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「その前にこの子の治療をさせてくれ、このままだと死んでしまう」
柳瀬の物言いにカチンと来た慧が口を開きかけた時、背後から虎鉄の声。
「診るんやったらこの子もたのむわ」
同時に重く湿った何かが地面に叩き付けられる音。
柳瀬の顔が蒼白になり慧の傍らをすり抜け音の源に駆け寄る。
振り返るととあのボルゾイモドキ。
ただし白い毛は真っ赤に染まり息も絶え絶え。
「マァ、けっこう手こずったが、三分の一殺し程度に痛め付けてやったぜ」
そう嘯くアントニオの額はぱっくり割れている。
「オモチャにしよう思うたら、慧ちゃんからの停戦命令や、欲求不満やわぁ」
言いつつ身をよじる虎鉄も右の耳が真っ二つに裂けていた。
「ああ、なんて事を、前脚が両方とも折れてる。後脚は……。開放骨折してる!辛かっただろ?パイガオ、今すぐ治してあげるよ、君たち!酷いよ!!」
半分鳴き声でボルゾイモドキに語りかけつつ、パーカーからチョークを取りだし、コンクリートの床にペンタクルを書こうとする柳瀬。
ガーネットの瞳をギンギンと怒りに燃え上がらせつつ、足早に彼に近づく慧。
おもむろにチョークを握る手元を、スチールカップが入ったエンジニアブーツの爪先で蹴り上げ、驚いて見上げて来た所を右ほほ目掛け掬い上げるようにフックを一発。
仰臥した柳瀬の横腹を蹴り上げつつ。
「何が酷いじゃ!アホンダラ!!先制攻撃仕掛けてきたんわオノレちゃうんか!?眠たい事ほざいとったら、皆殺しにして金だけ踏んだくったるぞ!オオぅ!」
突然、警笛にた甲高い音が慧の鼓膜を叩く、柳瀬の腹を踏みつけつつ振り向くと、音源が目に飛び込む。
朝七時からやってる戦隊モノのトレーナーを着た体は五六歳児ほどだが、大人ほどの大きな頭。頭髪は無く顔面には目鼻口の代わりにゴルフボール大の穴が一個空いている。その穴から、あの耳障りな警報音が鳴り響いているのだ。
その傍らにはずんぐりとした体系を、長い赤毛で覆ったサル、いやオラウータンそっくりなキメラ。
剛毛の下には明らかに隆々とした筋肉が隠れているのだろうが、黒目がちな相貌は恐怖でブルブル震え完全におびえきっている。
その陰にはさらに二体。
オラウータンモドキの右肩から顔を出すのは、長い両耳を頭の上に突き出し、全身白い毛に覆われたキメラ。
口も突き出して門歯も見えている。言うなればウサギ人間といった所。こちらは朝七時半からやってる魔法少女物のアニメがプリントされたロングTシャツを着ている。
そいつが、慧を赤い目で見つめ、つつまるで呪文かお経の様にウサギ口をもごもご動かし。
「こわいよおとうちゃましんじゃうよしんじゃやだよやめてこわいのやめてよおとうちゃまおとうちゃまたたくのやめてよこわいよ」
だらだらしゃべり続けるウサギ人間の陰に隠れるように別の一体。全身白い毛に覆われ、頭に巻角をはやした羊人間としか言いようのない、これも子供サイズのキメラ。
ウサギ人間の反対側から一瞬、顔を出したが、慧と目が合うと完全に隠れてしまった。
その一塊の隣には、ぴったりと抱き合う二体。
黒目勝ちを通り越して、まるで宇宙人のような黒目だけの眼で慧を睨むのは、慧にも負けない白い肌に漆黒のロングヘアー。明らかに目を奪われる美しい顔立ちで、黒いニットのワンピースを身に着けた体は細く嫋やかなのだが、胸だけは異様にデカイ。たぶん、スケベな目的で合成されたホムンクルだろう。
彼女が、その巨大な胸で隠すようにかき抱くのもかなりの美少女。
こちらは紫檀を思わせる褐色の肌に豊かに揺れる金色の巻き毛、その中からはツンととがった耳が飛び出ている。まるで安物のファンタジーRPGに出てくるエルフそのものだ。こいつが作られたのも言わずもがなの目的だろう。フード付きのパーカーをワンピース風に着せてあり、裾から延びる脚はムッチリと肉感的だ。
異様なクリーチャーの視線を受け、さすがの慧も柳瀬を踏みつける脚を止める。
いつの間にかノーマルサイズに戻ったアントニオが彼女の肩に止まり囁く。
「慧、一応、話を聞くんじゃなかったのか?」
虎鉄も足元から彼女を見上げつつ。
「うちらの怪我もこのあんちゃんに治してもらおうや」
アントニオと虎鉄を交互に眺めた後、フッとため息を一発つくと、柳瀬の腹から足をのけ。
「おのれのキメラ治した後でエエから、うちの使い魔も治せや、治すふりして変な真似しくさったら、承知せんぞ」