第四話 -怨恨ー
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小鳥のさえずる声。カーテンの隙間から零れる太陽の光。コルトは無造作に垂れた前髪をうざったそうにしながら読書に励んでいた。
読んでいる本は「新約魔導に対する解釈と基本知識」著者黒華礼。
彼のお気に入りの本だ。学校に行けてない間は本で知識を肥やすしかない。
しかし、勉強熱心な姿勢とは裏腹に、学校での魔法実習はいつも下位だった。
小柄な体躯には収まらないほどの野心を持つコルトには劣等感を感じられずにはいられなかった。彼の願いもそれに通ずるものがある。
一方その使い魔のバロンはーー
「くそぅ! 太刀の使い方が解らん。やはり武器はスラッシュアックスに限る!」
ゲームに勤しんでいた。なんでこんなのがおれの使い魔なのだろうと疑問に感じていた。勝手に動き回るし、言うことは聞かないし、挙句の果てには主従関係まで覆してくる。どうにも自分とは合わないと考えていた。
「なにずっとゲームしてるんだよ! ちょっとは働けよ!」
二人しかいないマンションの一室にコルトの怒号が飛ぶ。
「働くもなにも、敵がいなければ戦えはしまい?」
バロンはいつも通りにコルトの怒号には全く動じない。その態度にコルトのイライラが募るだけだった。
--どうすればこの馬鹿を諭すことができる? おおよそ答えの出ない自問自答に頭を悩ませていた。
「索敵とかしろよ! 使い魔ならそのぐらいできるだろ!」
バロンはようやくゲーム機を置き、自信に満ちた顔でこう言う。
「わが愛馬を使えば造作のないことだが、お前はそれを俺に強要する権利はあるのか?」
「ある! お前はおれの魔力で現界できてるんだからな!」
「ふん。大きく出たな……しかし今は俺の気が乗らん」
結局やらないのか。コルトの悩みはますます大きくなる。諦めて読書を再開した。
「お前も本の虫よのう。男なら世に出て名を馳せようとは思わんのか?」
「名を馳せるためにも、読書は必要なんだよ」
バロンをめんどくさそうにあしらう。
「どれ、俺にもその本を見せてみろ」
何を思ったかわからなかったがバロンはコルトから本を奪い取る。
「何々……『魔導士はその体質に合わない魔力を注入されると激しい拒絶反応が起きる』だと?」
「そうだ。おれたち魔導士は血液と一緒に魔力が流れている。ひとたび体に体質に合わない魔力が注入されると、体に激痛が襲う。ひどい場合は筋肉断裂、内臓破裂を引き起こして死ぬ」
「恐ろしいな……」
コルトは気が付いた。表情と言葉が一致していないことに。一般的な魔導の知識に興味を示して、口角を鋭く上げて確かに笑っていた。
コルトにはそれが悪魔の笑みにしか見えない。
「なるほど。知識を肥やすのも悪くない。小僧! 今から図書館に行くぞ!」
「え!?」
バロンはコルトを連れて図書館に向けて勢いよく出かけた。
そしてここは六島中央図書館。
コルトは髪を耳にかけながら、有名な小説を読んでいた。
その小説はとても不思議で、人の生涯とは何かをどこか面白おかしく。だがところどころ悲しげであったり、儚かったりと、人の心を美しくそして壊れやすいものだと書き綴っている。
周りがこうも静かだと作品に容易く吸い込まれる。コルトは気が付かなかったが、外ではしとしとと雨が降っていた。
その雨はどこか悲しげで、誰かの心を映しているかのようだ。一人には応える冷たい雨。
コルトが小説に目を通しているうちに気になる一文に目が止まった。主人公が人生にようやく気が付くシーン。
