1 神官アレン
間違えて投稿したときは恋愛カテゴリにしましたが、あまりにも恋愛が出てこないので、ファンタジーに変更しました。
一話の文字数が一定ではありません。また、一話目はコメディっぽいですが、以降はずっとシリアスです。(他作品とは雰囲気が違いますので、ご了承ください)
8/12から8/16までネット環境のないところにおりますので、コメント等いただいた場合は、それ以降に返信させていただきます。よろしくお願いします。
── 悪い魔王を倒した勇者は、王女様と恋に落ち、王様となって一生幸せに暮らしました ──
これがごく普通の、王道系の英雄譚だ。
だが、セインガルズ国に現れた魔王を倒した勇者が恋に落ちたのは、一緒に旅をした仲間の一人だった。
これもまあ、王道と言えば王道だと言える。
一般的に言えば、何もしないでぼーっと安全な場所で待っていた顔だけ上等な王女よりも、苦楽を共にした仲間に信頼以上の気持ちが芽生えるのはごく普通のことだ。吊り橋効果も考慮に入れれば、王女よりもありがちな展開だと思われる。
セインガルズの勇者の恋も、大きな問題をいくつか無視すれば、とてもとてもめでたい話になっただろう。
一つ目は、王家が勇者と王女を娶せて王位を継がせようと目論んでいたこと。台無しになり、王女に新たに相手を探さなくならなければいけなくなった王家は、早急に対応を検討しなければいけなくなった。なにせ、凱旋帰国から十日もしないうちに、王女と勇者の婚約発表するつもりであったのだから。
そしてもう一つ。
勇者が口説いている相手が大問題だった。
「──なんて美しい」
全身から色気を壊れた蛇口の様にダダ漏れさせながらうっとりと告げたのは、魔王を倒した当の本人である勇者、アンドリューだった。
青い瞳に濃紺の髪、長身痩躯ながら王国に伝わる神剣を軽々と扱い、魔王を死闘の果てに倒した剣の使い手は、そっと仲間の一人であった相手の白い手を取った。皮膚が薄いせいか、色が白いせいなのか、しみ一つないその手は華奢で指先がほんのり薄紅色に染まっている。
確かに戦いを乗り越えたにしては考えられないような美しい手だった。
「あなたの手に傷などが残らなくて良かった。こうして……」
アンドリューは、自分の頬に白い手のひらを押し付ける。
「触れられることが、どんなに私にとっての喜びかしれません」
「あの、離してください」
手を取られた本人は抗ったが、勇者はそれを許さなかった。
「私がこうするのが迷惑ですか……?」
恋人がいない女性ならば、否、相手がいたとしても、恋に落ちていただろうせつない眼差しに、「嫌ではない」と口に上らせたと思われる。
だが、今回は相手が悪い。はっきり、きっぱりと言い切った。
「迷惑に決まっているでしょう!」
今度は力いっぱい手を引っ張るが、生憎勇者の称号を持つアンドリューには全くかなわない。びくともしないことに非常に腹立たしい思いを抱えて、手の持ち主は勇者を睨みつけた。
「さっきから私がどれだけ周りの女性から殺されそうな目で見られているか分かりますか。私はまだ命が惜しいです。良いですか、そういう台詞はもっと美しい女性に言ってあげてください」
「もっと美しい女性?そんなものいる訳ないでしょう。あなたの方が美しいです、神官アレン。金色のまっすぐな髪も、その優しげな緑の瞳も、白皙の美貌としなやかな体躯もなにもかも、とても男とは思えない美しさだ……。身長だけは高いですが、私からすると丁度良い背の高さです」
何がどう丁度良いのか問いただしたいところだが、そこを突っ込むと何かまた恐ろしいことを口に出されそうな予感がして、アレンはため息を付いて口を閉じた。
アレンは大地の女神ユーグラシアを信奉する神官で、得意なのは回復魔法全般。一部支援魔法も使用できる為に、ここぞとばかりに勇者の旅に駆り出された、元旅の仲間だ。どんなに可憐な見た目をしていたとしても、性別は男。男の娘ではない、ごく普通の感覚を持った男だ。
アレン自身、自分の男らしくない容姿に劣等感を持っているのに、男にとっての理想の鑑が具現したようなアンドリューが、何をとち狂ったか自分を女性扱いして口説き始めたのだ。
旅の途中で女日照りではあるかもしれないが、仲間の中には他に二人も立派な女性がいたのに、なぜ自分の方にやってくるのか、アレンには分からなかった。
魔王を倒すという共通命題に取り組んでいる最中に、神官であるアレン……つまりは、唯一の回復魔法の使い手と対立するのは自殺行為に等しい。だが、本気であるとは今もって信じられない。女性であるならば、誰でも勇者であるアンドリューに声を掛けられたら二つ返事で思いを受け入れるだろう。
対するアレンは、確かに容姿は優れているかもしれないが、所詮男だ。異性と同性、恋人にするのなら考えるまでもない。元々そういう趣味嗜好があったというならばともかく、それまではごく普通だったと聞いている。
勇者の旅に同行したのは、自分の他に老練な魔導師マードックとその弟子、エリス。剣聖ヤルガの弟子で、炎の神リールードの愛し子のリファ。それに身が軽く弓が得意なエルフのレンヴァルド。
顔が良いという理由では、エルフなんだからレンヴァルドも負けてはいなかった。弓をやるせいで細く見えてもアレンよりは余程立派な体格をしていたから、その辺りの理由でアレンを選んでいるとしたら、屈辱この上なかった。
「私は女神ユーグラシアの神官です。神官である以上、あなたの思いには応えられません。どうぞ、お引き取りを」
大地と豊穣の女神ユーグラシアの神官は、別に妻帯が禁じられている訳ではない。ただ、あまりにも神官にあるまじき振る舞いをしたら、体に宿る神力が濁るとされている。実際、権力や金銭に執着したり、複数の妾を囲うような生活をした神官から癒しの力が消失した事が過去の記録に残っており、不純同性交遊などに耽溺したら、今まで修行と祈りの中で身に着けた癒しの力は、確実に無くなるだろう。
自分でいうのはおこがましいが、勇者と共に魔王を倒した……勇者と並び称される英雄の一人が、堕落して力が無くなったとしたら、神殿の権威も失墜するだろう。
元々その気は全くないし、男と言うだけで対象外であるのだが、そう言う意味でもアンドリューになびく訳にはいかなかった。
「つれない台詞だ。少しでも離れたくない切なる思いを分かってはいただけないのか」
「分かるわけがないでしょう。とにかく、私はこれから用事がありますから……」
いい加減、手を離せ。
そんな視線をいまだに手を離さないアンドリューに向け、ようやく解放されたアレンは、周りの女性から一斉砲火のように突き刺さる視線にうそ寒いものを感じて、勇者から慌てて距離を取ったのだった。
私はとことん王道系の勇者は好きじゃないみたいです(笑)