○○の冒険
お遊びで作るラジドラの原案です。
「『○○の冒険』……?」
絵本の表紙を読み上げて、思わず首を捻った。今まで聞いたことのない題名……新本かな? あと、『○○』っていうのは名前が出せないとかじゃなくて、本当にタイトルが『○○』の冒険だからだ。
その日、私は大学のレポートを片付けるために、友達と最寄りの図書館に来ていた。レポートに使う参考文献は自由と指定されていたので、私の専門分野である絵本や童話などの児童文学の本をレポートに使おうと考えていた。そして使える本がないかと探していた時、童謡コーナーでこの奇妙な本を見つけたのだ。
因みに、私が「奇妙な本」と呼ぶ理由は題名だけではなく、この本の著者名、出版社、出版日等の詳細が明記されてないからだ。
古い倉庫みたいなところから引っ張り出してきてそのままここに置いた、みたいな感じだろうか。本があった場所からみても、恐らく今まで誰も手に取ってないと思う。
「リサ~、本見つかった~?」
遠くの方でエリが大声を上げた。図書館では大声を出さない、ってこと忘れてない? と、説教が長いことで有名な図書館員が慌てた様にエリに駆け寄っていった。……これは時間がかかりそうね。
さて、エリの説教が終わるまで帰れないから、終わるまでこの本を読んでみようかな。どうせレポート書く時に嫌と言うほど読むのだし、一回純粋な気持ちで物語を楽しむのも悪くはないし。
後ろの方で助けを求める声を無視して、私は読書スペースのソファーに座ってその本を開いた。
◇◇◇
むかし、むかし、ナナシとよばれるおんなのこがいました。
ナナシはとてもイタズラがすきで、いつもともだちといっしょにイタズラをしてはまちのひとをこまらせていました。
あるひ、みなれないろうじんにイタズラをしたナナシは、そのろうじんのまほうでじぶんのなまえがおもいだせなくなりました。
いえにかえっておかあさんにいうと、そのろうじんはもりのせいれいで、なまえをとられたのだといいます。
なまえをとりもどすには、ひとりでもりのおくにあるせいれいのほこらにいき、もうイタズラをしないことをちかわなければならない、とおしえてくれました。
「いい? ほこらにいくみちには、こわいまものやあぶないわながたくさんあるの。こえをだしたり、はしったり、みちにあるものをたいせつにしないと、なまえだけでなく、そんざいそのものをうばわれてしまう。この3つだけはかならずまもっておくれ」
おかあさんとやくそくをして、せいれいのほこらへとつづくもりにはいっていきました。
もりには、みただけでこえをあげてしまいそうなほどおそろしいまものがたくさんいました。しかし、こえをあげそうになるのをがまんしてすすみました。
つぎに、のったらおちてしまうほどふるびたはしがありました。そのうえをあるくたびに、いまにもおちそうなおとをあげておおきくゆれます。はやくわたりたいのをがまんして、ゆっくりわたりました。
そして、ついにせいれいのほこらへとつづくとびらにつきました。とびらのまえには、だいざにおかれたいっさつのほんがあります。
そのほんには、このよでいちばんこわいものがたくさんのっていました。
ほんをみたしゅんかん、おもわずおおごえをあげてほんをほうりなげ、もときたみちへとはしろうとしました。しかし、おかあさんとのやくそくをおもいだします。
こわいものをがまんしてほんをよみおえたとき、まえのとびらがひらいてろうじんのすがたをしたせいれいがでてきました。
せいれいにイタズラをしないことをちかうとき、はじめにイタズラをしたことをあやまりました。すると、せいれいはめをまるくしたあとおおごえでわらいました。
「いままでちかうだけで、あやまってきたにんげんはふたりだけじゃ」
と、せいれいはいいます。
むかしから、おかあさんにイタズラをしたらかならずあやまるようにとおしえられていたことをせいれいにいうと、またおおごえでわらいました。
「おぬしのおかあさんは、とてもいいこにそだったの」
