第三話 ー超越ー
お暇のつぶしにでもどうぞ!
その男は嘆いた。
その男は誰よりも神を愛していた。男は神に言った。--どうしてワタシの妻が犠牲にならなければならない? そして男は神に仕える身でありながら、自らを神に成ろうと願った。しかしそれは決して楽な道のりではない。
己のために人を殺し、騙す。
許されない行為と知りながら、男は戦いに身を投じた。
「貴様の願いを答えろ」
--あぁ、始まる。
男は自然と涙を流していた。
「ワタシの名前は、トキヤ・セビクト。願いは神に成ることだ……」
伏見煉一郎は気付いてしまった。人は動いているから人なのだと。動いていなければただの肉塊だと言うことを。憎しみは通り過ぎれば、無関心になることも彼は学んだ。やはり人は残酷であることも学んだ。
「やぁ、元気かい? 梶木。意識ははっきりしてるみたいだね」
「伏見!! なにしやがったんだ!」
怒号を飛ばす。
ーー叫ぶことしかできない奴は嫌いなんだ。煉一郎は内心ため息をしながら、梶木の首を絞める。
「うるさい。黙れ……」
冷酷な声色でそう言い放った。
「そうだ……良い物を見せてあげるよ」
倉庫の仕切られたカーテンを開けるとそこには地獄絵図のような景色が広がっていた。
そこには梶木のクラスメイトが無残な姿がある。全員煉一郎をいじめていたメンバーだ。
「梶木は、笹村のこと好きなんだよな?」
鎖に繋がれている笹村の姿があった。ただ、五体満足ではない。足はなく、右腕も白骨化している。生きているのが不思議なくらいだ。
「笹村は可愛いよな。くそビッチだけど……俺の好みじゃないし」
煉一郎は笹村の腹を殴る。笹村は声も上げることもできない。いや、声を上げる力すらもう残っていない。
「やめろ!!」
「……」
煉一郎には確かに梶木の声は聞こえていた。
「サイカ」
「なんでしょうか? 煉一郎様」
影からサイカがぬるりと出でくる。
「あいつにアレをやってやれよ」
「了解しました」
梶木には何が行われているかがわからなかったが、逆にそれが恐怖心を湧き上げた。
「ほら、やるよ」
煉一郎は梶木に対して何かを投げた。
「え……」
投げたのは笹村の生首。
生気もなく、虚ろな瞳には梶木自身の顔が写っている。彼女は笑いもしなければ、泣きもしない。もう、人ではない。
「うわぁあっぁっぁぁぁぁあぁ!?」
訳が分からなくなった梶木は吐いた。
「気持ち悪いな……サイカ。殺していいよ」
サイカは形状変化させた鎖で、梶木の頭を切り裂いた。
「さぁ……、次は誰にしよう?」
煉一郎の次の標的は、木場。クラス内の優等生を拉致監禁していた。
「なんだよ……これ」
鎖で縛られているのはいつものことだが、今度は右手だけを前に出している。そして煉一郎の手には、ナイフが握られていた。
「さて質問だ。これから俺は何をするでしょう?」
「そんなの知るかよ! いいからこの鎖を外してくれ!」
彼もまた、煉一郎をいじめていた。優等生には優等生なりの悩みがあって、それを自分にぶつけていたのだろうと彼自身そう考えていた。
「正解は、自分の体で味わっていけよ!」
ぐさりと右手にナイフを突き刺す。
「うぎぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
手の甲にナイフが刺さっているのを見て、木場は喉がはち切れんばかりに叫ぶ。そのナイフを抜く。血が溢れ出る。
「次はこれだ」
木場の人差し指にナイフを当てる。じわじわとナイフを動かしていく。皮膚が裂け、肉も断たれ、骨を削れる。
「あぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁ!?」
動かす速度を徐々に上げていく。言葉にできない痛みが木場を襲う。
「痛いよな? 痛いに決まってる」
一度ナイフを動かすのを止め、振り上げ、勢いよく振り下ろす。
指がぼとりと落ちた。
鮮血がこの上なく噴き出る。
「よく叫ぶな……」
煉一郎は何度も何度も右手を刺し続ける。やがて、木場は叫ぶのを止めた。
「うん。飽きた。いいや、殺そ」
今回はサイカを使わずにナイフで喉を引き裂いた。
「んじゃ、次はあの子だ」
煉一郎は次に、クラスの委員長を拉致した。
「やぁ、委員長。元気?」
委員長こと里元は大和撫子と言っても過言ではない。才色兼備の煉一郎が好意を寄せている唯一の人物でもある。
里元はベットに縛られていて、身動きが取れない。
視界の正面には不敵な笑みを浮かべながら、闇に溶け込むように立っている煉一郎がいた。
「伏見くん?」
状況が飲み込めないのは解るが、里元は落ち着いていた。
「えーと……、これはどういう状況?」
戸惑いの表情は隠しきれない。手足も動かせず、見える景色は闇と煉一郎。
「言っとく、俺は委員長を殺す気はないから」
「?」
