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REAL WITCH ~EXODUS~  作者: 山極由磨
10/19

タクシー代をケチって自分もキメラどもと同じバスに乗ったことを、慧が腹の底から後悔したのは舞鶴自動車道に入った辺りからだった。

 住之江の隠れ家から、デカイ白狗やダーハイズをパネルトラックに詰め込み、それ以外はマイクロバスに乗せて暗闇の中出発。

 最初は皆緊張で大人しく、やがて寝入ってしまったのかタイヤノイズとエンジンの音しか聞こえない車内だったが、白々と夜が明け、車内が明るくなるとまず最初に顔無しのウーリャンが、頭に空いた呼吸と摂食用の穴からブザーに似た大音響を響かせる。

 最前列の席で居眠っていた慧が何事かと飛び起きると、中ほどでチャンニーとメイメイに挟まれつつ目を覚ました柳瀬が。


「ウーリャンはいつも決まった時間に皆を起こすために声を出すんだ。目覚まし時計変わりだよ」


 と寝ぼけ眼をこすりつつ言う。


「うるさいから黙らしや」と慧が抗議すると


「ウーリャン、もういいよみんな起きたよ」

 

 これで静かに成ったかと目を閉じたが、しばらくして「ここはどこ?」と尋ねる声。見ると兎娘のトゥーニャンが慧を見つめる。


「舞鶴道や」と答えると「どんな字を書くの?」これにはイラつきながら「舞う鶴!鶴は鳥の鶴や」。


「ツル?ツルなら『ツルの恩返し』のご本を読んだよ。女の人が鶴になってね、布を織るのよ、ギッコンバッコンギッコンバッコンギッコンバッコンギッコンバッコンギッコンバッコンギッコンバッコンギッコンバッコンギッコンバッコン」


 毛むくじゃらの両手をバタバタさせながら機織りの真似をしつつ延々とギッコンバッコンを繰り替えす。

 最初は無視を決め込んだが、段々うるさくなり思わず手が出てトゥーニャンの耳を引っ掴み。


「黙らんとバスから放り出すで!」


 当然、黙るどころか大声で泣き始め、それに呼応するようにウーリャンが今度は警笛ような耳をつんざく警戒音。

 柳瀬も「乱暴は止せ」とわめきだし、傍らのメイメイはめそめそ泣きだし、チャンニーがギュッと抱きしめ慰める。オラウータンモドキのジーロウは頭を抱えて座席の間にはまり込み、羊頭のジャオロは、肩から下げた小さなバッグから、キャンパスノートを取り出すと、サインペンで何かを書き付け、慧の近くまでくるとそれを見せる。

 なかなかきれいな文字で「みんなを泣かさないでお願いします」

 慧はそれをひったくり、たたんで丸め筒を作ってそれでジャオロの頭を一発張り倒し。


「勝手に泣いてろボケ」


 泣き声の合唱にジャオロも加わると、スマホに精霊フルフルのペンタクルを呼び出し、自分の周囲の空気の流れを変え、音を遮断。無音の結解を作りまた居眠りを始めた。




シアワセな惰眠は福知山を過ぎるころまで続いたが、無音の結解の中にアントニオが飛び込みそれも中断される。

 慧の膝の上に乗った彼の羽毛はクチャクチャ、ゼイゼイと苦しそうに息をしながら。


「慧何とかしてくれ!あのガキ共、俺の事を追いかけまわして玩具にしやがる」


 聞くと、慧が怒りたくって眠りについた後、手荷物棚でのんびりしていた彼をトゥーニャンが見つけ、


「カラスさんカラスさんのご本を読んだよ。カラスさんツボの中の水を小石を入れて飲むんだよね。ポッチャンポッチャンポッチャンポッチャンポッチャンポッチャンポッチャンポッチャンポッチャンポッチャンポッチャンポッチャン」


 人間(?)が出来てるアントニオは、慧みたいに激怒することなく自分からその場を去りトゥーニャンの立てる雑音から逃れたが、その先に居たのは座席の間に挟まりこんで居たジーロウ。

 なぜかその長い手を振り回し、ホッホホッホと声を挙げながらアントニオを追い回し始め、それにつられトゥーニャンも追跡に加わる始末。

 狭い車内を飛び回るものだからあちこちに体をぶつけほうほうの体で慧に助けを求めた。と言うのが顛末。

 気が付くと、ジーロウとトゥーニャンが興味津々で慧の膝の上のアントニオを見つめる。

 慧は黙ってスマホに精霊のペンタクルを呼び出す。そして、二匹の鼻を思い切り中指で弾く、痛みで泣き出す、その前に体が硬直してその場にぶっ倒れた。


「サブノックを使ったな!筋肉細胞を硬直させたのか?なんて無茶な事を、心筋まで影響が出たらどうするんだ!」

 

 抗議しつつ小走りで駆け寄る柳瀬に慧はアントニオをなでながらすごむ。


「手足の筋肉だけや、ゴチャゴチャぬかしとったら、ホンマにこの二匹の心臓、止めてまうで」


 やりかねないと思ったのか、柳瀬は一匹づつ後部座席に引きずり込み、自分で術を解き始めた。

 その間、柳瀬の座っていた場所にはなぜか虎鉄。

 空座席で居眠っていたのを、メイメイにつかまりチャンニーの膝の上にポンと置かれてしまう。


「チャンニー、ヤナセ後ろに行って寂しいだろ?この子暖かいよ、ヤナセ帰ってくるまで抱いてなよ」


 それにこたえてチャンニー、ほんわり微笑んで虎鉄をその巨乳の間に挟むように抱きしめる。


「わてが巨乳の中で窒息やなんて、最低やぁ!」




 京都府をほぼ縦断すること四時間。車列は日本海を望む県道を走っていた。

 鬱々とした灰色の雲の下に、荒々しく白波を立てる日本海が、車窓の向こう側に広がる。

 キメラやホムンクルス達は最初、カーテンを盛大に開け、初めて見る風景に歓声をあげていたが、気付いた慧に怒鳴られつつそれぞれ頭を平手で叩かれ、尻をエンジニアブーツで蹴り上げられると、泣く泣くカーテンを閉め、狭い隙間から外を眺めることで我慢した。

