2 剣士リファ
最新話から来た方は、一話からどうぞ。一話目が間違えて投稿してしまった分になります。
8/12~8/16まで毎日20時に連日投稿します。詳しくは、8/8の活動報告をご覧ください。(完結まで書けませんでした。すみません)
リファがアレンから相談があると言われたのは、魔王討伐の祝賀会が一段落した頃だった。
アレンとは、討伐後も一部を除いてほぼ行動を共にしていたので、聞かなくても相談内容は分かっていたが、内容が内容だけに、落ち着いたところで話した方がいいだろうと、滞在させてもらっているユーグラシアの神殿ではなく、外で待ち合わせることにした。
なぜ炎の神の愛し子であるリファが大地の女神ユーグラシアの神殿に滞在しているかと言えば、そこがリファにとっても古巣であるからだ。
孤児だったリファは、同じように両親を亡くしたアレンとほぼ同時期に神殿に拾われた、いわば幼馴染に当たる。
二人が成人する前にリファは炎の神の愛し子である事がわかり、またアレンが癒しの力を発揮したことによりお互いの道が分かたれたが、別に喧嘩別れしたわけではない。連絡こそ中々できなかったが、魔王討伐の一員の中に彼の姿を見つけた時は、驚きと同時に気心の知れた相手がいることに安堵を覚えたものだ。
そんなことを思い出しながら待ち合わせの場所に行こうとしたら、途中で当の本人とその相談内容の相手が町中でいちゃついている所にぶち当たった。
いや、片方は本当に嫌がっているのだが、本人たちの見目が良いためもあって、そんな風に見えてしまう。
小さなころから美少女としか見えない外見をしていたが、再会した時にはさらにその美貌に磨きがかかり、柔らかな物腰といい男性にしては高めの声といい「実は女だったのか?」と聞こうか聞くまいか考えてしまった友人と、元は地方領主の三男だという美丈夫。
迫られている友人が、小さな頃から変わらず人との争い事が得意ではないので、拒絶の言葉にも今一つ本気さが感じられないように見えるから、余計に周囲に誤解を与えるのかもしれない。
声を掛けようかと一歩前に出たところで、
「憂いが満ちた貴方の顔は例え様もなく美しい」
とか何とか、背中が痒くなるような美辞麗句を並べ立てているのが聞こえ、浮かんだ鳥肌に思わす腕を擦った。
いくら見てくれが良くとも、男が男に言う台詞ではない。
これ以上気持ちの悪い台詞を聞きたくなくて、こちらに全く気が付いた様子がない二人に声を掛けた。
「今更だが、せめてもう少し道の隅でやったらどうだ?」
と。
「リファ」
アレンがこちらを振り返った途端、全身から安堵の念を放ったのを感じて、リファは苦笑を浮かべずにはいられなかった。現在進行形で、女性からの呪詛に近い嫉妬の混じった視線が突き刺さるのを感じるので、よほど困っていたらしい。まあ、こうやって声をかけている自分にも感じるのだから、全く女性の嫉妬は恐ろしいものだ。完全に二人の世界を作って、声をかける隙を作らない勇者も、凄いことは凄い。見習いたくも、羨ましくもない技能であるが。
「アレンと約束をしていたのはあなただったのですか。そういえば、幼馴染だと言っていましたね」
「ああ。だから、どこぞへ消えるがいいよ」
「そう邪険にせずとも……」
「いや、本当に邪魔だ」
「ええ、全くです」
アンドリューの事をただの旅の仲間としか捉えていないリファは、犬でも追い払うかのようにしっしっと手を振り、アレンもすっかりリファを盾にして逃げに入っていた。
アレンはさすがに身長では女のリファに勝っているが、その後ろに隠れる姿は母親にかばってもらっている子供のようだ。
「……仕方ありませんね。しつこくして嫌われたくないですから、ここで引き下がります」
「現時点で手遅れだ。その気遣いは遅すぎる」
「ええ、遅いですね」
口をそろえて勇者に言ったが、アンドリューは楽しそうに笑っているだけだ。
アレンはすぐにこの場を離れたいようで、行きましょうと手を引っ張ったが、リファは先に行くように促した後アレンの耳に届かないように小さな声で言った。
「王女を追っ払う盾に、アレンを利用するな」
アンドリューはリファの声に潜む剣呑な色を感じ取っても、浮かべた笑みは崩さない。
「勘の良い人は好きですよ」
「私は嫌いだ」
うっすらと殺気を漂わせてすっぱり言い切った後、
「これ以上こちらに迷惑をかけるのなら、それなりの対処をさせてもらう」
と最後通牒を突き付けて、相手の返事も待たずに踵を返した。
元筆頭宮廷魔導師マードックの弟子、エリスが王女だと気が付いたのは魔王の城へ出発する直前、全員揃っての顔合わせの時のことだった。
本人の主張では老魔導師の弟子という事だったが、着ている防具や武器が一流品でありながら、新品かつ、何処か身についていないように見える。普段着なれない服を無理に着ているように見える、と言えば分かりやすいだろうか。