せいれいのはなしによると、むかしおかあさんもせいれいになまえをとられて、おなじようにここまでたどりつき、おなじようにちかうまえにあやまったらしい。
「おやこはにるものだのう」、とせいれいはうれしそうにわらいました。
そして、あらためてせいれいのまえでイタズラをしないことをちかうと、せいれいからあおいいしがついたリボンをわたされました。そのあおいいしは、いつもおかあさんがつけているペンダントのいしとよくにていました。
「それは『ちかいのいし』。それをもっていれば、このさきにおおきなしあわせがおとずれるだろう。しかし、ちかいをやぶるとそのいしはくだけてなくなる。くれぐれも、ちかいをやぶるでないぞ」
せいれいとそうやくそくをかわすと、せいれいはにっこりとわらいました。すると、あしもとからひかりがあふれだし、からだをつつみこんできました。
「おぬしにであえてよかったぞ。それではまたな、『ナナシ』」
そう言って、せいれいは『ナナシ』をまちへともどしました。
まちへともどったナナシは、おかあさんにこのことをはなしました。すると、おかあさんははずかしそうにほおをかきました。
「ねぇおかあさん、おかあさんのおおきなしあわせってなに?」
ナナシはおかあさんにといかけました。すると、おかあさんはにっこりとほほえみながら、ナナシのあたまをなでました。
「おかあさんのおおきなしあわせは、ナナシがうまれてきたことよ」
◇◇◇
この童話はよく出来ている。これが、この本を読んだ感想だ。
童話は昔からの格言や戒めを子供たちに教えるために作られた、と言われている。この本で言えば、人を困らせてはいけない、約束はきちんと守る、かな。
この本はそれを物語の中にうまく組み込んでいて、尚且つ物語としてもしっかりしている。まぁ童話って今の大人ですら忘れがちなことを鋭く突いてくる作品が多いから、それらを読んで学ぶのが楽しくてしょうがないけどね。
って、私の趣味なんかどうでもいいか。説教もそろそろ終わったかしらね……。
「ってあれ?」
絵本に集中しすぎていて気付かなかったけど、周りに人が居なくなっていた。
夏休みとだけあって、純粋に本を読みに来た人、学校の宿題をやりに来た人、受験勉強をしに来た人、夏の暑さから逃れに来た人等、図書館はいつもよりも人でごった返していた。なのに、今は私以外一人もいないのだ。
今の時間に夏休み限定イベントとかあったかな。そう思って、鞄から出したスケジュール帳をパラパラとめくってみる。
今日って、確か市民会館で映画の上映がある。本を探し終わった後、一緒に行こうってエリと約束していたから覚えている。でもまだ始まる時間じゃないし、それ以外にイベントは無かったはず。
「おかしいな~……ん?」
スケジュール帳をめくりながら頭を捻っていた時、ふと気づいた。
さっき読んでいた絵本が、明らかに分厚くなっていた。おそらく、さっきのよりも二倍ほどの厚さになっている。
スケジュール帳を脇に置いて、分厚くなった絵本を手に取ってみる。触ってみても、明らかにその厚さは変わっている。手にかかる重さもその事実を裏付けていた。
ふと、真ん中あたりのページが織り込まれていた。一度気付いてしまうと。その織り込みが気になってしょうがなくなる。本の扱いにうるさい私は、こういうのがほっとけないタイプ。だから、織り込みを直すためにそのページを開いた。
「『カナコの冒険』……」
ページに書かれた文字を読んで、私は再び首を捻った。先ほどの物語に『カナコ』なんて名前の人物は一人も出てこなかったからだ。
あの物語の続編かしら。変な好奇心が湧いた私は、次のページを開いた。
『むかし、むかし、カナコとよばれるおんなの子がいました。
カナコはやさしいおとうさんとうつくしいおかあさんと一しょにくらしていました。』
冒頭は殆どさっきのと同じ、違うのは両親が出てきたってことぐらい。あと、妙な変換ミスがある。
『あるひ、こう通事こによっておとうさんとおかあさんはしんでしまい、ひとりのこされたカナコは、叔じにひき取られていきました。
