三人との会話―ミイナ、マリナ、アウラ。――実際は?
「……あなた、たちは?」
女性は目を開けると私たちを見てそう言った。
「僕は結城睡蓮。学生」
「同じく篠原小次郎という。よければ、お名前を聞かせてほしい」
女性の顔に浮かんでいるのは疑問。そして彼女は周りを見回すと、まじまじと私たちを見る。一瞬顔を強張らせたあと、出来るだけリラックスしたように見えるように表情を緩めた。
これは警戒されている。それも相当強く。
「私はマリナ・ピースブリンク。この近くで狩りをして暮らしてるわ」
「狩り、ですか?」
「ええ。魔法で強化した身体で、槍と盾で」
……ふむ。
「魔法?」
そう言われること自体そう珍しいことではない。自称魔法使いに自称超能力者とはよく出会ってきたからな。問題はなぜそういうことをカウンセラーである私に言うかであって……。
いやまて今私はカウンセラーとしてマリナと話しているわけではない。つまりこの女性はごく普通に魔法だなんだと言い出す痛い人間なのか? 夢と妄想溢れる中学生でも人前では隠しているというのに。
「ええ。熊くらいなら殺れるわ」
自らの力をアピールするために魔法なんて言葉を使ったのか?しかし、こんな細腕で身体の軽い女性が熊と戦って勝てるのなら、魔法でもないと難しいだろうが……。それならまだ『着痩せするタイプで、実はメチャクチャ鍛えてるの』という方が説得力がある。
「あの、ここはどこか教えて貰えますか?」
睡蓮が会話を進める。積極的だな、少年よ。
「ここ? 私の家よ」
「他に住んでる人はいますか?」
「姉妹が何人か。それで、あなたたちはなんで私の部屋にいるのよ」
「それが……あなたみたいな容姿の女の子に『ついてきて』って言われて、頷いたら、ここに」
マリナは私を見た。話せと?仕方ない。
「私はあなたそっくりの児童に助けを求められてな。了承したらここだった」
「助け? なんで?」
「人助けが趣味なものでな」
心理学者とは地味に信用され辛いのだ。心を見通す、とか心のことがわかってる、とかいう理由でなぜか避けられるのだ。危機的状況なら特にそれが顕著になる。心のことがわからないから知るべく研究するのではないか。多くの人が懸念するような地平に辿り着くということは心の全てを理解したということに他ならない。そんなことあり得ないが、もし仮にあったとして、そしてそれが心理学者に広まったのならそれはもはや学問ではなく技術と呼ぶべきだろう。
「変な人ね、あなた」
「よく言われる」
「ふふふ、ホントに変な人。それにしてもあなたたち、それ、本気で主張するの?」
マリナはやはりというか、信じてくれなかった。
「事実だからなんとも……」
「あのね。ふざけないでくれる?人に話しかけたらここって、どんな魔法よいったい。あなたたち、やっぱり正体は強盗か強姦魔かしら!?」
女性は立ち上がって言うなりいずこかから二本の剣を出現させた。
は?
白銀に煌めく剣身は冗談でもなんでもないことを示すかのようにその存在を主張しており、わずかに刃こぼれして、シミのように何かの跡がついていることが伊達でも酔狂でもなく本気でこちらと戦い、なおかつ勝つつもりだということが伺える。
「ちょ、ちょっとマリナさん!?」
「大人しくしなさい。死にたくなければこの縄でそこの男を縛りなさい」
ポン、と睡蓮の目の前に麻縄が一ロール出現した。
「これが魔法か?」
「何驚いてるのよ。保存と出現、一般的な魔法じゃない」
マリナが嘘を言っている風には見えない。かといって妄想の類があるかと言えば……そうではない。
本当にこの『魔法』が世間一般的なものである可能性が僅かなりとも存在する。
では確かめよう。いつものことだ。わからないことがあれば調べる。人に聞いてわからなければ研究する。そういうものだ、研究職とは。
「聞かせてほしいのだが」
「なによ」
「この山はなんという?」
「ヴィロウイフリート山よ。それがどうかしたの?」
睡蓮は驚きに目を見開かせた。
「ではこの国は?」
「は? 何言ってるのよあなた? ここは国外よ?」
それはこちらのセリフだ。地球上でこんな都会的な格好をしたご婦人が暮らせるような場所が何処の国にも属していないなど。
「こ、国外? 日本の外、ですか? ここが?」
「は? ニホン? なにそれ?」
さてさていよいよどうしたものか。
「日本ですよ? ジャパン! サムライニンジャが大人気!」