「人の人生とはどこまでも不条理である。努力は必ず報われる訳ではない。しかし、その不条理を味方にしたら、人生は著しく変化をとげ、言うこの聞かない化け物から従順な得物に変わる。いま自分がすべき努力は周りに認められる努力をするのではなく、不条理を味方にする努力をすべきなのだ」
コルトには考え深いセリフだ。確かに世の中は不条理だ。それは一番よく分かっている。コルトの願い『子孫繁栄』も結局は自分の一族が他人に馬鹿にされないための願い。
コルトの一族は優秀な魔導士ではなかった。学校の中では一番歴史が浅い。論文を馬鹿にされたりして罵詈雑言を浴びらされた。
それが悔しい。だから王冠に導かれた時は嬉しかった。王冠は強く願う者の前に前にしか現れない。自分の想いが天に届いたと確信した。何が何でも勝ち抜く。そう固く決意した。
その想いが一文では一ミリも動くことがなかったが、小さな違和感を残す。
共感できる部分もある。不条理なことは今も体験している。この文章を教訓とするならバロンという使い魔を敵対心で見るのではなく、友好的に見るのだ。不条理を味方にする。
「ふう……」
気が付けば三時間経過していた。集中してわからなかったが、腹も減ってるし、雨も降っている。そろそろでようとしてあの巨躯のバロンを探し、出口に足を向けた。
「あいつどこ行きやがった?」
「おーい、小僧」
あのむかつく呼び方。コルトはバロンしかいないと直感的に解った。
「どうした? ってお前、なんだその本の量は!?」
大量の本。英語に、フランス語、ドイツ語の辞書、詩集が積み重なっていた。
「お前……旅行にでも行く気か?」
「まずはこの世界の言葉から覚える」
溜め息をつきながら、折り畳み傘で借りた本を濡らさないようにしながら帰路へ着いた。そう、あとは帰るだけのはずだった。
コルトは道中若い、高校生ぐらいの男性の肩にぶつかってしまった。
「あ……、すいません」
コルトは記憶力には絶対的な自信があった。辞書の内容も一度見れば覚えられる。もちろん人の顔も。
「--!!」
ぶつかってしまった相手は伏見煉一郎だった。
煉一郎も自分を馬鹿にした相手の顔は永遠に忘れない。
「バロンッ!!」
「サイカ……」
二人が使い魔の名前を呼んだのはほぼ同時だった。
煉一郎の影からサイカが這い出て、コルトの喉元に鎖が形状変化した鎌が命を狩るため伸びる。しかし、バロンはコルトの襟を掴み後方へ投げ飛ばす。コルトは命辛々逃げ出せた。
--おれの首は? コンクリートの硬い地面に背中から叩きつけられた衝撃で咳き込みながら、首をさすり自分の首の在処を探した。
首はある。あと一瞬遅ければ首を撥ねられてしまっていただろう。
「小僧、大丈夫か?」
「はぁ、はぁ、はぁ……大丈夫だ」
「惜しかったな……あと少しで斬れたのに」
煉一郎は溜め息を吐きながら、長い前髪を搔き上げる。
「回りを巻き込んだらどうするんだ!?」
「関係ない……お前らを殺せればそれでいいんだよ」
「小僧……やるしかあるまい」
「あぁ。なぁ、バロン。今からはお前の自由に戦え。おれは魔力を送ってサポートする」
バロンは驚いた顔をした。それもそうだろう。今まで散々反抗してきたコルトがバロンを従えようとするのではなく、共に戦うことを提案してきたのだ。
「貴様もようやく俺の志に毒されたようだな」
「ふん……」
そういえば周りの人間が見当たらない。それどころか、声すら聞こえはしない。敵の攻撃かと詮索したが、それはバロンの仕業だった。
「安心しろ。俺はお前たちを別空間に連れてきた」
「!? まさか……空間創造能力か!?」
「そうだ。今は周りの模写しかできんかったが、邪魔はされない。ほれ、あちらさんはやる気だ。俺もそろそろやるとするか」
