第九話 ―運命―
お暇の潰しにでもどうぞ!
陽気な朝日が、殺風景の奏の部屋を照らす。このままだとついつい二度寝してしてしまうほどの気持ちの良い目覚めではなかった。寝起きは最悪で、下手をすれば吐いてしまうそうなものだった。
部屋に一つしかない貴重なベットを独占していたせいか、この部屋の主がいない。ベットの近くには黒いスーツが畳んで置いてある。布団の中を見ると、なんと自分は一糸纏わぬ姿だ。ベットから勢いよく起き、スーツを着た。
傷が癒えており、痕一つさえない。こう見ると、自分の能力が恐ろしく感じる。
ドアが開く。
「ルシェル。起きていたの? 傷は? って、貴方には治癒能力があるんだったわね。ごめんなさい。無用な気遣いだったかしら?」
奏が持っている近くのコンビニのレジ袋に、二人分あるであろう食事と水が入っている。
「ええ。ご心配ありがとうございます。見ての通り、私の怪我は完治しました。ですが、魔力の消費が大きく、あと三時間は戦うことは難しいでしょう……申し訳ありません」
「そんなことないわ。貴方の昨日の戦い、貴方という使い魔の真価を見た……あれだけのことをすれば消費は仕方のないことよ」
昨日のことはニュースになっており、集団行方不明事件の次に、朝から紙面や番組を賑わせていた。地面が激しく抉れ、悲惨なことになっている。そして、犠牲者が誰もいないことが奇跡と称された。
奏は、その理由が分かっていた。犠牲者がいない理由は、資格者の誰かがあの場に人除けの結界を張っていたからだろう。その分奏達も動きやすくなったのだが、ルシェルとの相性が抜群に悪い使い魔が出てきたのは誤算だ。
「お心遣い、感謝いたします」
「どういたしまして。ところでルシェル。お腹減っているでしょ? 景迥の所に行く前に朝ごはんにしましょう」
「わかりました」
小さなテーブルで二人で囲みながら、手ごろなコンビニ弁当を食べた。
三十分の後、奏は景迥に渡された車に乗り込み発進させた。景迥が拠点としている別荘はここから二十分あれば着く。
――さて、ここから何を話そうか?
相変わらず話す内容がなく、いつも通り沈黙が続く。今日はどちらかが話すわけではなく、最後まで沈黙がこの空間を支配していた。
景迥の住んでいる別荘に着いた。木々はすっかり雪化粧を済ませ、奏とルシェルの目の前には白銀の世界が広がっている。
一歩踏み出すと、自分の体重で雪が沈む。それがいつになく懐かしい。奏はいつかのあの日を思い出す。景迥に助けられたあの日のことを。
遠くから、銃声が鳴っていることが分かる。景迥が射撃練習をしているのだろう。ルシェルと奏はそこを目指すことにした。広大な銀世界を歩くこと三分、魔力で動く人形を景迥は寸分の狂いなく撃ち抜いていた。
「景迥」
奏がそう呼ぶ。すると景迥が撃つのを止め、振り向き、こちらに向かって歩いてくる。
「久し振りだね奏。と言っても二日ぶりだが、僕が魔装銃の強化で山に籠っている間。争奪戦で変わったことはないか?」
「いえ……特段変わったことはないのですが、強いて言うなら伏見煉一郎の姿が確認できません。争奪戦開始時には頻繁に確認できていたのですが、今は……。監視の目を潜り抜けられた可能性があるかもしれません。こちらの責務です」
マガジンを抜き、銃をホルダーにしまい、景迥は一息つき、奏にこう言った。
「いや、君はよくやってくれた。留守にしていた僕の責任でもある……今日からは僕も参戦する。こんな勝負さっさと終わらせてしまおう」
奏には労を労うことを言っていたが、ルシェルにはまったく声をかけなかった。またルシェルもそれでいいと思っている。自分が尽くすべき相手は奏なのだと彼女はそう解釈していた。
「それじゃ、ここで立ち話をするのは寒い。中に入って現状の整理をしよう」
「分かりました」
三人は別荘の中に入り、二階の一室に入る。そこには壁一面にこの六島市の地図と七人の顔写真とその一人ひとりの記事などが一緒に貼ってあった。
