

「ふふ。呼びにくいですよね。薫、でいいですよ」

 そう彼女は笑顔で答える。

「じゃあ薫さん。夢の中専門の探偵って言ってましたけど、具体的にはどんな仕事してるんですか?」

 うーん、と薫は両人差し指をこめかみにつけると目をつぶって何かしら考えていた。

「そうですね……。たとえば、君は悪夢を見たことはありますか?」

 悪夢か。ここ最近あのリアルな夢を見るようになってからは悪夢のようなものを経験はしていない。

 だがそうなる前は、追いかけられる夢だとか、詳しくは覚えていないがあったような気がする。

 とりあえず俺は頷いた。

「たとえば、だれかに追いかける夢だとか、永遠に落ち続ける夢だとか……。あとはそう、殺される夢ですね。そういう悪夢を毎日見る方はなかなかいないんですけど、極稀に毎日の様にそんな夢をみて苦しんで居る方がいるんです。そういった方が抱えている夢の中での問題を解決するのが私の仕事ですね」

 殺されるとか割と物騒な話をしているが、なるほど。本当に探偵みたいなことをしているらしい。いや、どちらかというとカウンセラーみたいな夢の中の問題を解決しているのだろう。

 ひとしきり彼女の説明に納得した俺だったが、ここまででも解消されない疑問が二つある。

 一つ目は俺をここに呼んだ理由だ。

 これまでの話を聞く限り、どうやら俺は求められてここに呼ばれた存在らしい。まあ、実際ここに来るように言われたから来たのだが、その理由がわからない。

 もう一つは目の前の薫と夢の中の薫の相違だ。姿は全く同じであると言っていい。だが……なんというか印象が全く違う。

 夢の中の薫は、自分のことを僕といい、男のような自信あふれるような言葉遣いであった。かたや目の前の彼女は、自分のことを私と言い、女の子らしい落ち着いた物腰で言葉遣いもそれに準じている。

 そして何よりも俺と夢で会ったという突拍子もない話を心当たりはないにせよ当たり前のように受け止めていることだ。

 この人は一体なんなのだろう。

「うーん、その顔はなぜ自分がここに呼ばれたのかって顔をしてますね」

 どうやら見透かされていたようだ。

「簡単に言うとですね、実は私達はお仕事のサポートというか、助手みたいなことをしていただける方を探していたのです。それも普通の人とは違う人限定で」

 薫は人差し指をくるくると回しながら言った。

 そういえば夢の中でもこの動作をしていた。癖なのだろうか。

「普通の人とは違う人?俺が?」

 どうやら俺は普通とは違うと判断されたらしい。

 確かに夢を専門に扱っている彼女からしたら、あんな変な夢をみている俺は普通とは違う存在なのだと思う。

「そうです。君は普通とは違う、らしいということです。あくまでも夢の中ですが」

 薫は続けた。

「夢の中で自由に動くことのできる人間はあまりいません。夢の中で、夢と気がついて自由に動けるって言う方がいると思います。しかし、誰もが自分の夢の中でも思い通りに動いているつもりでも、実は自由に動いていません。そういう夢をみているだけなのです。また、夢の中の時間は起きているときとは別の時間で進んでいて、その記憶は起きたときには、ほぼありません。でも……」

 薫がふっ、と笑った。

「でもどうやら君はそうではないらしいです。まぁ彼女が言っているだけですが、きっとそれは確かなのでしょう」

 どうやら俺が彼女の中では割と珍しい存在であることはわかった。

 だが、さっきからの発言で”彼女”だとか”私達”だとかとても引っかかる言い方が多い。

 まるでもう一人誰かがいるような。

「その……さっきから言っている、彼女って誰なんですか?」

 俺の質問に、薫は少し困っているように感じた。

「そう、それこそが、君が今抱えている疑問の全てに対する質問になるでしょう」

 薫は全てを見透かしたような目をしていた。

「どうやら彼女から直接お話していただいたほうが良いのかもしれません。君は彼女に呼ばれたんですものね。また、そうすることで貴方が本当に適正があるかどうかの確認にもなるでしょう」

 そう言うと、薫はこれまで一言も喋ることのなかったマスターの方を向いた。

「マスター、ご負担をおかけしますが今一度一緒に来ていただけますか?すぐ終わりますので」

「ええ、かしこまりました」

 そう言うとマスターは玄関まで行って「本日臨時休業」と書かれた看板をさげた。

 あれ、店閉めちゃうんだ。

「どうせなら店も閉めてしまいましょう。こんな感じで開いて待っていたって、そんなにお客さんは来ませんからな」

 マスターが笑顔でそう言った。

 薫は、ありがとう、とマスターに頭をさげた。

 立ち上がって俺と向き合うと、まるで俺を逃さないように両肩に手を置き、がっちりホールドした。

 いきなりの接近にうろたえる俺。そんなことはお構いなしに、薫は顔を近づけて、目線を合わせてきた。

 その瞬間、俺は不思議な感覚に陥った。

 薫と目を合わせた途端、俺は彼女の目の中から、まるで光が発せられている様に感じた。

 彼女の目の奥から発せられる光は俺の角膜から入り、虹彩、水晶体を経て網膜に投射された。そのまま視神経の刺激となり、俺の頭の実質の中心部まで入り込む。

 まるで全てを覗きこまれているように感じられた。

「あ、あの……」

「しっ、黙って」

 急な感覚に狼狽した俺だったが、予想外の真剣な薫の顔と声に黙ってしまった。

 じっと見つめ合う二人。

 もうどれくらい見つめ合っているだろう。正直な話、彼女の顔は美しく整っている。俺のこれまでの人生で出会った全ての女性の中で一番と言っても良い。はっきり言って下手なアイドルなんかよりもよっぽど綺麗だ。

 だからこそ。

 だからこそ、俺は見つめ合っていたことに最初は喜んでいた。でもいいかげん健全な大学生としては恥ずかしすぎて死にそうになる。

 たまらなくなって俺は目を離そうとした。どういうわけか薫の眼は彼の眼を離さなかった。それどころか、まるで金縛りにかかってしまったかのように、俺の体は微動だにできなかった。

「だんだん効いてきてみたいですね。初めてだから時間がかかりそうでしたけど、なるほど合格です」

 薫が遠くでそういうのが聞こえる。

 そのうち目の前の薫の顔がだんだんと薄ぼんやりとしてきた。そのぼんやり感にともなって俺の意識もぼんやりとしてきた。

 ああ……彼女の顔が見えなくなってしまう。残念だな……。

 俺は目の前がだんだん霞んでいく。

 自分の意識が少しづつ落ちていくのを感じた。

 


お読み頂きありがとうございます。

次回もお読みいただければ幸いです。 


よろしくお願いいたします。


 羽栗明日

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