第八話 ―理由―
お暇の潰しにでもどうぞ!
一人の使い魔は夢を見ていた。
小さい村の生まれで、そこで父は騎士をしていた。少女はその背中に憧れていて、そして彼女も自然と騎士を目指した。日々訓練を重ね、十二を超えるころには村の中の男どもより強かった。父の教えを忠実に守り、剣を信じて生きていた。
そして西方のイベルア大帝国が彼女の噂を聞きつけ、王が直々に会いに来た。
「お前が噂の?」
「貴方は?」
赤いマントを纏い、剣を携えた金髪の美青年がこう言った。
「イベルア大帝国の第三代王子にして王。サヴァエル・シュリュエだ。ルシェルと言ったな……どうだ。俺と一緒に夢を叶える気はないか?」
答えはイエスだ。騎士なるのが彼女の夢だったから。父に別れを告げ、イベルア大帝国の騎士となる。
これが王との出逢いだ。
「時にルシェルよ」
「何ですか王よ」
庭で一人で剣の鍛錬の最中に王に声をかけられた。ルシェルは剣を振るのを止め、後ろにいる彼のほうを向く。
「お前はもう一回剣を習うと良い」
「それは、父の剣術を捨てろということですか? そうであれは、王であろうともお断りいたします」
「いやいや、勘違いするな。お前の親父さんの剣術をいかんなく発揮できるからだ」
「そうでしたか……誰に教わるのですか? 貴方とは言わないでしょうね」
王はルシェルの問いかけに鼻で笑いこう答えた。
「俺の親父の親友で、俺の剣の師匠だ」
その剣の師匠の名前は、カイサン。彼はレイピアを使い美しい戦いを繰り広げ、数々の戦歴を打ち出してきた猛者。
「では、ルシェルよ。私に対して本気で剣を振るいなさい」
カイサンは木剣を持ちながらそう言った。ルシェルもまた木剣を構えて精神を統一させる。味方であろうが、こうなれば手加減はできない。
「行きます」
集中。
敵の木剣に視線を向けると、カイサンは消えていた。
――どこだ!?
カイサンはルシェルの懐に入り込んでいた。意識の範囲外だ。すぐさま反応したいが、それより先にカイサンの木剣が彼女の喉元に突きつけられていた。
「……どうやら、本気で行ったほうが良いようですね」
「そのほうが怪我はしないぞ」
意識を変えて、相手の剣のみに集中する。カイサンが再び木剣を構える。今度はルシェルがカイサンの目の前から消えた。
彼女から微量の煌めきが漏れ出す。
「ハァァァァァァ!」
カイサンの背後に高速移動し、木剣を振るう。花が舞い、爽やかな風がルシェルの頬に伝う冷や汗を撫でる。
カイサンが持っている木剣がへし折れている。彼女は一瞬勝ち誇った顔をしたが、自分の木剣に異変を感じた。
ルシェルの木剣も折れていた。これでは勝負ができない。
「なるほど……貴女はどうやら、加速能力の才能があるみたいですね」
加速能力とは、体内の魔力を体外へ放出することで身体の反応速度、行動速度が著しく向上する。極々一般的な能力だ。
「加速能力?」
「ええ。能力的には一般的ですが、戦場では長く生き残り、必ず敵の脅威のなるでしょう」
しかし、その能力を効果的に使うすべを彼女は知らない。いや、正確にはこれから知るのだ。
「そう、ですか……ですが私はこの能力をどう使うか解りません」
「だからこそ。私が教えるのだ」
そしてルシェルは灼熱の夏も、極寒の冬をも幾度も越え、剣の修行に励んだ。剣を習い始めて、五年目。彼女の父は死んだ。死因は病だったらしい。彼女は父の死を超え、着実に最上騎士の道を歩んでいる。
初陣の日。
父の誇り、意地。国民の思いがその華奢な肩にかかっている。
王は言う「お前は十分やっている。戦場で逃げても文句は言わない。だから、生きろ」
彼女は答える「ここの騎士になる時から逃げるという選択肢は捨てました。貴方こそ生きてください」
約束した。生きると。
「では、行くぞ」
王は大きな声を上げて――
「イベルア大帝国の勝利のために、明日のイベルアのためにここで死んではならん! 戦場で逃げても誰も文句は言わない。逃げてでも生きろ! 出陣ッ!!」
男たちの雄叫びと共に、ルシェルも吼える。
「おおおおおおおおおおおおお!!」
幾度も死にかけ、そのたびに震えた。初めて見る人を殺すために特化した太刀筋に。だが、涙は流さなかった。逃げもしなかった。男どもよりも勇敢に、美しく、戦い続けた。その剣は敵の血で赤く染め上げられ、いつしか彼女の足元には死体しか転がっていなかった。
そして彼女は三年後、最上騎士となった。
「麗しき我が騎士、ルシェルよ。これまでの功績見事であった。その賞賛とは言ってはなんだが、お前を最上騎士として任命する」
