第七話 ―不運―
お暇の潰しにでもどうぞ!
暗がりの街を空中で眺めるように、家の屋根からビルの屋上などを飛び越える。
片足を負傷した使い魔の夕龍に抱かれて、資格者である冴賀美子は悔しさを胸に唇を噛みながら、敗因を探っていた。
――どうして負けたんだろう? いや、結果は解り切ってる。あの使い魔の状態変化だ。
あの使い魔とは、ルシェルのことだ。彼女は、美子の想像の範疇を軽々と越えて見せた。あのまま作戦通りに行っていれば勝利は堅かっただろう。
しかし彼女は炎を纏い、その灼熱の如き闘志と折れることのない意志を武器に戦って見せた。
「夕龍……ごめん。あたしの作戦のミスで……」
夕龍の腕に抱かれた美子はただ己の失敗を、陳謝することしかできない。
それを聞いた彼は美子にこう言った。
「いや……拙者の実力不足でござる。謝るのは此方だ」
しんみりとした空気が二人を支配する。
――それをぶち壊すように巨大な魔力を感じる。
「美子殿ッ!!」
「逃げて!」
「承知!!」
――最悪だ。一日に二回も戦闘するなんて。
屋根を走って撒こうとするが魔力の塊がここまで駆け寄ってくる。夕龍は逃げるが、片足の負傷と、美子を抱いていることもあって思い通りに動けずにいる。そして、一人の槍を持った男が美子達の目の前に立ちはだかる。
「戦うしかないようでござるな……」
「そうみたいだね」
覚悟は決まった。戦うと。
「さぁ、名乗れ。武士よ」
「……そういうのは其方から名乗るのでは?」
フッと夕龍の物言いに槍の男は鼻で笑う。
「俺はライムット。傭兵だ……貴様の首を主君への土産にしよう」
「拙者の名は夕龍。我が君の命令により、お主を斬る」
美子は夕龍から降り、後ろに下がる。
静かな殺気が、空気を凍てつかせる。
「最果ての東の武士。閃影の夕龍。推して参る!」
「変槍のライムット・ダーベル。己が槍にかけて、貴様を穿つ!」
始まりは同時だった。
黒槍が伸び、夕龍の胸を貫こうとするが、太刀で防がれる。その槍を瞬時に戻して夕龍の反撃に備える。
夕龍はもともとあった距離を詰め、太刀を水平に斬る。ライムットの槍が見事にそれを防ぎ、左足を軸とした右足の蹴りが夕龍の頬を襲う。首が勢いよく捻じれるが、夕龍は意識をしっかり保ってる。
ライムットの右足を掴み、太刀を逆手に取り、切り上げる。
――ライムットの右足が飛ぶ。
体勢を崩したライムットに隙ができる。それを歴戦の武士が見逃すはずがない。すぐさま太刀を持ち替え、鋭い一突きを心臓に決めた。
「…………芝居はもう良いでござろう」
何かが上空か降ってくる。
「チッ!」
夕龍が舌打ちをして躱す。何かが着地したそこには炯々と輝く黒い一本の槍ととどめを刺したはずのライムットが殺気に満ちたその眼光を覗かせている。
それを見た美子はあることに気付く。
――魔術型自動自立分身。
己の魔力を込めることによって、自分と遜色ない精巧な分身ができる。しかしそれを作り出すには莫大な魔力と時間を必要とする。しかも人型は原型から作るには最低でも五年はかかる。かの天才魔導士、黒華礼が提唱した理論では精密な魔力コントロールと莫大な魔力を一気に込めれば、一瞬で分身ができる。
あの槍を持った使い魔は戦闘中にそれを容易にしてしまった。
これは美子と夕龍にとって脅威であることは違いなかった。
「気付かれたか。まぁ、しかたない」
槍で遊びながら、そう言い切った。ライムットは槍をしっかり握り直すと、そこからは一瞬。
夕龍の視界から消え、伸びた槍が真上から叩き落される。夕龍はなんとか美子を抱きかかえ、屋根から飛び降りた。
美子を逃がし、振り向く。ライムットは先ほどとは裏腹に、槍を短く持ち、距離を詰める。左右に展開される高速の連撃が夕龍の反応速度を超えていき、徐々に傷が増えていく。
――捌き切れない。
そう判断した夕龍だが、逃げられない。後ろには美子がいて、ここで身を翻したとすると、美子が狙われることは必至だ。
――ならば押し返すのみ。
覚悟をした夕龍は槍を弾かず、そのまま鍔迫り合いしながら、懐に入り込む。そして一閃。
「甘い!」
ライムットは跳躍で夕龍の後方に飛び、太刀の攻撃を躱す。
目では追い切れぬ反応ではなく、すぐさま追撃する。
夕龍の突きが背後のライムットを襲う。しかしライムットは身体をうまく反応させ、ねじりこの攻撃をも躱す。
勢いのままライムットは槍を振るう。額にあたる寸前で夕龍は奇跡的に躱すことに成功するが、次はない。躱しきれない右足の強烈の蹴りが夕龍の脇腹を捉えた。
「うぐぅぅ!?」
