ルーランと太一(中編)
「この国の見物はこの国しか咲かない蒼い桜だな」
ルーランは満足げにこの国の蒼い桜並木を指さしながら太一に説明する。
「過去に侍という異界の剣士がこの国の初代の姫君と恋仲になり、彼の持つ特殊な属性があの桜を咲かせたらしい」
この国の名の由来は一介の剣士であった青年がとある部族の少女と出会い、恋仲になり島国に散らばる部族同士を仲間にし国を興した所から始まる。そして桜咲くこの土地を見つけ、青年と少女の間に産まれた子の名前が標桜といい、そのまま国の名前としてつけられた。そして初代の姫君が美しい女性に育つ頃、見慣れぬ甲冑を着た傷ついた鎧武者を見つけ出す、その男の名は伝記にも記すほどの偉大な剣客、名は蒼桜同じ桜の名を持ちて、己の身を救いし姫に忠義を尽くす、まさしくその剣の腕は流霊にして苛烈、美しき女とも見紛うような男だったらしい。その男が持っていたのは植物を操る[花]の属性、稀に見る属性の一つ、姫と恋仲となり娶る日にその力を用いて差し出したのが蒼い桜、己の生命かけて生涯愛し護ると誓ったその桜が今この国の名物となっているのである。そしてその血筋は今尚健在で、この国の将軍家は今も尚有能な剣士を排出し、花の属性を維持していると聞く。
「この国の剣士は皆侍と名乗り蒼桜の嗜んだ武士道を教訓として日夜修行をしているのだ」
「……なるほど、よく帯刀をしている侍らしき人物がいるなとは思ったがそんなわけか」
「そんなわけだ、だが初代の姫君の婿となるくらいだ、とてもよい感性をしているのだな、蒼桜なる人物は!!」
「そう思うか!!ワシもそう思うぞ!!」
ルーランの言葉に反応する幼い声がすると同時に下を向くとどこかの姫君のような簪をつけた美しい10歳ほどの少女が眼に映る。
「……姫君か」
「そうだ!!ワシは桜乃という!!よろしく頼むぞ!大将軍の若爺様が聞いたら実に喜ぶ!!客人として参れ!!」
「……ん?」
ルーランと太一は桜乃と名乗った姫君と共に江戸と同じような作りの街を颯爽と走り抜けながら巨大な瓦屋根の城へと向かった。
「おや、桜乃、御客人かな?」
穏やかな長い黒髪に紅い瞳の女と見紛うような美しい男が優しげに声をかけた。どうやらこの質素ではあるが貫録がある畳の巨大な部屋は将軍の座する部屋らしい。隣には穏やかな同じ黒髪で紅い瞳の美しい姫とも思えるような容姿の若い妻らしき人物がいる。
「……転生か」
「おや、巨大なる力の人にはわかるらしい、そうだね、私達は不死人となったのだよ」
「まあ人様の世界には口を挟まないが輪廻から外れ人としての生を無限循環させる生き方は多少大変ではないか?」
「そうだね、通常人にはおすすめできない外法さ」
「太一、不死人とはなんだ?」
ルーランの問いに太一が答える。
「吸血鬼が吸血し眷族にするなどをして不死を得るというのは知られてるが、それ以外にも外法という理から逃れる方法がある、要は魂という根幹を輪廻から外すやり方だな、詳細は省くが、生命という火を無限循環させるために一度肉体を消失させ魔力のみで再構成させるんだ、魂自体を身体として再構築し大気中のマナを取り込み永久の動力として自身を作動させる、まあ簡単に言えば常にベストな状態で無限の魔力を扱えるってわけだ、勿論身体上は人間と大差ないから子も作れる、ただその子は普通の人間であるから同じようには年はとれない、ある意味においては一番の悲しい外法だな」
「あなたも似たようなものだろう」
目の前の男はクスクス笑う。
「まあ、そういうのはいいんですよ、しかし高名な御二人に出会えて感謝しますよ、蒼桜さん、標桜さん」
「……やはりそうか、伝承通りの姿だ」
二人の言葉に蒼桜と標桜は微笑みかける。
「我が将軍家は皆、どういうわけだか短命でね、様々な医者が言うにはそういう魂の作りらしい、中には魂を鑑定できる人間がいるらしくてね、まあ先ほど名乗って頂いたが、太一君も似たような事は出来るようだが」
「……桜乃にはそう言った欠陥は見受けられないが?」
いつの間にか太一の胡坐の上に座る桜乃を見ながら太一は言い返す。
「たまたま、私の異界の魂としての転生が不十分だったらしい、当時は転生を司る神など大した力も無くてね、私達の息子も早くに死んだ、孫も曾孫も、それで妻とも話してこの転生の技法を試したんだ、それは私達の苦難を強いる事になるとしてもね、多くの子を産み、育て呪いのように早くに死んだ、妻はある日病み言葉を失った、それでも今は桜乃のおかげで快方に向かっているが、臣下達も私の血筋の遠縁にあたり、今や臣下は二人のみ……まああとで紹介するが」
にこやかに笑うが、この二人の覚悟はその表情から見てとれる、恐らく国を路頭に迷わせないために自らを生贄にして不死を選んだのだ、桜乃は数世代を経てようやく産まれた希望の子という事だ、異界の魂との融和を果たし正真正銘の異界人との混血児、桜乃の父母も死に今は二人が育てているという、蒼桜の血と交わると他の家から婿にした男も必ず死する事で一時期は呪いがあるのかではないかという噂もあったが蒼桜と標桜の尽力と性格もあり、そういった負の噂よりも国を想うその気持ちに心打たれた者達が後を絶たない。そして恐らく蒼桜は同じ地球の出身……、今は別の用向きであるから話す事は叶わないが、いずれ話す事もあるだろう。
「ルーランと太一は何をしにきたのだ?」
「……デートだな」
「……!!」
「二人は恋人同士なのか!!では邪魔をしては悪いな!!桜乃、街を案内してあげなさい」
「若爺様、わかったよー」
「……桜乃はよう笑いまする、私は嬉しい」
「おお!!標桜!!喋れるようになったのか!!」
「桜乃のはしゃぐ姿を見てましたら上手く喋れましたわ」
感極まる夫の姿に妻は優しく微笑んだ。