「ありがたき幸せ」
その王の期待をまったく裏切ることなく、彼女はほかの騎士に引けを取らないほどの活躍をした。
必要最小限の命しか奪わない。完全の殺戮は一度も行わなかった。すべて王は相手に降伏を促して、降伏させてきた。
「ルシェルよ」
満天の美しい夜空と、星を見上げながら、王は夜の冷たい風を切り裂くように城の庭で剣を振るっている、およそその剣に似つかわしくない綺麗な体つきをしていたルシェルに声をかけた。
この時、ルシェルは二十を迎えていた。
「なんですか? また私に剣の勝負を挑む気ですか?」
王は何度もルシェルに勝負を挑み、三百戦三百勝。すべてルシェルの勝利だ。
「いや……。お前、今日誕生日だろ?」
「覚えていてくれたのですか? すいません。私自身忘れてました」
「お前は嫌でも女だから、自分の誕生日くらい覚えていろ」
まぁいい。と王。
「二十の祝だ。これを飲もう」
王が持っていたのはルシェルが生まれた年にできた赤ワインだった。
「この年のワインは不作の年にできたとされてな。だが、この一本は格段に美味い」
グラスを二つ持っている王が、ルシェルとともに城下町を見下ろす。
「どうだ。ここから見える景色すべて俺の国だ。お前が来てからずいぶん大きくなっただろう」
夜風で汗を乾くのを感じながら、髪を耳にかけ、ええ。と答えた。
「ほら、飲め」
グラスにワインを注ぎ、ルシェルに手渡す。彼女は酒を初めて飲むことになるが、抵抗もなく素直に受け取る。
「乾杯。誕生日おめでとうルシェル」
「乾杯」
グラスを合わせて甲高い金属音が二人しかいないこの空間に響く。
城下町から、商人の豪気な笑い声。庶民の幸せそうな家族の声。それがどこからともなく聞こえてくる。それが彼女の幸せでもあった。
「俺は、これからも国民を守り、この国を繁栄させることと誓おう」
王がいきなりルシェルに囁くようにそう言う。それに答えるようにルシェルも言った。
「では、私はこの国と貴方を守り抜くと誓いましょう」
「俺と似てないか? 国を守るのが俺の仕事だ」
ルシェルはクスクスと笑いながら、こう返えす。
「私より弱い王が、そんなこと言っても説得力に欠けますよ」
「あれは俺が手加減してるからだ! お前に少しでも花を持たせようちしてるんだ」
それから一言二言交わして、気が付くとグラスに入っている赤ワインがお互い綺麗に飲み干していた。
「ルシェル。もう一杯飲むか?」
「いえ、私はもう結構です」
「なぁ、ルシェル。俺には夢があってな……」
王は自分自身で赤ワインを継ぎ足す。そして、一気に飲み干す。王の頬が赤く高揚し、なぜかどことなく出陣をする前の緊張してる顔によく似てる。
王は目を閉じ、何かを呟いてルシェルに体の正面を向けた。
「夢とは? そういえば一度も聞いてありませんでしたね。もちろんこの国を繁栄させることですよね? 違いましたか?」
「それは間違いではないが、もう一つある」
――もう一つ?
ルシェルの頭に疑問がよぎる。
「それはな――」
王が彼女の疑問に答えを出す。
「愛する人と……、いや、お前とこの国を最後まで見届けたい。それがもう一つの夢だ」
言葉を失った。
騎士になることで女を捨ててきたと心に強く言い聞かせてきたが、そう言われると心が騒ぐ。
「俺にどこまでもついてきてくれるか? ルシェル」
すぐに答えなど出せるはずがない。
「…………」
長い沈黙が続く。
「駄目か……?」
「いえ、その、駄目ではありませんが……少々驚いたというか、なんと言うか、その、すいません。言葉が見当たりません」
父と母に言われた記憶がある。騎士を目指す前、純真無垢な女の子の頃。「ルシェルは女の子だから、好きな男の子ができるはずだ」と父。「告白されたら、素直に『嬉しい』って言うのよ?」と母。
その言葉が記憶の中で光り輝く。
「……嬉しい、です」
相手にも伝わってしまうくらい頬が赤く、熱く高揚している。彼女はどうしてもそれが恥ずかしいらしく、顔を王から逸らす。
「そうか、嬉しいか……」
王に抱き押せられた。
「ちょっ! 何するんです!?」
王の顔が近い。王の息が顔にかかってくすぐったい。
「なにって、この雰囲気だと一つしかないだろう」
ルシェルが思いつく前に、唇を重ねられて体に覚えれせられた。
月を覆っていた雲が晴れて、美しい月光が二人を包む。ルシェルが持っていたグラスが手から落ち、割れる。最初は体の筋肉が強張っていたが、徐々に余計な力が抜けていく。
