第二話 -集結ー
暇つぶしにでもどうぞ!
景迥は六島漁港に来ていた。遠くで激しい金属音が鳴り響ている。きっと今頃ルシェルが敵の使い魔と戦っていることだろう。
「奏。こちらは資格者を探す。そっちはルシェルの戦闘の監視と、他に敵がいないか探してくれ」
携帯電話で奏にそう言った。この場所で戦闘があることも奏から聞いた。まさかあちらから挑戦してくるとは、探す手間が省けた。きっと騎士道精神にあふれた人なのだろう。
だがそんなものは景迥にとって何ら関係のないものだった。
「わかりました。では」
手短に連絡を済ませ、資格者を探す。そいつもきっとこの戦いを監視しているはずだ。ならば探し出して狙撃してやる。そう考えて行動する。
SR-25を持ちながら金属音を聞いている。
--どこにいる? どこならここら一帯を監視できる? いや、あそこしかない。考えはある。クレーンのゴンドラだ。そこならすべて見れる。
一度止まり、スコープを覗く。するとクレーンのゴンドラに人影があるのがわかる。景迥の考えは当たっていた。
狙撃ポイントを探す。
コンテナの間に隠れ、愛銃のSR-25の射程圏内に目標を入れる。ここなら脳天を撃ち抜くことができる。
「ふぅ……」
狙い撃つ。
そう決心して銃口を向けた。
引き金を引こうとしたが、どこかで雷が落ちた。
「!!」
大気が揺れる。そして意識が乱れ、集中が乱れる。スコープを覗き直すがそこには人影がなかった。
剣と槍が交わろうとしていたはずだが、それを仲裁するかのように雷が落ちた。
「「!?」」
ライムットとルシェル、倉庫が派手に吹き飛ぶ。
「いやぁ……派手に登場しすぎだなこりゃ」
豪気な笑い声と情けない声が聞こえる。
「お前! いきなりなにするんだよ!」
そこには眼鏡をかけた如何にも内気そうな学生服姿の少年と、顔だちが整っていて巨躯の筋肉隆々の色男が馬に跨っていた。
「いいではないか。登場は派手に限る」
「そうだとしても加減があるだろ!」
雷の正体はこの二人だ。
だがしかし、どうやら巨躯の男が勝手にやったことらしい。眼鏡の少年はそれに対して憤慨しているがその本人は気にしていない。
「……どういった悪ふざけだ」
ルシェルは立ち上がりそう言った。周りの倉庫は跡形もなく消えていたが彼女は全くの無傷。剣の切っ先を向けた。
「ほう……無傷とは。なかなかどうして稀有な奴だ」
ニヤリと笑う。
「おいバロン! なにが面白いんだ」
--どうしてこうなったんだ。彼は今この状況を悔やんだ。
昨日、六島市都内。森。
「汝と我、そして王冠の導きに誘われた使い魔よ。世界を超え集え。我と契約し、我のために戦え! 来たれ使い魔!」
陣の中から巨躯の男が現れた。
「我が使い魔。お前のために戦おう。答えろ。お前の願いを」
彼の名前はバロン・シュナード。そして資格者の名前はコルト・ベック。彼はバロンの高圧的な態度で、人生の終わりを感じていた。
「どうした……? 腰を抜かして」
バロンの言う通り、コルトは腰を抜かして地面にへたり込んでいた。
「え?」
見下されている。コルトはそう感じた。
「お前が俺を呼び出した資格者か? こんな矮躯の餓鬼に呼ばれるとはな。俺も落ちたものだ」
一人で話して一人で笑っている。コルトは手足が震えて動くことができない。
「誰が餓鬼だ! これでも十八だ!」
バロンは手を伸ばす。
「な!? なにすんだよ!」
バロンはコルトを起こす。そして彼の姿をじろじろと見る。どこか商品を見定めているかのようだった。コルトは腹がたった。まるで自分が物みたいに扱われているからだ。
何とかして主従関係を確立させなければ。
「離せ! おれはお前の主なんだぞ」
「お前が? なかなか面白い冗談だ。逆だ。俺が主で小僧……お前は臣下」
--馬鹿にされている。たかが使い魔ごときに馬鹿にされてたまるか。怒りの色が目からにじみ出ている。しかしバロンは気にしていない。
「ふざけるな! お前はたかが使い魔だろ!」
「……」
反応がない。
違う。
「え……」
怒っている。見間違うことなくバロンは怒っている。この気迫はまさに鬼神の如く。
「使い魔ごときだ? ふざけているのはどっちだ!」
暗闇の森に怒号が響く。
コルトは高い位置から落とされた。
「いって……なんだよいきなり!」
これ以上は言葉が出ない。
「いいか小僧……使い魔にも誇り、夢や、歴史がある。それを馬鹿にする権利は誰にもありはしない」
そしてバロンは笑う。
「いいだろう。小生意気な小僧に俺の奇跡を見せてやる……。いでよ! わが愛馬アキリクスよ!」
バロンの声とともに暗雲から雷のように現れたのは漆黒の馬だ。
「いくぞ小僧!」
一日中空を駆け回った末に、漁港で凄まじい戦闘が行われているらしいから行くぞとバロンに言われて今の至る。
ルシェルはバロンに今にも襲いかかろうとしていた。
「そうだ……悪ふざけはよせ。色男」
ライムットも倉庫のがれきの中から立ちあがった。戦意はまだ消えていない。
「ルシェル」
「解っています。まずはあいつから。そして決着を」
「心得た」
ライムットとルシェルは共通の敵に目標を定めた。二人の戦意が満ちて、剣と槍を構える。顔合わせ、同時に切りかかる。
「ちょっと話をしようではーー聞いてないか」
ーーしょうがない。
バロンは、ルシェルの手首とライムットの槍をつかみ投げ飛ばす。
「「!?」」
手練れが二人、子供のように投げられた。ルシェル、ライムットは驚愕の中でも空中でなんとか大勢を整えてそれぞれ受け身をとる。
「双方、武器を納めよ! 俺はただ話をしたいだけだ」
戸惑いの表情は隠しきれなかった。使い魔は戦うことを使命としている。だが、ルシェルもライムットもこんな使い魔を見たことなかった。
ーーどうする?