「知らないわよ! あんたなに? 妄想のケでもあるの?」
「まぁまぁ、マリナさん。私たちはどうやら遠くから飛ばされたようで、ここがどこかすらわからないのだ。最寄りの国を教えてもらえはしないだろうか?」
マリナは警戒露わに、しかし私たちに害意がないことを理解してもらえたのか、ゆっくりと語り始めた。
「あなたたちがどこから来たのか、とかはもう聞かないわ。ニホンとかサムライとか二度も聞かされるのゴメンだしね。ここから一番近い国はイフロシュ。火の神イフリートを擁する国よ」
「そんな国知らない!」
睡蓮の叫びは最もだ。実にファンタジックな名前だな。非現実的すぎて認めたくないのだろう。
「どこの田舎から来たのよ? ラムレス? ミレニア? もしかして他の大陸から来たの? マイスタル大陸からなら移民もいっぱい来てるし、そこから流れてきたの?」
「……」
睡蓮は放心しすぎて空いた口が塞がらないようだ。まぁ私も同じようなものだが、聞きたくないことを聞くのにはなれてる。あとで睡蓮にはこういう状況で落ち着ける方法でも伝授してやろう。絶望的な気分がいくぶんかましになるだろう。まぁそばにいるのがこんな絶世の美人なのだ、この人の警戒を解いて仲良くなるほうが近道だろう。
「妄想を聞いてる気分で聞いてほしい、マリナ」
「なによ?」
「我々はおそらく別の世界からここに飛ばされた」
マリナの情報からできる推測は、この一つ。
「冗談よね?」
「私たちがそう叫びたい気分だよ、マリナ。異世界に飛ばされるとは思わなかった。イタズラ好きの少女が冗談混じりにそんなことを言ったことがあるが、まさか私が本物に遭遇するとは。さて、私たちは見ての通り武器を持たない。身の振り方が決まるまでここに住まわせて貰えないだろうか?」
「図々しいとは思わないのかしら」
「そんなことはわかっている。もっと具合的に言えばよかったな。床をかしてほしい。今の私たちは屋根のあるところで寝られるだけでも御の字なのだ」
「……ご飯はどうするのよ」
優しい女性だな。それとも可哀想なもの扱いされているのか。
「問題ない。私たちが自力でなんとかしよう」
「このあたり魔法か武芸、どちらかの技能がないと入山を許可されないくらい危険なんだけど。それで、実際暮らしてる私が言うと、もっと規制を厳しくするべきね。今の規制じゃ死人が出るわ」
さてどうするか。
「ではイフロシュだったかな。最寄りの国でなんとか生計を立てることにしよう」
「今イフロシュは戦争中で通行証のある人じゃないと入れないわよ。ちなみに言っておくと、同行者でも必要。通行証のない者はたとえ通行証がある者の親族でもダメよ」
……さて、どうするか。
「……遠くても別の国に」
「まず二週間はかかるしどの国行くにしても今大陸中が緊張状態で『異世界から来ました』なんていう人は絶対に通してくれないわ。ちなみにその服も髪の色も瞳の色も顔つきも全部ダメね。この大陸はおろかこの世界ではあり得ない色合いよ。黒髪と黒い瞳はいても黒髪と黒い瞳とがセットな人はいないから」
……………。どうするか。
「他の大陸は」
「船賃出せるの? 私は無理よ? その日暮らしだもの」
………………。
どうするか。
もう手詰まりな気がしないでもない。
「……来た場所が悪かったわね。仕方ないから、養ってあげる」
マリナが女神に見えた。心なし、後光が見える気がしないでもない。
「ホントに!?」
今までシャットダウンしていたOS・睡蓮が再起動した。
「ええ。でも掃除選択家事その他、やってもらうわよ」
「喜んで! 火のお世話からベッドメイクまで、任せてください!」
なんかいやらしいな、今の言い方。
「私に手を出したらその粗末なモノ切り刻んであげるわ」
睡蓮の首に切っ先を突きつけて、冷酷に告げた。
「肝に命じます……」
睡蓮は今にも泣きそうだった。不憫なやつ。
「はぁ、なんか大変ね。じゃ、なんか疲れたからちょっと寝てくるわ。床掃除よろしくね」
剣を下ろすと、マリナは部屋の外に出て行った。
「……どこで寝るんだろ?」
睡蓮が呟いた。
「隠し部屋とかあるんじゃないか?」
「でも拷問室は隠し部屋にあったんだよ。それも地下。外から見たらこの家、僕が見た部屋割りが限界っぽいし」
この少年は何者だ。調査が早すぎる。
だがいくらなんでも正確というわけではないだろう。一度家人の許可も取って間取りだけでも……。いやまて、この家を調べることになんの意味がある?