しかし、そのお父はさけぐせがわるく、さけを飲んではカナコをなぐっていました。』
こっちの主人公はなかなか壮絶な人生を歩んでいるな……さっきのとは大違いだ。
『あるひ、カナコはなぐってくるおじをほう丁で殺してしまいました。』
「『殺して』って……!?」
予想外過ぎて思わず声をあげてしまう。しかし、最近の童話はリアルな世界観が多いとは聞くけど、これは生々しい。
『おじは、みずから包ちょうをさしてじ殺したとしてしょりされ、カナコはちがう親せきのいえにあずけられました。
そこで、カナコはそのいえにすんでいた親せきぜん員を殺しました。』
「ま、また殺したの……」
展開が壮絶過ぎて思わず呻き声が出てきた。しかし、全員を殺したってことは、相当酷いことをされたのだろう。
『親せきを殺したりゆうは、とくになかった。
ただ、あのひおじがみせた殺されるとき、そして死んだときのかおがみたかたからだった。』
「っ!?」
その文を読んだとき、私は思わず本を投げ捨てていた。本気で投げ捨てたはずなのに、本はただ置かれたみたいにフワリと床に落ちた。その光景にボケっとしていると、掌に滑りを感じた。
見ると、赤黒い液体がベッタリとついていた。
「い、いやっ!」
叫びながら思わず服で液体を拭こうとしたとき、ゴトリ、と音が聞こえた。
音の方を振り向くと、本が独りでに立ち、誰も触ってないのに勝手にページがめくられ始めた。
『その日から、私は人を殺すことに快感を覚えた。
犬や猫みたいな動物じゃ物足りない、やっぱり人のほうが楽しい。
殺される直前に見せる苦痛の表情、
心臓の音がプツリと切れて生気が抜け落ちていく表情、
殺されたのにも気づかず懸命に生きようとする表情の死体、どれもこれも魅力的だわ』
文に記されたはずの言葉が、頭の中に直接響いてくる。
『でも、殺し過ぎちゃったの。大学生の女を殺したとき、私は全国に指名手配された』
その言葉に、私の中の遠い記憶が呼び起された。
確か、数年前とある県の大学で女子大生がキャンパス内で惨殺されると言う事件があった。
犯人は被害者と仲の良い女子生徒。事件後姿をくらませていたため、全国に指名手配された。確か、名前と一緒に何かを舐める癖があると書かれていたはず。
しかし、事件はあっさりと解決した。事件が起きた県のスーパーに、変装もせずに入ってきた犯人を従業員が通報、警察が駆けつけて捕まえたのだ。
警察の調べによると、犯人は幼いころから殺人を繰り返しており、その証拠隠滅も巧妙な手口で行っていたらしい。しかし、捕まった時、犯人は『前の奴がやったのだ。私はやっていない』などと意味不明な供述を繰り返していた。
そして、裁判での判決は死刑。判決から二か月後、刑が執行された。
確か、その名前は―――――。
『神野可奈子―――それ、私の名前よ』
私の言葉に応える様に、その声は教えてくれた。
「いやぁぁぁああああああああ!!」
その瞬間、私は悲鳴を上げながら走り出していた。頭の中を支配していたのは、あの声と手にベッタリと付いた液体――――――血だ。
叫びながら走り、出口へと駆け込む。しかし、自動ドアが開かない。手で無理やりこじ開けようとしてもビクともしない。
『無駄無駄、ここは「外の世界」じゃないから、出ようなんて考えないほうがいいわよ』
頭の中にその声が響き、後ろからゴトリ、と音が聞こえる。それに触発され、私は言葉にならない悲鳴を上げながらガラスが割れんばかりにドアをガンガン叩く。しかし、それでもドアはピクリとも動かなかった。
『だって君、「約束」破ったじゃない』
声の言葉なんて知ったことか。私はがむしゃらにドアを叩き続けた。意味ないなんて分かっているけど、それにすがるしかなかった。
『「約束」を破った人間がどうなるか、あの話を読んだ君なら分かっているはずでしょ』
知らない知らない、そんなこと知らない。出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して―――。
『君の名前、なんていうの?』
