黒翼の王と白銀の王
この世界に降り立ちもう半年が過ぎた。元の探偵業も再開したい所だが祖父の金遣いの荒さもあり子供達の将来を考えると心もとない。家長としての役割を果たしてはいるが金銭面の杜撰さは折り紙つきだ。なれば金銭の管理は自分が管理して使える分を渡すのが利口だろう。子供達が不自由しない程度の金銭も欲しい。そう思い自ら祖父と同じようにギルドランカーの道を歩んだら案の定大層な二つ名[白銀の狩人]という名前を頂いてしまった。
元よりこの世界に来た以上は生命を奪う事は覚悟していたし火の粉を振り払うのには何の感慨もわかないが……基本的に人助けが性に合うようでいつの間にか今世紀最大の聖人とまで言われるようになってしまった。そしてこの半年の間で数多くの友人にも出会い今日はその友人の家に遊びにきているのだが……。
「おお!白銀の王!よく来たな!!」
紅い目に褐色の肌の美しく耳のとがった美麗なダークエルフの男がにこやかに巨大で華美な城のエントランスに現れる。
「エーファ、自分は王のような気位は持ち合わせてないよ」
「何を言う!!お前ほど王の器もなかろう!国を手に入れるなら手を貸すぞ」
「遠慮しておくよ、大魔王の軍勢を相手にただ一人生き残った魔法剣士の直系に言われたら現実味を帯びる」
目の前の少年のような輝きを持つ友人の若いダークエルフ、彼の名はエーファ=ヴァーミリオン……[黒翼の王]と呼ばれるダークエルフの国を統べる王だ。彼とは自国民を仇なす敵対する組織との戦いで何の偶然か知り合い、共闘し友に至った。彼の父は大魔王大戦で魔王を退けた豪傑の一人[常世の魔剣士]と呼ばれる現在の魔剣術の祖と呼ばれる凄腕の剣士だ。現在も存命で王位を息子に譲った後……自身の更なる研鑚を求めて妻と共に修行の旅を続けている。ちなみにエーファは母親が堕天使という変わり種であり産まれつき黒い翼を持っている。
「……親父さんは元気か?」
「妹か弟をこさえてくるなぞ抜かしておったわ!!」
「……そいつはよかった」
相反するテンションの二人ではあるがこのやりとりが二人にとっては居心地の良い距離でありはじめの共闘から幾度も戦場を共にした事から無二の友と呼んでも差し支えない関係を持っていた。型破りの人間と常識外れの混血のダークエルフ。この二人が揃う時敵対する者は戦意喪失するか無茶な戦いを挑むか二択に迫られる。故に戦場ではその名の通り……[白銀の王]と[黒翼の王]として恐れをなして呼ぶのだ。
「そうだ、じいさんから芋羊羹持たされたぞ」
「おお!!雪人殿の芋羊羹は絶品だからのう!後で東国で仕入れた抹茶と共に食そう!」
このダークエルフは和食と和菓子が好きな変わり者でもあった。
「それで呼び寄せたのは?」
「ふむ、まずはこれを見てくれ」
芋羊羹を食しながら中庭の調度品の机の上で優雅に抹茶を啜りながらとある魔術書を取り出す。
「それは古代文明の召喚書か」
「そうだ!魔術文明黄金期の最古の魔術書だ!ある機会に手に入れての、是非この叡智を友であるお前と分かち合いたいと呼んだわけだ!聞けば使い魔契約もまだらしいでないか、使い魔とは生涯の友とも言える大事な存在、俺はもういるからな」
エーファの使い魔は見たことがある。黒の天馬だ。人語を解し騎士道も介する無骨な武人気質のランク測定不能の魔物の一種だという事を記憶している。幼少時よりエーファに仕え命ある限り護ると決めた天馬に尊敬の念を抱かずにはいられない。それはともかく自分よりも遥かに年上にも関わらず少年の熱意を秘めた友人の好意を無下にするのも友人としては余り気分はよくない。すっと魔術書を受け取る。
「おお!やる気だな!詠唱は頭に浮かんだ句を言えばよい!」
「悠久よりきたれり始祖たる祖よ、汝は世界を創世せし始まりの龍、汝は至高の頂きより民草を導く覇王の祖、古の盟約により世界救いし聖者の元へと現れん、創世期よりの盟約ここに顕現せん、さあはじめよう新たな世界の物語を」
「……始祖龍の詠唱?」
友の唖然とした表情を見ながらも光に包まれていく。
その龍はまどろみの中にいた。世界の変革をゆっくりと見ながら巨大な力を持つ者がいてもかつて自分と共にいた名もなき聖者を継ぐ者は現れないだろうとかつて平和だった世界はまた争乱に満ちている。生涯をかけて民を救い続けた彼の願いを体現する後継者はいない……いないと思っていた……。
「汝は何者か」
まどろみの中の白い空間にその空間と同じような白い髪の男が現れた。
「……ただの人さ」
男は穏やかに声をかける。この男の内在魔力は私をも越える。だが不思議と恐ろしくはない。まるでかつての主と話してるかのようだ。遥か古代の記憶………かつての主も同じような形で迷い込み似たような話をしたような気がする。
「……雪村太一……女性に先に名乗らせるのもな」
「よく私が雌とわかるな、だがその気遣い好意に値する。私の名は始祖龍=ラーゼリア、この世界が発生した時よりこの世界に存在する龍なり」
「なるほど、使い魔契約で来たのはいいがそこまでの存在なれば帰るか」
「私を召喚する詠唱を唱えたならば使い魔にする資格はあるはずだが?」
「過ぎた力は自分を灼く、それに貴女は世界に出て何かをするより見守りたいくちだろう?」
その言葉を聞いた時私は思わず大笑いをしてしまった!!矮小な生物が願うのは常に進化を求める強い力……だがこの男は違う……かつての主と同じ言葉を同じ風に言ったのだ……。これはいい……これは興が乗った。世界を知るのと感じるのでは違う……私の寿命は無いに等しい。勿論別の種族から番を作るのも出来るが如何せん魅力的な雄がいなかった。
かつての主も老齢にして私と契約しせしめたし寧ろ友人のような関係……祖父と孫のような関係であった。だが目の前の男は見た目も美しいし自分の力もまた制御し鍛錬を欠かしていない事がわかる。そして纏う魔力がなんと美しい事。ふむ長い人生この男と過ごすのも一興か。
「……いや世界を見たい……使い魔となろう……光栄におもうがいい」
「……なら行こうか」
この男……雪村太一はそういうと微笑み共に光に消えてった。
「友よ……逆召喚にも驚いたが裸体の女性を連れてくるのはどうかと思うぞ」
「……人化できるとは思っていたが服はきてくれ」
美しい黒い長髪に美しい翡翠色の瞳に端正な顔立ち身長は160くらいで大きいのが好きな男であれば喜ぶような胸にすらりとしたモデル体型の女性がふむと頷きながら立っていた。
「うむ、久しく人界に来てなかったからな……最近の流行はこれか」
自身を魔力で包むとそこに現れたのはメイド服に身を包んだ人化したラーゼリアだった。
「最近の男は萌えると言うんだろう?」
「……たしか魔導技術の最先端の国の流行かのう」
「……(絶対転生者が関わってるな)」
こうして友の家に来たと同時に太一ははじめての使い魔始祖龍ラーゼリアと契約するに至ったのだった。そしてこれが女難を引きよせるとは気づかずに。