このままでは負けることを察した美子はロケット花火を点火させる。ライムットに飛んでいくが、透明な液体に止められた。
「え!?」
爆発すらも抑えられてしまった。
「ここまで凡才な魔導士が、一体どうやって争奪戦まで参加したのか……甚だ疑問だ」
紺色のトレンチコート。背は高く、およそ一八〇センチ。ベルトには銀色の水筒が二つぶら下がっている。その鋭い切れ目の瞳は冷ややかで人を蔑むものを感じさせる。
「お前は……?」
男は溜め息を吐き、そしてゆっくりと口を開く。
「私の名も知らないとは……。愚劣な魔導士だ。では、名乗らせてもらおう。東洋の南家の末裔にして当主。南三吏。ここに参戦仕る」
美子は驚愕した。
南家。東洋を代表する御三家も一つ。その魔導士としての歴史は深く、御三家の界卦。鵜辺は明治時代から続くが、南家は戦国時代から続いている。その当主は水系統の魔法を得意とし、圧倒的才能と、血統、そして誇りを受け継いだ優秀な魔導士が多い。
実際、三吏は天才で名誉と地位を欲するままにしていた。黒華礼ほどの天才ではないが、魔導士の間では有名な人物であった。
美子は実物を初めて見た。噂に聞いていたほど格好いいものではなく、天才とはかけ離れた印象を受けた。そして、噂以上に性格が悪く、人間としては最低だと美子は感じた。
「南……三吏」
――勝ち目がない。
今日は随分と想定外が多い日だと己の不運を呪う。
美子は魔導士としては優秀ではなく、魔力貯蔵量も並み、魔力コントロールも並み。特段飛び出た才能があるわけではなかった。
否。才能はある。彼女は罠を設置することに関しては常人を逸したものがある。しかし、それは待ち伏せなどに使えば驚異的だが、この場のように一対一ましては正面から挑まれると罠を設置するなどといった才能はこれほど陳腐なものはない。
「さぁ、貴様も名乗れ」
「冴賀、美子……」
三吏は嗤った。蔑むように、貶すように、馬鹿にするようにそして、愚かと言わんばかりに嗤う。
「ここで死ね。愚劣な冴賀家の者よ」
――死ぬ。
水が螺旋を描き、ドリルのように回転する。三吏はそれで胸を貫く気だ。
「!?」
三吏は驚愕した。美子の後ろに、人骨の化け物が何体もいることを。二人は周りを確認する。その化け物は使い魔と二人を囲むように立っている。それぞれ槍や、剣などといった武器を持っていて、全て頭蓋骨がない。
「……冴賀の者よ。これは貴様の術か? 死者の魂を愚弄するとはどこまでも見下げた奴だ」
「待って! ちっ、違う! あたしだって知りたいよ!」
骸骨の群れは何かが切れたように一斉に攻撃を開始した。
「おのれ、邪魔をする気か!」
三吏は展開している水で骸骨を複数砕く。
耐久度はそれほど高くはない。三吏と美子はこのまま押し切れると確信した。がそれは大きな間違いだった。骸骨はうじ虫のように何体も湧いて出てくる。言わば数の暴力。
――これに乗じて逃げる。
美子はその算段を立てて、夕龍のほうを確認する。そちらも骸骨と交戦している。彼女は使い魔の攻撃と考えたが、使い魔特有の強大な魔力を感じられない。感じられるのは微かな魔力のみ。
周りを見るが、人影らしきものも見当たらない。
死者の魂を使う禁断の魔術。縛魂の魔法。これは人が魔力をその体内に宿してからの禁忌とされている。ならばなぜ? と美子は思考を巡らせる。
噂には聞いたことがある。縛魂の魔術本が日本のどこかに存在していると。
「夕龍! 奥義の発動を許可する!」
美子はできれば出したくなかった。これこそ奥の手なのだから。
「美子殿……承知した」
夕龍は刀を鞘に戻し、脱力。出来るだけ必要最低限の力以外の力を全て抜く。
骸骨と戦っているライムットを巻き込むかも知れないが夕龍には関係ない。ただ、美子の指示に従う。
「――満月の太刀。弧円」
一気に力を籠め、刀を振り切る。
一瞬にして、刀が再び鞘に戻る。
そして目の前の骸骨がすべて砕けた。交戦していたライムットはなんとか躱していた。
美子はすぐさま、夕龍に駆け寄った。夕龍は美子を抱き上げ、できる限り最大の速度でその場を離れる。
三吏はまだ骸骨と戦っているが、そんなことはどうでもいい。敵がいなくなるなら万々歳だ。
「美子殿……無事であるか?」
「うん……大丈夫だよ」
あの時覚悟した。夕龍を召喚したあの日から、決めていたはずなのに、彼女は夕龍の腕に抱かれながら静かに泣いていた。
彼女はまだ十九なのだから、死ぬのが怖くないはずがない。
また、夕龍も覚悟を決めていた。願いを叶えられるチャンスをくれた、愛している美子を必ず守ると。
誤字脱字、ご意見などがありましたら教えていただけると幸いです。