そっと彼女は目を閉じて、王の温かさを感じる。
そして、そのまま王の寝室に足を運んだ。
天蓋付きのベットで二人は横になる。
「もう一度言うぞルシェル。お前のことが好きだ」
改めて言われると気恥ずかしい。王はルシェルの服を脱がす。きめ細やかな白い肌。胸も程よく出ており、唇は紅く、飲み込まれるような瞳。この全てが自分のものになると思うと王は、逸る気持ちを抑えられない。
「王――……サヴァエル。私も貴方のことが好きです」
そこからお互いに愛し合った。
何度も繰り返し唇を重ね、王は、彼女の中で果てた。
「ルシェル。俺はお前とともにこの国を愛し続ける」
「このまま……変わらない貴方でいてください。それが、私の願いです」
それから半年。
幸せは長くは続かなかった。ルシェルが愛した、変わらないで欲しいと願った王は変わっていってしまった。
「あの国を亡ぼせ、抵抗するなら、国民諸共殺しても構わん」
「なぜですか! あの国はもう、戦える戦力などありません。これ以上は降伏を促すべきです!」
「ルシェル。悪いが、もうこれは決定したことなんだ。参加できないなら、無理に参加しなくていい」
今まで敵を降伏をさせてきた王が狂ったように隣国と戦争を始めた。国民は飢え、兵士は衰退していった。
「待って下さい、王!」
ルシェルはこの国を見る。変えなければならない。
――私が、この国を変えてみせる。王の目を醒ませないと。
彼女は、反逆した。
「ルシェル……何故だ?」
「……すいません。私は、貴方の目を醒ませないといけません」
玉座の間にて、愛した男と対峙する。王は玉座に足を組み、彼女に問う。
「俺の目を醒まさせる?」
「ええ」
「ならば斬ってみろ。この俺を」
王は傍らから、剣を抜く。
「来い。ルシェル」
ルシェルは深呼吸をして、剣を抜く。
ルシェルは加速能力を使い、王を何の躊躇もなく斬りつける。それを座ったまま軽々と片手で持った剣で受け止めた。
「手加減なしか……」
「今回ばかりは、本気でいきます」
王は剣で彼女を振り払い、立ち上がる。
近くの蝋燭の火を使役し、強大にし、炎弾として放つ。それを躱し、距離を詰めようとするが、次は剣に纏った風を撃ち出す。
ルシェルの胸に当たり、鎧が砕ける。そして近くにあった人口の池の水を圧縮し、螺旋を描き、その水で彼女の肩を撃ち抜く。
鮮血が水と混ざり、赤くなる。
「うぐぅぅ!!」
「すまない」
そう言って王はルシェルの心臓を突き刺した。
王の剣が彼女の血で赤く染め上げられ、ルシェルの瞳が徐々に力を失っている。気が付けば、周りが王の放った炎弾で燃えている。
「だから言ったろう。手加減していると」
王は冷たく言い放った。
剣を彼女から抜き、ルシェルが仰向け倒れて、天井を見上げている。
――ここで死んでしまう?
走馬灯が、懐かしい記憶が蘇る。
「俺はこの国とお前を愛し続けよう」
――貴方は今も愛してますか? すみませんが、今の貴方には愛を感じません。だから、もう一度あの時の貴方に戻ってください。
「……私は、あの時の貴方が好きでした」
「!!」
立ち上がった。ルシェルが。
美しい黄金の光が体から漏れ出る。傷が癒え、目には力が戻ってきた。
「馬鹿な……!!」
加速。
「!!」
ルシェルの一撃を王は防ぐ。気が付いたら、次の一撃が来ていた。
防ぎきれない。何度も加速していき、ついに王の剣が付いて来れなくなり、皮膚が裂かれていく。
「これで終わりだ……」
目を醒まさせると言いつつも、彼女は察していた。彼を殺さねば、この国は壊れると。そして、誰も傷つかない国を作りたい。それがルシェルの王を斬る理由。そして、王冠争奪戦に参加する理由。だが、最大の理由は――
ルシェルの剣が、王の突き刺す。
「……お前は、俺を信じてきた……国民や、兵士から呪われてしまうぞ?」
「構いません。私は自分の信じた。あの時の貴方が言った言葉を信じます……」
「そう、か。俺は怖かったんだ……。お前や、この、国を失うのが……なぁルシェル、俺は……間違っていたのか?」
「はい。貴方はやり方と愛し方を間違ったのです。大丈夫……また私とやり直しましょう?」
「そう……だな。いつか、やり直そう。そのチャンスがあるなら」
「ありますよ……私が作ってみせます」
「ありが……」
何かを言い終わる前に王はそこで息を引き取った。
彼女が争奪戦を参加する最大の理由は愛する人と、最高の国を作ること。
なるべく間を開けずに投稿します!