里元はさらに状況が飲み込めなくなった。
「それだと、今まで人を殺した口ぶりになるよ?」
「そうだよ……俺は人をもう十五人は殺した」
「笑えない冗談だよ……」
里元は視線をずらす。
「冗談だと思う? 委員長」
こくりと頷く。里元は信じられる訳がなかった。だが、彼女の考えと裏腹に煉一郎が言っていることは冗談ではなく、真実だ。
争奪戦が始まって二日だが、もう十五人を殺した。これはニュースにもなっていて、犯人は殺人鬼だとキャスターに言われた。
腹は立たない。怒りもしない。しかし、殺人鬼という表現は間違っていると思う。もらった痛みを返しているだけだ。
「俺さ、委員長のこと結構好きなんだよね……」
そう言って里元に跨る。そして、首を絞める。
「死なない程度に遊ぼうよ。委員長」
伏見煉一郎の復讐は終わらない。
月間光夜は黒華家の別荘のベットで目を覚ます。
--身体が痛い。
「……」
光夜は昨日の戦闘を思い出す。
不慣れな戦闘。そして本物の使い魔の一撃。すべて段違いだ。しかし、思い出せない記憶がある。何故ここにいる? 記憶が欠落している。
「くそ……」
ーーとりあえず体の調子を日記に記そう。
机から、メモ用紙と鉛筆を取り出す。そして書き始める。「身体の痛みはまだある。変身すると大量に体力が消耗する。多少記憶が欠落し、腕も痺れている。もしかしたら、争奪戦が終わる前に死んでしまうかもしれない……そうなる前に、なんとか王冠を勝ち取らねば」
腕をさすりながら、一階に降りると、黒華和人が台所で朝食を作っていた。
「おまえ……!?」
「おはよう。光夜君」
どうして彼がここにいるのかが理解できなかったが、昨日の戦闘の気怠さが残っていたので何も言わなかった。
「オレはどうした?」
調理の手を一切止めずに、光夜の質問に答える。
「あの後、君は倒れて俺がここに運んだ。記憶の欠落があるみたいだね。そうだ。礼が言ってたことを伝えるよ」
「?」
「説明してあげるよ。君は自分自身を使い魔化して戦うよね……身体にだって支障がでる。でも、魔力が身体に慣れていくたびに強くなる。君は時間が経てば最強になれる。だってさ」
ーーオレにはその時間がないかもしれないのに……。
自分に時間がないことを悔やむ。どうすれば最強になれると思考を巡らす。最短で強くなれる方法は早く体に馴染ませること。ただ、戦えば戦うほど自身の寿命が短くなる。強くなりたいと思う想いと命が消えてしまう恐怖が混在する。
光夜はそのジレンマで頭がおかしくなりそうだった。
「君は思う存分戦えばいい。俺が治して、延命させてあげるから」
信用ができない。だが、信用しなければ真っ先に敗北が決定してしまう。光夜は和人を信用するしかなかった。
「……出掛ける。夕方には帰る」
上着を羽織り、別荘から出た。
「朝ご飯は? ーーって聞いてないか」
光夜が出掛けた先は自宅だ。迷惑がかけられないとは思うが、家族の顔を見ないと気が狂ってしまう。そしてあの子たちを顔を見て意志を再確認しなければならない。
「ただいま……」
「光夜さんーー!!」
家に入るとエプロン姿の実がいた。懐かしい姿に光夜は涙を流す。あの時は素晴らしかった。何もかも美しかった。
「どこ行ってたんですか! 私……私、心配したんですよ! 六島漁港が破壊されたって聞いたから。帰りは待つって言いましたが、ちゃんと連絡してください」
新婚から大きな声は出さなかった実だが、この時初めて光夜に対して大きな声を出した。
「すまん……今度から連絡するよ」
「はい。お願いします。あの……朝ご飯ができてるので一緒に食べませんか?」
「あぁ、食べさせてもらうよ」
光夜は久し振りの妻との食事で心が落ち着いた。そして二人で、叶と科が入院している六島総合病院に向かう。
病室に入ると、叶と科が起きていた。
「「お父さん!!」」
二人が光夜に抱きつく。光夜は頭を撫でる。まるで猫みたいだ。
「二人とも元気にしてたか?」
「「うん!」」
ーー本当に元気が良い。この笑顔が一生見れればいいのにと何度願ったことか、ますます死ぬわけにはいかなくなった。あの子たちを助けるために。だが、同時に死ぬのが怖くなった。負けてしまえば二人は助からないだけじゃない、実を一人にしてしまう。そんなことできない。
「悪い……ちょっとトイレに行ってくる」
病室を出ると、そこには和人がいた。
「おまえ、居たのか?」
「まぁね。あれが君の戦う理由かい?」
「あぁ。そうだ。それがどうかしたか?」
和人はおもむろに光夜の前に立つ。
「あれが、神に見捨てられた子なんじゃないか? ここで助けたとしてもまた同じ試練が襲いかかるかもしれないよ?」
「あの子たちが神に見捨てられたと言うなら、オレはその神を殺す」
「フッ……」
月間光夜に負けるわけにはいかない理由がある。
多少辛口でもいいので感想などいただけると幸いです。