絵本で読書感想文を書いたら怒られたので、BL本で書き直してみたら先生に泣かれた事件 ―小学生編―
書いてて薄々気付いてた。
ちょっと、いやかなり盛りすぎた感があるって読み返すまでも無く気付いてはいた。
でも仕上がり的にはバッチリだったし、こんなのも良いんじゃないかと思って、気にしないことにした。
会心の出来の読書感想文を夏休み明けの朝のホームルームで意気揚々と提出した私に、その翌々日カミナリが落とされた。
「樋田さん」
放課後職員室に来るように担任の先生に言われて、しょうが無いので嫌々ながら赴いた先生の机の上に、私の自信作である読書感想文が鎮座しているのを確認し“やっぱりコレで呼ばれたのか”と思った。
「なんで呼ばれたか分かる?」
「…。読書感想文のことですよね?」
毎年、全校生徒の中から選ばれた優秀作が市のコンクールに出されることになってる。
今回、自分でも自画自賛しちゃうぐらい上手く書けた読書感想文だから、選ばれるんじゃないかと思ってた。 思ってたけど、お声が掛かるのが早すぎると思うんだよね。
夏休みが明けてから、まだ今日も含めて三日しか経っていない。
はて、飛び抜けて出来が良かったから選ばれた、とかはあるのかな?
自分の読書感想文の出来に並々ならぬ自信があった私は、そんな風に思っていたから気が抜けていたんだ。
だって、まさか“絵本”を題材にしたから怒られるなんて思ってなかったんだもん!
こういうのを『青天』の霹靂って言うんだよね。 『晴天』は誤用だってこの前習ったよ。
ちょっと賢いアピールを自分で自分にしつつ、カミナリが過ぎるのを待った。
怒っている時の人間は、だいたいYESかNOで答えられる質問をすることが多いと思っている私は、YESとNOとごめんなさいの三つをテキトーに駆使して、かなりの部分を聞き流してたから、思ってたより早く解放された。
まだ教師になって三年目の先生には悪いが、私みたいな捻くれた子供は一定層いるので、私で捻くれ者の子供の扱いを覚えて、ぜひ今後活かしてもらいたいと思う。
まさか教え子が上から目線でそんな風に自分を見てるとは露程も思ってないだろう先生が、最後に大事なことを要約してくれたのもあって自分の置かれている状況は話を聞いてなかったわりに把握できてる。
残念ながら私は“読書感想文を一から書き直して、来週の木曜日までに再提出”と言う宿題を出されてしまったのだ。
NOと言える日本人、もとい変人である私は即座に斬って捨てた。
結局、斬って捨てたのを斬って捨てられ、連絡帳にまで“読書感想文書き直し”のことを書かれてしまった私は仕方なく諦めた。
私の親は、私を見て想像出来ないないくらいとても良識ある人たちだ。
私は両親に、日本人にカテゴライズされるより変人にカテゴライズされる様な子供を持たせてしまったことを深く申し訳なく思っている。
そう私に思わせるぐらい善良で、私に惜しみなく愛をくれる両親を盾に取られてしまったら勝ち目なんてなかった。
もちろん出来る限りの抵抗はした。
抵抗せずに受け入れような性格をしているはずがない私がしないわけないじゃないか。 一種の様式美とさえ思ってる。
結果、惨敗。
これから題材にする本を選ぶのもぶっちゃけなくても面倒いし、一度提出してんだから良いじゃん。
採点低くても良いからそれで終わりじゃ駄目なのかと思う人がきっと私以外にもいるはずだ。
採点出来ないって言われた。
読書感想文じゃないから採点出来ないって言われた。
そもそも、これのどこが読書感想文なのか参考までに教えて欲しいとまで言われた。
そんなに“絵本”が題材じゃダメなのか!っと思ったら、ポイントはそこじゃなかった。
何でダメだったのかを簡潔に言えば『盛りすぎ』になるのかな?
話を盛りすぎて題材にした絵本の原型が跡形もなくなり、もはや別物のお話を作り出してたのが怒られポイントだった。
ちょっと筆が進みすぎて、絵本でとっても有名な双子の野ねずみのぐ○と○らを宇宙にご招待してSFさせてしまったのが大きな敗因だったとは…――。
子供の遊び心ってことで、それも踏まえて採点してもらうことは…、小学校低学年なら有りだけど小6では無しと、はいはい。
先生から「本の内容を捏造するな!読書感想文だから、感想を書いて」と言われて職員室を追い出された私は、帰り道のなか『自分でも書いてる時から気付いてたけど、あえて“こんな読書感想文があっても良いんじゃないか”とチャレンジ精神で気付かないふりをして書いた、感想を書かない読書感想文は流石にチャレンジし過ぎたか』と少し反省した。
家に帰り、専業主婦の母親に連絡帳と返された読書感想文を手渡す。
連絡帳を見ているお母さんに帰り道のなかで少し反省したことを話すと、おもむろに母が読書感想文を読み出した。
読み終わった母からは、こんな有り難いお言葉を賜った。
「チャレンジすることはとても大事なことだし、真純がチャレンジすることを恐れない限りこれからもドンドンするべきだとお母さんも思うわ。けどね、これはチャレンジし過ぎよ!もう読書感想文じゃなくて創作してるじゃない!」
母も先生も思うことは同じだったようだ。
その夜、寝る前のお楽しみであるネットでの聖書巡りをしていたその時に天啓のようなひらめきが舞い降りてきた。
もう「これだっ!!」って誰かの声が聞こえてきそうなほどの天啓だった。
その数日後、ある生徒が二日で書き直してきた読書感想文を手に涙を流す六年二組の担任(教師歴三年、絶賛彼氏募集中)の姿を多くの生徒と同僚の先生たちが目撃している。
近くを通りがかった生徒の話しによれば「こんな子供、もう嫌」と言っていたという…。
一人の教師に衝撃を与えたと思われる問題の読書感想文だが、その後、その問題作を書いた変人が布教活動で使用しているらしい。
ご本人に直接聞いてみたところ「良い働きをしている」と素敵な笑顔でご返答頂いた。
“良い働き”って……。
怖いのでこれ以上この話には触れないでおこうと思う。




