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須玖寺薫の夢見録  作者: 羽栗明日
3/13

 結局その日俺は、マスターが持ってきたブレンドを早々と飲み干し店を出ると、特にすることもないので家に帰ったのだった。

 一人暮らし、ワンルームの自分の部屋。簡単にシャワーを浴びた俺はベッドに寝転び、ぼーっと天井を見上げた。

 ゆっくりと今日の自分の一日を振り返る。

 まずは日中の自分の行動だ。

 大学での自分の生活にはそれなりに満足はしている。同じ講義に向かう時に一緒に行く友達もいるし、昼ごはんを食べる相手もいる。すれ違う時に声を掛け合う知り合いもいる。

 少々特殊なサークルに所属しており、同じサークル内の交友関係が皆無な人間にしては、割と恵まれている状況なのではないだろうか。

 それでも自分が本当に心を許せる相手はいなかった。やっぱりサークルや部活などでの交友関係には勝てないし、完全なる信頼関係を築くのは難しいと感じる。

 まあ、そういう道を選択してしまった自分を恨むしかないのだろうか。

「はーあ……結局話せなかったな……」

 一日の終りはこんな風に悩んでばかりでいる。その日にしたこと全てに自分が責められているような気がする。そんな状況を打破したいと思って、あの喫茶店の彼女に声をかけようとした。したが……失敗に終わっているのだ。

 大きなため息を一つついた俺は、目をつぶっていた。

 日中の疲労がベッドに滲み出るような感覚。

気が付かないまま、俺の意識は深淵へと落ちていった。


 いつの間にか俺は、どこか硬い床に寝転んでいた。

「ここは……」

どうやら今は自分のベッドの上にはいないようだ。

 周囲にきりが立ち込めたような薄ぼんやりとした景色。自分のすべての感覚が薄皮一枚隔てたようで、まるで自分が自分でないようで、でもやっぱり意識は自分の中にあるような感覚。

 また来てしまったか。どうやら俺は今、夢の中にいるらしい。

 夢の中にいる、という表現が正しいかどうかわからない。一般的にはこれが夢を見ているという感覚なのかもしれない。しかし俺にとっては”ある時”から、眠った時に見る夢というものはこんな感じで、自分が夢の中に入ってしまうようになった。

感覚が少し麻痺している程度で体は思い通りに動く。正直現実とあまり大差はない。夢の中の記憶も、普通は起きると曖昧になっているのが常だが、俺の場合は全てはっきりと覚えていることができる。

 この夢は毎日見るわけではないが、これが今の俺にとっての夜に見る夢、である。

 俺は立ち上がり辺りを見回した。

 周囲は相変わらず視界が悪く掴みどころのない景色が広がっている。まるで自分の記憶のなかの景色を構築していくように少しずつ輪郭が見えてくる。

 しばらく観察していると、目の前には今日の帰りの電車での一コマと「純喫茶 夢見屋」が現れた。

 景色はこんな感じで、その日の一日の一コマが、まるで舞台のように再現されていた。

 舞台には電車の中の大学の友達と、夢見屋のマスターが見える。そしてもう一人、昼間と同じように座っているあの彼女。同じように座って本を読んでいる。

 彼女にあってから俺はこの夢の中で何回も彼女に会っている。でも俺の夢の中の彼女は喋ることはないし、俺に反応することはない。

 夢の中の人間は俺に話しかけてくることはない。なぜならば俺自身の記憶を元に作られているからだ。

 結局俺の記憶の中にあるように彼女は本を読んでいるだけだ。

 だから俺は夢の中でも同じように席に座って彼女を眺めていた。俺が知っているのは彼女の横顔だけ。

 決して干渉はしない。してはいけない。……もとよりできないのだが。

 俺は夢見屋に入ると、いつもの自分の指定席についた。

 夢の中ではコーヒーは出てこないが、邪魔される相手もいない。俺は決してこっちを見ることはない彼女の本を読む横顔を眺めていた。

「ん?」

 今彼女がこっちを見たような気がした。いや、まさか気のせいだろうか。

 ……いや気のせいではない。

 少し離れたところに座っている彼女の顔がこちらを向いている。彼女の顔が真正面から俺を見ている。

完全に目が合っている。

 そこで俺は初めて彼女の顔を正面から見た。

 おかしい、ここは夢の中だ。この舞台は、この夢は俺自身の記憶を元に作られているはずだ。

だから俺の記憶にない彼女の顔を俺は正面から見ることができるはずがない。

 しかし、現に俺は彼女の顔を見ている。

 彼女は驚いた表情をしていた。大きな瞳をさらに大きくして、口はぽかんと少し開いていた。そんな顔だったが、その顔立ちは整いすぎるほど整っていた。ツン、とした少し小さめの鼻は正面から見ても顔のバランスを崩すことはなかった。

