わからす屋の親は物理で殴れ
「ほんにのー娘の恋人くらい認めたらいいだろうがのう」
翼ある兵の軍団を見ながら雪人はふむふむと頷き返す。ここは天使の住まう天上のある国。事の起こりは一人の国を統べる天使と人間の恋からはじまる。
「しかし翼があるから至高であるとか安直じゃないかね」
空を飛びながら傍らに抱える天使の少女と人間の少年を見ながら呟く。雪人が何故この天上の国にいるかというとアーケードの依頼があったからだ。
「せっちゃん……殴りこみにいくよ」
「……物騒な事言うなあ、あっちゃんよ」
友人の一人、大魔術師アーケードが客のいない時間帯で新聞を呼んでいた雪人に声をかける。今日纏う服はいつも紅色のローブではなく赤の格闘服。拳にはバンテージが巻かれ髪を後ろへと結われている。鍛え抜かれた筋肉が老女のものではない。アーケードは魔術師であると同時に魔術と拳術を組み合わせた魔闘拳士でもあるのだ。魔力そのものを肉体に纏いその膂力を持って大多数を圧倒せしめる近接格闘戦においての脅威の武術。
アーケードは殲滅魔術と魔闘拳士という二つの武器を持って最強の一角となったのだ。勿論自制するために大概はどちらかは封印をしている………が、その二つを解き放つ時はとんでもない事をやらかす事を雪人は知っている。
「……まああっちゃんらしいか天使の少女のために拳を振るうのは」
アーケードに頼まれた雑魚殲滅を行いながら雪人はそう呟く。そう今回アーケードが雪人を伴い天上の国に訪れた理由として小脇に抱える天使、エリザベートが関係している。元々アーケードとは地上で出会い天上国において退屈をしていた姫であったエリザベートはアーケードの冒険の話や魔術の話に胸をときめかせいつの間にか祖母のように慕うようになった。勿論その時に雪人とも知り合い蕎麦を共に啜ったりもした。やがて人間の少年アルと出会い恋仲となるが………天上国の王である父に知られ半ば幽閉の身で天上に連れ去られる。恋人であるアルは勇敢にも天上に挑むが半死半生で雪人に拾い上げられそのまま救出を強行。今に至るのだ。
「……そろそろ本気だすかねえ……エリザベートちゃんよ、アル坊持てるかね」
「は、はい!」
エリザベートにアルを渡すと雪人の背後に巨大な魔法陣が構築される。
「……久々だなあ……喰っていいぞ……アギエル」
「天使とはまた豪勢だな……」
闇の魔力を纏い巨躯を誇る黒いドラゴンが這いでる。彼のドラゴンの名はアギエル。始祖龍に次ぐ古の龍の一匹。その爪は大陸を割りその咆哮は大陸を消滅せしめる。冥府に最も近い闇を纏う力は死者をも戦慄させる。それが雪村雪人の使い魔であった。聖属性を持つ天使達にとって天敵とも言える。
「……主この前の紅しょうがの天ぷらうまかったぞ」
「そうか?ありゃあんまし好評じゃなかったんだがの」
「私は好みだ」
余談だがアギエルは大変な美食家であり人化して世界の人間料理を食べるのだがそこで出会った雪人の蕎麦に感銘を受け使い魔になってまで食べたいと懇願した過去を持つ。雪人もまあ飯喰って力になってくれんなら深く考えずに快諾してしまった。後からアギエルの恐怖を知る魔術師たちになんて恐ろしい事をしたんだと言われたがまあしゃあめえと本人は気にもしない。
「……主全殺しか?半殺しか?」
「あれあれ、魂ちょっと喰うぐらいにしたれ、死なんようにな」
「ふむ、天使の魂はおやつには丁度いいしな……甘いし」
「まあ死ななければいいよ、あっちゃん今日怖い日だし」
そう言った瞬間天使の軍勢の悲鳴が聞こえた。
「……全くお前は変わらんねえ、ユタ坊」
目の前にボコボコにされて倒され壊された王冠を被った判別不可能な天上国の王ユタはかつての師に再びボコボコにされていた。ユタの父はアーケードと懇意にしており、ユタが王子の時の魔法の師匠として彼女をあてがったがユタは天使の方が優れていると歯牙にもかけずに逆に若かりし頃のアーケードを襲おうとしたが逆に半殺しにあい、現在ならば勝てると乗り込んできたアーケードに再びボコボコにされて今に至る。それも当然の結果であり、昔は魔術だけであったのが魔力を伴った格闘武術も兼ね備えて本人は過去のベストコンディションより遥かに優れた身体機能を伴ったのだから勝てるはずもない。自らの固定された考えで生きていたなら尚更だ。
「ユタ坊……あんたの悪い事は種族で優位性を求める事さ、種族にはそれぞれ素晴らしいとこがあるんだ、あんたの娘はお前が育てたんだろ?あんたの娘が惚れた男を父が即否定してどうする」
「………」
「種族を誇るのも構わないがまずは同じテーブルに座れ、いいね、もしエリザベートとアルをどうにかするなら皆連れてきて滅ぼしにくるよ」
「……わ、わかった」
半ば脅しのような発言でアーケードは約束を取り付けるとその旨をアギエルと共に無双をしていた雪人とエリザベートとアルに伝えてその日はその場を後にした。
その後、アルとエリザベートはユタ王に謁見。アルの誠実さと言葉に種族の優劣を謝罪した王が交際を認めるとの旨を伝えた。
「……今回アル坊の誠実さあったかの?」
「見える奴には見えるのさ」
蕎麦屋の中でアーケードは上機嫌にビールを飲んでいた。