おそらくは急遽用意させたもので、下手をすると師匠である魔導師よりも高価な装備を簡単に用意できる財力や、当の師匠が少女に対して憚るような態度をそこかしこに見せていることから、直ぐに彼女の身分が知れた。
──エリスと名乗った少女は本名をエリスリーゼといい、セインガルズの第一王女であると。
アランは気が付かなかったようだし、アンドリューは一切顔色を変えなかったが、残る一人、エルフのレンヴァルドとそっと視線を交わして、すぐに実力不足を理由に同道を拒否した。
狙いはある程度分かっていたし、面倒事の匂いしかしないからだったが、貴重な光属性の魔法の使い手であることや、「エリス」はあくまでも一介の魔導師であると強調され、王家の人選に何か文句があるのかと上から目線で告げられて押し切られた。
エリスの身分を指摘して断らなかったことを、数時間後に後悔する羽目になったのは記憶に新しい。
魔族が治める領土の中を進むのだ。それだけ強固に討伐の任に就くと言ったのだから、それなりの覚悟をしてきていると思えば、地面では寝られないと駄々をこね、食事がまずいと言い、そのくせ水汲みすらやろうとしない。
役割は分担して自分でできることは自分でこなさなければならないのに、師匠であるマードックを顎で使うのは当たり前で、リファを侍女扱いして着替えを手伝えと言い出す始末。
更にはとんでもないことをやらかして、堪忍袋の緒が切れたリファは、マードックに容赦のない問いを掛けることにしたのだ。
「命を懸けて戦いを挑みに行くのに、足手まといを連れ歩くのは無理だ。ましてや、怪我でもされたら──魔王を倒す前に、その弟子に何かあったら、不敬罪で私達の首が飛ぶんじゃないのか?」
返答しない老魔導師に、リファはさらに畳みかけた。
「『王女が死んでも罪にならない』、『王女をどんな扱いをしても不敬罪に問われない』という内容の国王の直筆と国璽の押された赦免状がない限り、連れて行くことはできない。どうせ一人では帰れないのだろうから、師匠のあなたが責任を持って城まで送り届けてくれ。たとえ書状を持って来たとしても、王女扱いはしない」
これが、仲間と相談した上の決定意見だったのだが、マードックはこうなる事を予測していたようだ。
こちらが望んだ通りのものをその場で差し出されて、エリスを最後まで連れて行く羽目になったのも苦い思い出だ。
そして、エリスは顔合わせの時から神剣を抜いて勇者の称号を得たアンドリューを籠絡しようとしていて、同じ女性であるリファを邪魔者と目したのか、あからさまに敵意を向けて来た。……迷惑千万な事だ。
まあ、当のアンドリューは本当に最初からアレンを口説いていて、エリスのことは歯牙にもかけなかったので、ある意味笑える状況ではあったが、リファから見れば王女から身を躱す盾にアンドリューがアレンを使っているとしか見えなかった。
「本当に助かりました、リファ」
「いや……。相談事はアレなのだろう?」
道を歩きながらリファが分かり切ったことを尋ねると、アレンは悄然と頷いた。
「旅の最初から戦闘以外の事に関して言葉の通じない方ではありましたが、最近はとみにその傾向が高くなってきまして、ほとほと困り果てていたのです。……何か良い手立てはないでしょうか?」
「……アレンは今回の功績に、神殿側からは何か貰ったか?」
大地の女神であるユーグラシアは、セインガルズ以外からも信仰を集めている。アレンは王家が神殿に依頼を出して派遣された神官に過ぎないため、祝賀会では国から褒美を貰うことはなかった。神殿側にはかなりの額の寄付が行ったらしいと噂には聞いたが、アレン本人にはどうだったのだろう。
問いに問いで返されたアレンは、それでも律儀に返事をした。
「いえ、お褒めの言葉をいただいたくらいです」
上前を全部撥ねられたのか、気の毒に……と思うが、アレンはあまり気にしていないようだ。そんな所がユーグラシアの神力を十全に発揮できる性質につながるのだろうが、神殿側の清貧を貴ぶとする建前はどこへ行ったんだと思う。
「とりあえず、上役に現状を訴えるといい。被害者は自分だというのを前面に出して、心底困っているように伝えるんだ。……まあ、演技なんかしなくても今のままで十分通じると思う。それでな……」
こそこそと考えた事を告げると、アレンの顔がぱっと明るくなった。
「なるほど、流石です」
「少し物騒な噂も流れてきているし、私も迷惑を掛けられている件がいくつかあるんだ。いっその事、アレンと行動を共にした方が、面倒が少ないかもしれないと思っていた所だ。うまく行ったら教えてくれ。協力は惜しまない」
リファはその他にもいくつかアレンに指示をしたが、その途中でとある一点を見つめた後、唐突に用事を思い出したと言ってアレンと別れた。