序
大阪湾に浮かぶ『夢洲』と呼ばれてる二百九十ヘクタールもある馬鹿でっかい人工島は、昔はオリンピックの会場にしようとか選手村を作ろうとか景気のイイ話の舞台になっていたが、結局オリンピックは中華民国の上海にカッ攫われ、間抜けな草ぼうぼうの野っ原を晒す羽目になった。
で、仕方なく日本中の都会という都会に溢れていた中国大陸や東南アジア、中東あたりの難民をそこに投げ込んだところ、あれよあれよという間にスラム化し、今じゃ七十万人もの人口を抱える世界最大級のスラム街に成長しちまった。
これが悪名高き『夢洲難民地区』の成り立ちだ。
ここじゃ大阪都はおろか日本国の権力が支配するのも、五メートルものコンクリの塀で覆われた僅か八万平方メートルほど管理エリアの中だけで、残りの全ては其々のエスニックグループのギャングのシマであり、人死なんて当たり前の抗争を繰り返しながら、人身売買、麻薬製造、違法賭博、売春などなど思いつく限りのヤバイシノギに精を出していた。
その中でも莫大な稼ぎをたたき出すのが『クローズドバトル』と呼ばれる賭博だ。
魔法で造った合成生物『キメラ』同士に金を賭け、物体の分子構造を強化する『マルファス』のタリズマンを使った魔術で補強し高圧電流を通した巨大なケージの中に閉じ込めて、一方が死ぬまで戦わせるって言う実に簡単明快なバクチで、豪快で残酷なショーと、勝てば転がり込むデカイ儲けに誘われて、対岸の大阪都から毎晩モグリの渡船を仕立ててカタギの客が大挙して押し寄せるほどの大盛況ぶり。
金を払って銃やバットやナタで弱々しいキメラを嬲り殺しまくる『キリング』と呼ばれるゲームや、ホムンクルスやキメラ相手に変態セックスを楽しめる売春と並んで『夢洲難民地区』の名物になっていた。
この日も、足場用の単管パイプと波板で造ったアリーナに、五六百人近いカタギの客や羽振りの良い難民を集め投光器をガンガンに照らしデスマッチ一本勝負が始まろうとしていた。
対戦するのは長い鼻の先に人間の女の顔をひっっ付けたアフリカゾウと首の周りに十二匹ものキングコブラを生やしたクロサイ。
大一番に興奮しまくりの客共の下品な声援の中、殺意満タンで向き合ったキメラ二体。紫に染めたクロコダイル革のタキシードに身を包んだ、シエラレオネ出のデブったレフェリーが、トドメ兼護身用兼ゴング代わりのブラジル産のリボルバー、トーラス・レイジングブルをぶっぱなし試合開始!
ここで怪力対猛毒の激突が始まるところだが、今日はぜんぜん具合が違った。
猛スピードでお互い向けて突進したと思うと激突せずにすれ違い、事もあろうにケージに突っ込んだのだ。
当然、牛でも一発でブラジル風の丸焼きに成る程の電流が流され、ユンボが突っ込んでも壊れないほど強化されたケージが防いでくれるハズなのだが、なぜか火花は散らず鋼鉄は獣のパワーでグンにゃり曲がり、二頭の怒り狂った巨大キメラが無防備丸出しの観客に突撃をかました。
面鼻ゾウに踏み殺され鼻で絞め殺されコブラサイに跳ね飛ばされ毒牙で噛み殺され、その上安普請の観客席はキメラの激突と客の急激な移動の衝撃でガラガラと崩れ、客同士の重みで圧死する者、飛び出してきた単管パイプに串刺しにされる者、鉄板で真っ二つにぶった切られる者と、あたりはあっという間に阿鼻叫喚酸鼻極まる地獄絵図に。
押取り刀で駆けつけたこのあたりを仕切る半島系難民ギャング『双頭の龍(DHD)』の強面アンちゃん方もおったまげる有様。最初のうちはなんとか捕まえようとしたものの、猛獣パワーで暴れたくる二頭には敵うはずもない。三人、四人、五人六人と踏み殺され噛み殺され捻り殺されると、現場をしきっていた幹部はとうとう諦めて、
「ぶっ殺せ」
と命じる始末。それでも丈夫に造ったキメラ共はカラシニコフの一斉掃射じゃくたばらず、体中に空いた射入孔から辺りに自分の血を振りまきつつ人間共を追い回す。
八人ほどのベッタンコ死体と毒殺死体が生産された後、苦渋の選択で出撃してきたのは敵対勢力との抗争の為に用意してあったテクニカル(機銃搭載ピックアップトラック)スズキのキャリイに重機関銃DShK38を搭載したDHDの秘密兵器。
カラシニコフならまだしも、重機関銃のテノールボイスが島の中に駐留している大阪警視庁の戦闘機動隊に聞かれればマズイかもしれないが、文字通り化物なキメラが島外に逃げ出せばマズイじゃ済まない、万が一夢洲と大阪都南港をつなぐ夢咲トンネルにでも飛び込まれた日にゃァどうなることやら。
豪勢なマズルフラッシュとともにブチかまされた十二.七ミリ弾は面鼻ゾウの牙を砕き脚を吹き飛ばし脳天を叩き割り、コブラサイの角を粉砕し腹に薔薇の様な傷口を幾つも穿って腸をブチまけ、なんとか一夜のドンちゃん騒ぎを終結に持ち込んだ。
ショベルカーとフォークリフトを呼んできて二体のドデカイ死体を片付け始めつつ、こいつらが造った二三百近い人間の死体の始末をサテどう付けようかと幹部が頭を悩まさている時、更に頭痛を催す情報が彼の耳に囁かれた。
「柳瀬の野郎の姿がありません、あと、キメラやホムンクルスも何匹か行方不明です」
組織名を『サンオ』と名乗る幹部の額に浮かび上がる青筋が一気に増える。サメのように左右離れた小さい目を更に細め、薄くて横に広い口はへの字に曲がり苦しげに呻く。
「野郎、フケたか?」
そして、黒いマオカラーのスーツの懐から取り出した無線機に低い声で囁いた。
「キメラ作りの柳瀬が逃げやがった。草の根分けても探し出せ、金づるだからな、半殺しは良いが殺すな」