バロンは衣服を変え、大斧を取り出す。サイカは鎖を大鎌に変えている。二人の戦闘準備はできている。気を緩めれば殺される。
駆け出したのはサイカ。
それに応じて弾かれたようにバロンは駆ける。
大鎌の一振りするが、バロンの大斧で受け止め、振り払う。サイカの着地したと同時に水平に斧を力強く振る。後方へ飛び、躱す。
「うるらあぁ!!」
続けて、思い切り斧を振り下ろす。地面が捲れ上がるが、そこにはサイカの姿はない。あるのは無残に砕けたコンクリートのみ。
サイカは高く、鳥のように飛翔して、落下の勢いを利用し、鎌で切り裂く。だが、実際に切り裂いたのは空気。切り裂く対象であったバロンは数センチ体をずらし鎌を避けていた。
そして敵自身が作ってくれた隙に渾身の一撃をぶち込む。
サイカは斧の刃自体は鎌で防げたが、衝撃は細身の女性を容赦なく襲う。
「ッーー!!」
休む暇など与えない。地面に跳ね転がるサイカに近づき、その細腕を掴み、空間創造で作り上げたビルに叩きつける。連撃は終わらない。地面に叩きつけ、美しい髪を掴み、地面に擦り付けながら、向かいのビルまで投げた。
「俺に喧嘩を売ったこと後悔しろ」
コルトは開いた口が塞がらない。初めて見る自分の使い魔の戦いがここまで荒々しく、圧倒的だとは彼の想像を容易に超えていた。
「あははははははははははは!!」
紛れもなくサイカの笑い声。不気味なほどに鼓膜に響く。そして頭から離れない。バロンは気にはしなかったが、コルトは恐怖した。嫌な予感がしたのだ。
「まずは……その子から殺します」
小さく発せられた言葉は誰にも聞こえなかったが、重く、恐怖を孕んでいた。
鎖の形状変化が解け、鎌から剣に変わる。そこから七つに分裂し、バロンではなく、コルトに向かって襲いかかる。
「うわぁぁぁぁぁっぁぁ!?」
--死ぬ。夢半ばで命尽きてしまう。死の運命に囚われてしまう。しかしそれに抗ったのは他の誰でもなくバロンだった。
剣の刃すべてを体に受け、一本たりともコルトには当たっていない。
「お前……!?」
「怪我はないか?」
バロンは大丈夫だと言わんばかりに、ニヤリと笑って見せる。
「貴方に当たってしまいましたか、まぁ……いいでしょう。資格者とともに死ねるなら本望でしょう!」
鎖を抜く。夥しいほどの血が地面に垂れ流れる。コルトには見るに見かねる光景に違いない。
「小僧。魔力の備蓄は大丈夫か?」
「あっ!? もちろんだ」
体の緊張が解け、やっと喋られた。
「歯を食いしばれ、奥義を放つ」
「解った。思いっ切りぶち込め!!」
バロンは深呼吸をする。目の奥には燃え盛る闘志があり、体を覆うほどの魔力が大気を震わす。地面がひび割れ、破片が浮かび上がる。斧を構える。必殺の奥義が放たれる。
『運命の声を聞け。シエルマルジェヴォルフ(天喰らう狼)!!』
斧から凄まじい閃光がサイカを襲う。獰猛な狼に似た一撃がサイカと煉一郎を巻き込み、地面を削り、ビル群を倒していく。奥義が放たれた先からはすべてが壊れており、二人の姿はなかった。
「ふぅ……どうだ。俺の奥義は?」
「やっぱり、めちゃくちゃ疲れる……」
ばたりとコルトは地面にへたり込んだ。
「やれやれ……先が思いやられる資格者様だこった」
空間が解けると、元の人間がいる空間に戻る。すると雨は止んでいて、雲一つない青天がどこまでも広がっていた。
シエルマルジェヴォルフ(天喰らう狼)。それはバロンの最強の奥義。
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