一人目、要注意人物。南三吏。この男の家系は日本の御三家の中でも最も歴史が古く、強力な水魔法を得意とする。中距離戦、または接近戦では勝ち目は非常に薄い。
二人目、危険度低。冴賀美子。冴賀家の長女で、魔法研究学院での模擬戦では、罠を張るなどして、優秀な魔導士を倒す。得意魔法は火。近づかなければ容易に射殺できる。
三人目、危険度皆無。コルト・ベック。魔法もその理解も並み。この争奪戦に参戦できたことが不思議だ。使い魔が驚異的に強いことしか、危険はない。これは、こちらの使い魔が何とかしてくれるだろう。
四人目、危険度中。伏見煉一郎。彼に対して魔法はおそらくつかうことはできないという個人的見解がある。彼が争奪戦に参加できたのはそれこそ偶然だろう。昨日の午後三時ごろから姿が見えない。
五人目、最要注意人物。黒華礼。彼女が参戦しているがどうか定かではないが、きっと巣に籠り、新魔法の研究でもしているだろう。参戦していることを想定すると、あの黒い騎士が使い魔だろう。そして必ず、厄介な敵になる。
六人目、危険度皆無。黒華和人。彼は黒華礼の夫で、最近は月間光夜という男と接触しているらしい。医療系の魔法を得意とする。特段危険性は感じられない。
七人目、危険度想定不明。だが、極めて高い。ディア・トーリス。彼はどうやら、魔導教会からの差し金らしい。彼は史上最悪の同族殺しの魔導士だ。一度も手合せしたことも顔も見たこともないが、臭いが甘い、特徴的な煙草を吸っている。一人で、政治家や、ある国の大統領も暗殺してきた。出来れば、会いたくないが、戦うのあればこちらも死を覚悟したほうがいい。
以上が、この争奪戦に参加していると思われる魔導士とその協力者である。
「これほどの魔導士が、参加していたのですね。しかし、景迥。こんな戦いに興味がないディア・トーリスが魔導教会に頼まれたとはいえ、参戦するとは……」
奏は争奪戦に参加する参加者名簿を見て、感嘆と、驚きの声を漏らしていた。
「あぁ、僕も予想外だよ……だが、やるしかないだろう。奏は、この男と南三吏に鉢合わせしてしまったら、構わず逃げるんだ」
「わかりました。これから先はこの二人に気を付け、監視体制を強化します」
「頼むよ」
奏と景迥は短い会話を済ませ、奏はルシェルとともに別荘から自宅へと帰って行った。
景迥は自室に戻り、壁に飾られている銃たちを見るめる。そしてアタッシュケースから一つの黒いロングバレルのハンドガンを取り出した。
これが、景迥の最大の武器。魔装銃。
景迥は胸のホルダーに魔装銃を入れ、ちょうど好きなコーヒーが切れていたので、偵察がてらに街に行くことにした。
景迥が街に出向き、六島市の最大の繁華街のスクランブル交差点で信号が変わるのを待っていた。信号が変わり、大量の人が一斉にそれぞれの方向に歩き出す。携帯を見て歩く者、外歩きのサラリーマンに学校をさぼった学生。朝帰りの女性。ありきたりな人々の群集でロングコートを着た、煙草を吸っている男とすれ違う。
「!!」
景迥の鼻孔を掠めたのは、特徴的な甘い煙草の臭いだった。
景迥は振り向き、ホルダーに手をかけたところに、そっと手を添えられた。
その手の正体は――
「こんなところで銃を抜くとみんなにばれちゃうよ?」
「貴様……ディア・トーリスか……」
「初めましてだね。四季瀬景迥クン。ボクの名前を知ってるんだね……流石は魔導士殺し。情報収集は怠らないみたいだ」
ディアの白髪にかかった前髪の間から覗かせてる眼光からは凄まじい殺気を放っている。そして、クスクスと笑っている。
「僕のことも調べたみたいだな。同族殺し。お前は殺し屋や、魔導界では有名だからな」
「ボクも有名になったな……キミと殺しあえるの楽しみにしてるよ。それじゃあね。景迥クン」
ディアは手をそっと離し、人ごみに消えていった。
話していたのはものの数分だが、景迥からすれば何時間も話していたかのような疲労感が体に残った。
景迥も信号を渡りきり、好きなコーヒーを買い、別荘に戻った。
ディア・トーリス。彼はきっとこの争奪戦で景迥にとって最大の脅威になるだろう。
あまり、間を開けずに投稿します!