3-1 弓兵レンヴァルド
エルフであるレンヴァルドが魔王討伐に参加したのは、対外的には義憤に駆られたからと言う事になっているが、実際は違う。
一族の長から「人族の勇者の魔王討伐に協力せよ、ただし命令されたことは言うな」と無茶振りをされたからだった。
魔族の領土はセインガルズとエルフの住む森に隣接していたが、幸いにして今まで魔族は後継ぎ問題でごたごたしていた為、こちらの領土に出てくることはなかった。
だが、跡目争いを終えた途端に人の国へ侵攻する事を決定するような、好戦的な性格の魔族が王となったと伝え聞けば、無関係ではいられない。人の国との戦争が始まれば否応なしに戦渦に巻き込まれるだろうし、更に、人の国が負けるようなことがあれば、蹂躙の矛先がこちらに来ないとも限らない。
魔族側からの侵攻が始まる前に魔王を討伐せよ、と命じられるのはごく自然な事だった。
ただ、人の特定の国と親密な関係にあるというのは、対外的に漏れると色々とまずい。人の国は一枚岩ではないし、治める者が変われば法も変わる。一つの国に肩入れした結果、他の人の国と敵対する可能性もあるので、一個人として協力したように行動してくれと長に言われたのは納得ができた。勿論、腕を見込まれた事と併せて、レンヴァルドが比較的人族に対して偏見が少なかったこともあるのだろう。
討伐が無事に終わってしまえば笑い話なのだが、自然な形で勇者の一行に参加するのにとても苦労した覚えがある。
エルフは森を出る者こそ少なくないが、排他的で他種族と行動を共にすることなど殆どない為、レンヴァルドは相当な変り者と周囲に認識された。が、目的を果たすためには是非もない。
変人の評価は甘んじて受けたが──そんなことよりも、魔王の住む城までの道中は、かなり寛容な気質であると自他ともに認めるレンヴァルドでさえも、耐え難いものであった。
戦闘の厳しさ故もあった。
跡目争いはほぼ内乱と同等の規模だったようで、魔族領内に入った後は魔族に襲われるよりも、土地が荒れた際に現れる虚無と呼ばれる異形が跋扈していた為、生き物相手ではない事に対しては気楽だったが、時間と場所を選ばす波状攻撃してくるのは、神経が休まる暇もなく、気力と体力ががりがりと削られていった。
だがそれ以上に、とんでもない足手まといがいて、精神的な苦労の半分……いや、七割以上は、彼女が原因だった。
足手まといと言うよりは、害悪だろうか?
一応は、自分達と同等まではいかずとも、戦士であると思いたかったし、そういう扱いをしようとしたのだ。身分が高い人間は、高度な教育を受けてきただろうから、実戦は初めてでも、できることはある筈だと。
しかし、殺気に竦んで動けなくなるのは想定内だったが、弱いくせに高飛車かつ空気を読まない言動で、なぜ自分を守らないのかと詰り、そのくせこちらの指示すら聞こうとしない。
「兵は拙速を尊ぶ」を地で行く作戦であるのに、速度が速い、疲れたという割にはべらべらとよくしゃべり、口は動かす癖に手も足も動かさない。敵を呼び寄せるから黙れと言われても従わずに逆に騒音が酷くなる始末で、何かにつけて勇者に張り付いていた。
当の勇者は相手をするのが煩わしいと思ったのか良く分からないが、王女が近寄ってくる前に神官を口説いていたので、取り付く島もない対応だった。
男であるはずのアレンの方が、王女よりも余程美しかったのも頷けるものではあったが、真面目でお堅いアレンの反応が面白いのだろうなと思う程度の自分達と違って、エリスは勇者ではなく、神官の方に険のある眼差しを投げる始末。
確かに珍しい光系魔法の使い手ではあったが、中級までしか使えない上に実践では碌に役に立たず、エリスを庇うために仲間の内一人を割かなければいけない状況は、この先の戦いで死ねと言われるようなものだ。そして万が一エリスが死んだら、例え目的を果たしたとしても、王族を死なせた罪で処断される可能性が高い。
……全く割に合わなかった。
聞けば、マードックがエリスの師匠だというのは本当のようだったが、どちらかといえば家庭教師としての意味合いが強かったらしい。
「腕の良い魔導師を良く国が派遣したなと思っていたら、これか。……本当に馬鹿馬鹿しい」
そう呟いたら、甲高い声で王女に暴言を吐いたらどうなるのか分かっているのか、とか不敬罪で牢獄へとか、騒ぎ始めた。
「戦場で身分が役に立つと思っているのか?身分が高いから、敵が避けて行ってくれるとでも?……それに、この場のどこに牢屋がある。今から私を投獄するために、王都まで帰るのか?一人で?」
せめて戦いで役に立てばそこまできついことを言うつもりはなかったが、権力を持った素人は……必ずしもそうではないのだろうが、得てして多くあるように非常に性質が悪かった。
要は、王女は馬鹿だった。
それも、悪意のある馬鹿だった。
この辺りで師である──おそらくは王女の護衛役である魔導師に、今度騒ぎを起こしたら容赦はしないと最後通告を突きつけた。
その後、妙な目つきで自分やアランを見ていたので注意していたが、エリスの態度はもっと酷くなり、ついには敵が襲ってきた時に、背中から攻撃呪文を放った。
──敵に向かってではなく、アレンと自分に向かって。
咄嗟にレンヴァルドはアレンを庇い、リファが放たれた魔法の軌道を変えたために大事には至らなかったが、やり方はあまりにも悪辣。背後からの不意打ち、それも唯一の回復魔法の使い手を巻き込んで攻撃するなど、我々全員に死ねと言っているも同然だった。
堪忍袋の緒が切れたリファが、マードックから譲歩を引き出した。残念ながら危険因子の排除は出来なかったが、神官のいないところで、
「今度同じことをやったら、そのお綺麗な顔、二目と見れない御面相にしてあげるからね」
と脅しつけていたので、それが余程恐ろしかったらしく、その後は比較的大人しかったが、それでもマードックがこんこんと説得をしていた辺り、懲りずに何かしようとして、ようやく自分の首を絞めていると自覚したのかもしれない。
あくまでも説得であって説教ではないので、マードックに対して抑止力としての役割を期待するのは止めた。
そんなことを仕出かした後でも、エリスはアンドリューにすり寄る事だけは止めなかったのだから、厚顔すぎると言うか愚かもここに極まれりと言うか、とにかくセインガルズは王女にどういう教育をしているのか、機会があったら聞いてみたいと心底思ったのだった。