 

 しばらくして車列が止まり、慧がスマホに土星第四のペンタクルを呼び出すと、行く手をふさぐ鉄柵の門扉がひとりでに開き、車列の通過を許す。

 鬱蒼とした松林の中の小道を行き、雑草が生え放題のパターゴルフ場とテニスコートの間を抜けると、かつては嘗ては白亜だったであろう、今は塗装の劣化と汚れで薄汚い灰色に成った外壁を持つ、四階建ての鉄筋コンクリートの建物が現れた。

 大きな庇をもつ車寄せにバスとトラックが止まると、慧は全員に降りることを命じる。

 寒風に身を縮ませつつバスを降りると、トラックからはすでに白狗とダーハイズがおろされていた。

 

 ショートトレンチのポケットから、一センチほどの厚みを持つ封筒二つを取り出すと、手早く二人の運転手に押し付け立ち去る様に促す。もちろん、スマホには精霊ロノウェのペンタクル、運転手達は自分が誰をどこまで運んだか、すっかり忘れ去るだろう。

 

 電源が無く開かないはずの分厚いガラスの自動ドアが、土星第四のペンタクルの力で軋みを立てて開かれる。

 埃っぽい空気があふれ出て、顔をしかめつつも慧は一行に向き直り、薄暗いながらも豪勢な内装のロビーを背にして言った。


「さぁ、今夜のお宿に到着やで!」


 

 慧の背中を追うように皆は中に入っていく。

 カウンター、鍵の棚、休憩用のソファーやローテーブル、みやげ物を並べるためのショーケースやレジ台、コーヒーなどの飲み物を提供するためのカウンター、高い天井には埃まみれの巨大なシャンデリア。


「廃墟の割には荒らされた形跡が無いな、まだ誰かが管理してるんじゃないか?勝手に押し入って大丈夫なのか?」


 と柳瀬が慧の背中に向かって言う。

 一瞬立ち止まり、振り返って彼女は。


「勝手に?なに言うてんの、ここはウチの持ち物や」

「き、君の!?」


 裏返った声での問い直しに慧はこともなげに。


「そうや、一昨々年の夏に倒産して、競売に出てたから買うたんや。価格は七千万、客室は三十室、レストラン、ラウンジ、大小宴会場、ビーチバーにヨットハーバー、パターゴルフ場もあるしテニスコートもついてる。温泉はもちろん源泉かけ流し、元の持ち主は地元の古い金持ちのアホボンで経営が下手くそで潰してもうたけど、上手に回したらエエ商売になるで、今、中華民国の投資家相手に知り合いの不動産屋通じて商談中。まぁ、一億で売れるやろ、もちろん、改装費は買主持ちでな」

「君はそんなことまでしてるのか?」

「魔女して稼いだお金も最近は銀行入れてても利子もつかんし、ちょっとでも投資してうまい事回していかな損やん、お金にも働いてもらわんとな。不動産以外にも株もやってるし、金とか先物とか」


 再び歩き出した慧に付いていきながら、柳瀬は。


「君みたいな子供が、何千万や何億ものお金を動かして良いのか?」

「大丈夫や、知り合いの弁護士先生が未成年後見人になっててくれるから、契約行為もバッチリできるで」 

「そんなにお金を貯めて何をするつもりなんだ?」


立ち止まった場所にあるドアノブに掛けた手を止めて、肩越しに流し目一つをくれてやりながら。


「ほな、逆に聞くけど、金溜めるのに理由なんているんか?」

「そりゃ、何かを買いたいからとか、何か事業を始めたいから、とか・・・・・・」

「何かの為に金を貯めようって考えるヤツはアホや、今ある金で何ができるかを考えなアカン。ウチは将来のいろんなことをしたいからともかく金を貯めて増やすんや、金さえあれば大抵の事は出来る。魔法でも出来ん事でもな、つまり金は力や」


 十代半ばの少女の口から出る言葉とは思えないセリフに、柳瀬が唖然としている間に慧はドアを開ける。

 中に入り奥に進むとマットレスだけに成ったセミダブルのベッドが二つ。


「これとおんなじ広さの部屋が十室、和室がよかったら反対側がそうや、好きに使うたらええ。布団や毛布はリネン室から自分らで勝手に持ってきて敷や。風呂は各部屋に有るけど、湯送るんが邪魔臭いから大浴場を使えるようにしたる。ただし、使えるんは夜八時から九時までの間や、それ以外の時間はウチが使うからな。晩飯は六時ちょうどにケータリングを手配してるから、大浴場の上の宴会場で食うで、お坊ちゃんのアンタでも見たことない御馳走用意してるから期待しとき」

「えらく待遇が良いな」


 柳瀬の言葉に今まで見せたことのない屈託のない笑みを見せつつ。


「当たり前やん、料金はぜーんぶアンタ持ちやからなぁ」

「やっぱりな・・・・・・」


 ぐったりと項垂れ、柳瀬は傍に有ったベッドに座り込んだ。

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