今まで想像もつかなかった至極簡単な質問。
私は思わず動きを止め、答えたようとした。しかし、答えられなかった。
名前を思い出せないからだ。
「ほら、言ったでしょ。君の名前は――」
不意に誰かに肩を叩かれ、耳元でこう囁かれる。
「『名無し』、だよ」
◇◇◇
「……サ、起きてってば!」
不意に声を掛けられて我に返る。すると、女の子が私の顔をのぞき込んでいた。その顔を、私は思わず凝視してしまう。
「リサ?」
自分の顔を不思議そうにのぞき込まれたせいだろう。その女の子は可愛らしく首を傾げた。
「……エリ?」
「そうだよエリだよ!! ほら、もうはじまるよ!」
自らの名前を呼ばれてほっとした様子のエリは、そう言いながら私のグイグイと引っ張ってくる。
「始まるって……何が?」
「今日はあんたに誘われて映画を見に来たんでしょうが!! そして、時間が来るまで図書館で時間潰そうって言ったのもあんただし……寝ぼけたこと言ってんじゃないの! ほら、立った立った」
そう言いながら私を立たせるエリに、私は申し訳なさそうな顔を向ける。
「ごめんエリ、実はさっき親から電話で早く帰って来いって言われたの……」
「はぁ!? ここまで来といてぇ!」
私の言葉に鬼の形相を向けてくるエリ。それを何とか押しとどめるために何回も謝る。すると、堪忍したようにエリは溜め息をついた。
「……まぁ、あんたがこれだけ謝ってくるなんて珍しいし、今回は良しとするわ。その代わり、今度何か奢りなさいよ!」
「ありがとう……って、私そんなに謝らない?」
「十中八九は相手のせいにする」
それは酷い言い草だな。この子も何かと苦労しているのだろうか。そうして、私たちはバス停のところで別れた。
もちろん、電話が来たことは嘘だ。親の声は記憶にはあるが、生で聞いたことはない。
それに、嘘をついた理由もある。ちゃんとした理由が。
エリと別れた私は、近くのコンビニに行ってマッチを買ってきた。そして、人気がない場所に移動して、近くの落ち葉や紙くずを拾い集めて、山を作る。そして、紙くずにマッチで火をつけた。
火はすぐに落ち葉へと回り、パチパチと音を立てながら激しく燃え始めた。
火の加減がちょうどいいところまで来たのを確認して、鞄の中からあるものを取り出した。
『○○の冒険』
さっきこっそり鞄の中に忍ばせていたものだ。その本をパラパラとめくり、とあるページで止めた。
『リサの冒険』
古びた羊皮紙にそう書かれていた。その名前は、エリと一緒に映画を見に行く約束をした子であり、先ほどまで喋っていた子であり、ドアをガンガン叩いていた子であり――――
「この体の持ち主……」
そう言った私は、足元に棒のようなものが落ちているのに気付いた。それを拾い上げる。
それはナイフであった。所々錆びていて、切れ味は期待できそうにない。しかし、突き刺すには申し分ない。
「また、買わないと……」
そうポツリと呟き、私はそれを握りしめて大きく振り上げた。
「ねっ」
そう言うと同時に、『リサの冒険』のページに深々と突き刺した。
その瞬間、断末魔のような声が微かに聞こえ、手元の本が震えだした。その様子に、私は比較的落ち着いてナイフを引き抜き、火の中に投げ入れた。
すると、ジュワッ! という音と共に、あれだけ盛んに燃え盛っていた火が一瞬のうちに消えてしまった。
不思議に思ってその跡を見ると、落ち葉や紙くずが赤黒い液体に染まっている。そして、その中央にある本からは、大量の液体が湧き水の様に溢れ出していた。
ふとナイフを見ると、本に刺した部分に液体が少しだけ付いていた。その赤黒い色は、昔握りしめていた包丁についていた血痕そのものであった。
それを見た瞬間、私の顔が自然に吊り上がるのを感じた。
私は無意識のうちにナイフに付いた血をぺろりと舐め、すぐに投げ捨てた。
『新しい身体を手に入れた』――――それを、舌から伝わる鉄の味を一瞬だけ感じ取れれば十分だった。
「さて、次は誰にしようか……?」
感想とか、ここってどうなってるの? とか意見があれば遠慮なく言ってください。