 つまり、彼女の顔は横から見ても正面から見てもとても美しい、ということだ。

 多分、俺が凝視しているのに気がついたのだろう。彼女は俺の視線に答えるように少し微笑むと、ぱたんと読んでいた本を閉じて席を立った。

 そのままの足でこちらまで歩いてくる。

 近づいてくる彼女。明らかに意志を持って動いているその姿は、自分の夢の中の相手にも関わらず俺はやや恐ろしさを感じていた。

 俺の目の前に来た彼女はニヤリと笑った。

「珍しいね、夢の中でこれだけ自由に動き回れる人は」

 イメージよりも少し低い声。でも女性らしい可愛らしい声。これも俺の知らないものだ。

 座っている俺のことをつま先から頭まで舐めるように眺め回すと彼女は、ふんふんと頷いた。

「なるほどなるほど。ここ最近はふらふら巡回していたけれども、こんな人に出会えたのは何かの縁かもしれないね。いやいや」

 一人で何かに勝手に納得しているようだ。

「えーっと、キミ」

「は、はい」

 急に話しかけられた俺は身構えた。

「いやいや、そんな身構えなくていい。キミは今夢を見ているのかい?」

 なんというナンセンスな質問だろう。自分の夢の中の存在が、自分に夢を見ていると尋ねてきた。

「はあ、夢を見ていますが」

 しかし、結局のところ俺はそう答えるほかはなかった。

 だって夢を見ているのだから。

「そうか!よし、よし」

 そう言って彼女は右手の人差し指を立ててくるくると回した。

「なんということだ!こんなところで出会えるとは!ぴったりだ!」

 まるで生きているかのようにそうつぶやく彼女を見ながらも、俺の頭の中は疑問符だらけだった。

 混乱している俺に気がついたのか、彼女はこちらを見て微笑んだ。

「キミ。キミはこの店によく来ているよね?」

「はあ……そうですが」

「よし、ではまた明日来れるかなこの店に。そこで少し伝えたいことがあるのだが」

 突然の申し出に俺は面食らった。だが、正直憧れていた彼女と夢の中で会話をしていることに少し高揚していた。

「はい、もちろんです」

 正直二つ返事でオーケーだった。

 しかもサムズアップまでしてしまった。

「うむ、良い返事だ。そうしたら、もしキミが覚えていたのなら明日、店につき次第私に声をかけてくれるかな?よろしく頼むよ」

 そう言って彼女はふわりと目の前から跡形もなく掻き消えた。

 俺の目の前にはいつもの見慣れた店内の風景が残った。

 うーん、なんだったんだろう今の。

 こんな夢を見るようになってから初めての経験だ。自分の夢の中の話したこともない人がいきなり詳細なディティールをもって話しかけてくる。そして明日会う約束を取り付ける。

 異様だ。

 これは異様だ。

 しかし、正直なところ悪い話ではない。話しかけたい相手がわざわざ(夢の中であるが)向こうから話しかけてくれたのだ。

 それも明日話しかけてくれとの言葉を残して。

 彼女と話す理由ができた俺はココロの中でガッツポーズをした。

 明日、話しかけに行こう。

 絶対に行こう。

 ……。

「あ……」

 なんだか覚えのある感触がした。体から力が抜け肉体から離れていく感覚。周囲の霧がかった景色にヒビがはいり、その隙間から光が差し込んでくるのを感じる。

朝だ。

朝が来た気がする。

 うん、まあいい。

 あまりに異様な展開だったが、彼女と話すきっかけができた。それだけでも大進歩だ。

 俺は自分の体から流れ出ていく意識を感じながら、これから訪れるであろう起床の瞬間に備えたのだった。。


 お読み頂きありがとうございます。

 

 少しづつ、話を進めて行こうと考えております。

 

 まだ序盤ですが、続けてお読みいただければ幸いです。


 よろしくお願いいたします。


 羽栗明日

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