「信じるに値しますか?」
「俺は生まれてこの方嘘をついたことはない。それだけでは値せぬか?」
「ええ……。信じられませんが、貴方に戦意がないことはわかりました」
ルシェルは剣を降ろす。それを見たライムットも訝しげな表情を浮かべながら、槍を降ろす。
一体バロンは何を話す気なのだろう。次の言葉に文字通り二人は言葉を失った。
「双方の剣技、見事であった」
まさかの賛辞。
二人からすれば予想ができない発言だ。
「久々にこの俺の胸が躍った。そしてこの二人を初夜から失うのはいささか惜しすぎる。故に俺が割って入った。勝負を邪魔した無礼を許されよ」
「ハッ……男に褒められたところで何も嬉しくないがな」
ライムットはそう言い切った。
「おいおい。せっかく褒めたのになんだその態度は」
「俺は今この場で雌雄を決したい」
はぁとバロンはため息を吐き、天の夜空を仰ぎ雄叫びを上げた。
「この美しき音色を聴きし者は俺一人とは、何とも勿体ない、愚かな奴らだ! 音色を聞いた者は今ここに集い、姿を見晒せ!」
虚空に響くーー
誰も反応しないと思われたが、コンテナの影から伏見煉一郎が出てきた。
「お前か……俺を馬鹿にしたのは」
「ほう……出てきたか」
感心したバロンを裏腹に、煉一郎は烈火の如き怒りを瞳に宿らせていた。隣には使い魔のサイカが妖艶な笑みを浮かべている。
数秒かの沈黙の後に動いた。
「サイカ……殺せ」
「了解しました」
サイカが鎖の先の形を変え、鋭利にしバロンに襲いかかる。
「今日は襲われてばかりだな……」
鎖をつかみ、力を込めて投げ飛ばす。
「なッ!?」
着地できずに背中から叩きつけられる。
「どうやら話が通じなさそうな資格者だな。めんどくさい」
バロンは愚痴をこぼしていた。
そして新たな来客が。
「あいつらを蹴散らせばオレに王冠が……」
空中から黒い騎士がルシェルとライムットの間に降ってきた。
「!!」
二人の驚愕をよそに、黒い騎士が吼える。
「ウォォォォォォォォォ!!」
黒い靄に包まれた剣が騎士の手元に出現する。ルシェルとライムットも急いで武器を向ける。互いに臨戦態勢は整っていた。
騎士はルシェルに向け、その禍々しい剣を振るう。虚を突かれたが、見事に剣を防ぐ。
攻守の切り替え、今度はルシェルが攻める番だ。
そのまま剣を払い、そして素早く水平に一閃。仕留めるに至らなかったがルシェルの一撃は重く、騎士を弾き飛ばす。
それに合わせて、ライムットの黒槍が狂いない正確な一突きが喉に伸びる。
騎士は腕で防ぎ、受け身をとる。
「おい、どうすんだよ……。みんな戦ってるじゃないか、おれたちもーー」
「小僧、歯を食いしばっとけ……」
「は?」
バロンは巨大な斧を出現させーー振り下ろす。
凄まじい閃光とともに全員の動きが止まる。
「今日は顔合わせで済まそうと思ったが、お前らが戦いを望むなら、俺もそれ相応のことをしなければならないぞ」
全員が感じたのは、圧倒的な恐怖。
バロンには底知れぬ何かがある。
「ウァァァァァァァァ!!」
唯一黒い騎士だけが、おぼつかない足取りで立ち上がった。
「ほう……」
バロンに襲いかかる。
「フンッ!!」
大斧が騎士の体をとらえる。
大きく飛ばされ、転がる。
「えらく手応えがないな……」
次の瞬間、黒い騎士は霧となり消えた。
「逃げたか……。まぁいい。帰るぞ小僧」
「おい……何したんだよ。むちゃくちゃ疲れたぞ」
コルトは馬の上でぐったりとしていた。
そしてバロンは馬に乗り、去り際でこう言った。
「あの女もいなくなった。今回は顔合わせだ。次は血がたぎるような殺し合いをしようぞ!」
サイカもバロンもいなくなったが、興が覚めたこともあってライムットとルシェルは資格者の指示により引いた。
同日。
黒い騎士は、明かりもなく、人通りのない路地にいた。
体を覆っていた鎧が消え失せ、中から光夜が現れた。
「はぁっ……くそ」
光夜は左手を抑えて、冷たいコンクリートの壁によしかかる。
「やぁ、君が光夜君だね?」
視界の先にある闇から、男の声が聞こえた。聞き覚えのない声だ。
「警戒しなくていいよ……俺は味方だから」
--味方? にわかに信じられないことだが、男の言葉がそれを真実へと変える。
「俺は礼の婚約者。黒華和人。礼からは、君の治療を頼まれている」
「婚約者……? あんな奴のどこがいいんだ」
「昼も夜もけっこう尽くしてくれるよ」
「……黙れ」
和人はにっこり笑った。
「ごめんごめん。弟の君に言うことじゃなかったね」
闇がさらに深くなる。月光が平等に人を照らす。罪人も聖人も。思惑が絡み合う、争奪戦初夜が終わりを告げるーー
感想、誤字脱字などがありましたら教えていただけると幸いです