二
研究所にあったのは施設の感染者と思われる犠牲者の死体と大きな染みだけだった。
彼らはその一室、研修室にいた。
記号と数式が細々と記された大きなホワイトボードがあり、騒ぎで乱れてしまったであろう長机とパイプ椅子が並んでいた。
調べて分かったことだが、感染者には時に十発以上も弾丸が撃ち込まれていた。急所を正確に幾度も撃ち抜いている。研究所の主ワニヤ博士が事前にくれた情報だと感染者は、凶暴になるばかりか、痛覚を持たず、そのため耐久度も増すというのだった。
青白くなったその憐れな研究員達の死体から目を離すと、床に出来た染みを調べていたゴメスが言った。
「鼻がマヒしちまったと思ったが、こいつのにおいで本当に鼻がやられちまった」
スコットが合流すると、確かに凄まじいにおいを彼も感じたのだった。
「一体この染みは何なんだろうな」
ゴメスがそう言った時だった。
天井近くの通風孔の網戸が床に落ちておぞましい金属の音色を奏でた。
スコットもゴメスも銃を向けた。
そして通風孔から青色の腕が伸び、壁際を掴む。そして心を乱すような水鳥のような声を上げて、ブルーの生命体が床に降り立った。
前身は透き通ったジェル状の様に思えた。四肢があり、直立している。手には異様なほど長い指がありそこから厚い爪が伸びていた。
「こいつは」
「研究していたミュータントだろうな」
ゴメスが応じた。ミュータントの口が割れ、鋭く生え揃った牙を見せながら再び耳をつんざくような咆哮を上げた後、スコットと、ゴメスは、銃で撃ちまくった。
だが、ミュータントは怯まず歩んでくる。そして腰を落として常軌を逸した速さでスコットに跳びかかって来た。
スコットは床を転がって回避し、銃を向け、ミュータントを撃った。だがミュータントは意に返す様子も無く悠然と迫ってくる。先程は避けたが、あの太い爪で裂かれれば一溜まりも無いだろう。
「どうなってんだコイツは!?」
頭を打ち抜いてもジェル状の身体がすぐに引っ付いて修復してしまう。二匹に増えるよりはマシだが、打つ手立てがない。
その時、肩の無線の赤いランプが点滅した。
「心臓よスコット!」
ユキの声がそう言った。
「心臓だって!? 胸ならさっきから何度も撃ってるぜ!?」
ミュータントが跳びかかって来た。
スコットは再び床にダイビングして転がり銃を構える。だが、太い爪が掠っていたらしく、アーマーベストの繊維がほつれていた。
その時、ミュータントが大きく膨れ上がり、水の様に弾け飛んだ。
銃を手にしていたゴメスが立っていた。
「そうだった、心臓だ。いわゆる核だ。今のミュータントは右足にそれがあった」
「そいつを撃ち抜いたわけね」
スコットは全身から緊張が解れてゆくのを感じた。ゴメスが頷いた。
「その核の場所は全てのミュータントに共通しているわけではない」
「素早い見極めが大事ってことだな」
事前に提供された情報を思い出して彼は応じた。そして新たに床を汚した染みを見詰めた。これで謎が解けた。この染みはミュータントの残した跡だ。
研修室から出ようとした時だった。扉の向こうが叩かれ、おぞましく虚ろな声が幾つも聴こえて来た。
「ゾンビだ」
映画やゲームで得た知識が本能的にそう告げた。
二人は後退し、長テーブルをバリケードして、幾度も乱雑に叩かれ、引っ掻かれて揺れる扉を見詰めていた。
やがて扉が向こう側から開き、濁った眼をした感染者達の群れがなだれ込んできた。
「撃て撃て撃て!」
ゴメスの声と共にスコットも銃の引き金を引き続けた。
虚ろな声と血を飛散させながら犠牲者達は腕を力なく前に伸ばして行進を止めなかった。
スコットはショットガンに持ち替え、ゴメスも破壊力のある大型拳銃を撃っていた。
犠牲者達は尚もなだれ込んできた。
「下がるぞ、スコット」
撃ちながら彼らは後退し、新たなテーブルを間に挟んで彼らは銃撃を続けた。
そうしてようやく最後の犠牲者が倒れた時、二人とも肩で息をしていた。
こいつらどこから出て来た。先に突入した奴らが見逃したのか。しかし、結果はどうあれ御覧の通りだった。大量の犠牲者達がまだ徘徊していた。そういうことだ。
「油断はできないな」
ゴメスがマガジンに弾を込めながらそう言った。