探偵
正直、俺が期待していた反応と違った。
曲がりなりにも一回会った人間に対しての反応じゃなかった。そもそも俺が昨日(夢の中で)会った彼女と喋り方が全く違う。顔は同じだけど。
やはり。
やっぱり。
あれは俺が見た、夢の中の虚構の彼女だったのか。そりゃそうだ。夢の中であった相手が話しかけてきたからと言ったって、それが現実に起きているわけではない。
夢の中の話を現実に持ってきては行けないのだ。それがどんなにリアルであろうと。
「あっ、すすみません!人違いでした」
俺は慌ててそう言って、その場をさっさと去ろうとした。
「い、いえ!あのちょっと待ってください!」
去ろうとする俺の背後から、彼女は慌てて声をかけてきた。
予想外の事態に、
「は、はあ。何でしょう?」
と、とっさに俺は反応してしまった。
そうは言うが正直俺は今恥ずかしくて仕方がない。彼女と話すことはもうこれ以上恥でしかない。
また、このあとの対応如何では、この店に来ることができなくなる可能性がある。実際、もうこんな状況ならこの店に二度と足を踏み入れたくない。
つまり、この会話に対して軽く受け答えをして、さくっと終わらせなければならないのだ。
さあ、どんなことを聞いてくるつもりなのだろうか。
「ゆ、夢っていいましたよね?」
おずおずと彼女が聞いた。確かさっきも夢について確認をしてきたはずだ。
そんなに重要なことなのだろうか。
「はい、俺は夢って言いました」
「その夢って……どんな夢ですか!」
店中に響きわたる声で彼女は質問を投げかけてきた。多分マスターにも聞こえているだろう。
恥ずかしい……。なんだ、これ。どんどん悪い方向に話が進んでいるんじゃないだろうか?
だが、この場を受け流すにはその問に答える他、道はなかった。
「どんなも何も……俺がいつも通り夢を見ていたら、あなたがいきなり動き出したんじゃないですか。それで話しかけてきて、それで俺は珍しいとか何とか言って。明日ここに来て私に話しかけろ、と言われた……そんな夢ですよ。だから俺は話しかけたってわけです」
「ふ、ふーむ」
そう言って考えこむ彼女。やっぱり仕草はぜんぜん違う。この一連の流れを見る限り、俺が昨日話した彼女は、今目の前にいる彼女と全くの別人だと思う。
でも……。そうであるならば、なぜ彼女はこんなに悩んでいるんだろう。人違いなら簡単に人違いであると伝えるべきだ。
彼女の悩んでいる姿を傍観していると、
「この方が今朝お伝えした方ですよ」
と背後から渋い声がした。
慌てて振り向くと、そこにマスターがいた。右手に持ったお盆に俺の注文したであろうブレンドを一つ載せている。
「昨晩もいつも通りにふらふらと夢の中を探し回っていたようで。お戻りになられた時にちょうど良さそうなのが見つかったとおっしゃっておりました。『今日のうちにここに来るようにしておいたから、よろしく頼む』と承っております」
マスターがこんなに長く喋るのを初めて聞いた。普段は注文を取る時以外の会話は聞いたことがない。
いやいや、そうではなく。
気になるポイントとしては、彼が語った内容だ。どうも俺が彼女にあった時のことであると考えられる。ちょうど良さそうなの、という言い方が気になるが。
だがその言い方は、まるで他人から聞いたことを彼女に伝えている様であった。
「ほんと!そういうことだったの!」
どうやら今の情報で安心したらしい彼女は急に笑顔になると、俺の方に顔を向けた。
「君。君は夢をちゃんと見ることができる人なのね?」
「え、はあまあ。多分」
ちゃんと見ることができる、の定義がよくわからないが多分そうだろう。あれだけ毎日みているのだから。
「どんな感じの夢?具体的に教えてくれる?」
「えーっと……まあ何て言うかめちゃくちゃリアルというか、実際に経験したように感じる感じですね。現実とあんまり変わらない感じで」
ふむふむ、と頷きながら彼女は何かに納得している。
「それで、それで?ちゃんとそのことは覚えているの?」
「その夢で見た内容ですか?まあ、現実で起きたことと同じ様には記憶はありますけど……」
俺の言葉を聞くと、彼女はにっこりと笑った。
「良かった、良かった!やっと見つかったよー」
可愛くそう言うと、いつの間にか隣に来ていたマスターの左肩をぽんと叩いた。
「これで決まりましたね。私も安心いたしました」
マスターも胸に手をあてて、大げさに安心したジェスチャーをした
「うんうん。今まで本当にありがとう。そして無理させててごめんね」
そんな風に二人できゃっきゃと盛り上がっている。ハイタッチまでして喜こんでいる二人。
だが、俺はどうしようもなく取り残されていた。
「あの!」
期せずして大きな声がでてしまった。彼女はビクッとして、驚いた様子をみせた。
どうやら俺の声がすこし大きすぎたようだ。二人の声に負けないように大きな声にしただけなのだけど。
「驚かせちゃったら、すみません。ただ、ちょっと最初から説明をお願いしたいんだけれど」
彼女はぽかん、とした顔をした。
「え?何にも聞いてないの?」
まさか、とマスターの方を振り向く彼女。
「す、すみません。私もどこまで説明したかなどは詳しくは伺ってないですが……」
そうおろおろするマスターを見て、はあ……と彼女は溜息をついた。
「もう……本当に適当なんだから」
呆れたようにそう言うと、ポケットをゴソゴソとし始めた。
何か探しているのだろうか。あれ?あれ?といってゴソゴソと繰り返している。どうやら見つからないらしい。
最終的にはカバンの中をゴソゴソとしていると、
「あった、あったー。もう……いつも同じ場所にしまってっていつも言ってるのに……」
取り出した物は名刺入れ。
そこから一枚を抜き取って俺の方へよこした。
その名刺には「あなたの夢のお悩み解決します 須玖寺薫」と書かれていた。
「夢の悩み?」
俺の問いかけに、彼女は笑顔で答えた。
「はい、私の名前は須玖寺薫。夢の中専門の探偵です」
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羽栗明日