そう思っていると、部屋の扉が開いた。
「……ん? 誰だお前」
赤い髪をショートカットにした十六歳くらいの少女が私を睨んで聞いて来た。セーラー服を着こなして、悪っぽく仁王立ちして強く見せようとするところは実に年頃の少女っぽい。
「私は篠原小次郎。よろしく」
「知り合いか? 睡蓮」
自然な動作で少女はポケットから棒付きキャンディを取り出して、袋を開けて口に含んだ。
「まぁ、そんなとこ」
「いいけどな、別に。あたしはミイナ。睡蓮をここに連れて来た」
へぇ。
情報が得られるかもしれないな。
「そうだよ、ミイナ! いきなりどういうこと!?」
「わりいな、睡蓮。アウラに頼まれたんだよ」
「僕ら友達だって言ったよね、あれ嘘だったってこと!?」
異性相手に臆面なく友達と言えるとは。それだけ割り切った正確なのかまだそういうことに疎いのか。高校生と言っていたが、入学したてか。それならまだ理解できる。
「いいや。あたしが睡蓮を友達だって思ってることに嘘はねぇ。でもここに連れて来たいって思ったのも事実だ」
「ここはなんなの?」
「ここは私の世界。睡蓮はアウラの力で異世界からこの世界にきたんだ」
まさか異世界から来たことを認めてもらえるとは思わなかった。
「あんたは……多分、アウラが直接連れて来た奴だと思う」
あの少女はアウラというのか。覚えておかねば。
「……それで、ミイナ。なんで僕を連れて来たの?」
ミイナという少女は黙った。そして、言いにくそうに切り出した。
「あたしと一緒に暮らさないか?」
「どうして?」
「理由はまだ言えない。でもすぐわかるはずだ。アウラに会ってくれりゃすぐにでも」
「ふむ。ではマリナさんも知らないんだな」
「ああ。マリナねぇさんも知らないはずだ。というかマリナねぇさんはなんも知らない」
何か引っかかるものいいだな。
「ふぅん。それで、アウラにはいつ合わせてもらえる?」
「さぁ、わからん。あたしもあんまり会えないんだよな」
妙だな。
「この山は危険なんだろう?」
「ああ。まぁあたしは炎を好きにできるから問題ねぇけどな」
「アウラは?」
「アウラはもっとだ。あいつ空間魔法の使い手でな、まだちっこいのに究極魔法とされる異世界に空間を繋ぐ魔法が使えるんだぞ!」
その魔法のせいで私はここにいるわけか。全く。わからんことだらけだな。誰か説明してくれ。
そう思っていると、ミイナが部屋の外に顔を向けた。
「誰か来たみたいだな。ちょっと待っててくれ二人とも。アウラだったらここにくるよう言っとくから」
そう言って、ミイナは出て行った。特に何かが聞こえたようには思えなかったが。私たちには聞こえないようになっているのか彼女にしか聞こえないのか。
「彼女の色香に釣られたか?」
からかってみる。男子学生ならこの程度のノリはいつものことだろう。
「なっ……! そ、そんなんじゃないよ!」
「そうかそうか。ならばなぜ?」
「ミイナは、元々友達だったんだよ」
さっきも聞いたが、どういうことだ?
「僕、この間高校に上がったばかりなんだ」
見てればわかる。何もかもが初々しくて微笑ましい。
「それで、同じクラスの帰国子女、だったかな? とにかく、帰国子女のミイナと友達になったんだ。最初は男子の輪に入ってくるなんて変な人、って思ってたんだ。でもなんだか馬が合っちゃって。気が付いたら、友達だったんだ」
「ふむ」
「それで、一ヶ月くらい経った今日、ミイナそっくりの子が『ミイナが呼んでるから来て』って言って」
それでか。
「ついていったらここ、と」
なんとも不運な少年だな。
私が同情していると、扉が開いた。
私をここに連れて来た少女だ。
「おじいちゃん!」
彼女は私に向かってかけてくると、両手を広げた。私はその子の脇から抱き上げ、抱っこしてやる。
「……色香に釣られたの?」
「随分なタイミングで意趣返ししてくれる。言っておくがこの子は私のクライアントだ」
正式な手順を用いずに私の元に来たのだから正確には違うのだろうがそんなことはどうでもいい。
『助けて』と言われたのだ。そして私もそれを了承した。右も左もわからないこの世界だが、これだけははっきりしている。私はこの少女を助けるのだ。
「ねぇ、おじいちゃん、名前教えて?」
「私は篠原小次郎。気軽に先生と呼ぶといい」
「私はね~、アウラっていうの! じゃあ、おじいちゃん先生、私をベッドに連れてって?」
言われた通り、アウラをベッドに連れていって、そこにアウラを下ろす。
見たところ、元気な普通の女の子だ。はてさてどんな問題があるのか。問題がないなら最良なのだが。
「えっと、お兄ちゃんは……」
「僕は結城睡蓮。よろしく」
「うん! よろしくね、スイレン兄ちゃん!」
アウラはにぱっと笑った。この年頃の子の笑顔は本当に癒される。
「それで、アウラ。助けてって言ってたのはどうして?」
私が言うと、アウラは一気に表情を不安げに曇らせた。
「……あの、ね」
さすがに言い渋っているようだった。
「言いたくなかったら無理に言わなくていいんだよ?」
私が優しい声色で言うと、隣の睡蓮が目を丸くして私を見た。なんだ。猫なで声を出す私がそんなに可笑しいか。
「ううん。言わなきゃダメなの。
ねぇ、おじいちゃん先生」
「ん?」
「ここに来てから、何人と会ったか、わかる?」
マリナ、ミイナ、アウラで……
「君含めて三人?」
睡蓮が言うが、アウラは首を振った。ん?まだいたか?
「あのね、一人だよ」
私は黙りこくった。
「どういうこと?」
怪訝な顔の睡蓮が、アウラに詰め寄る。
「ミイナもマリナも私も、みんな一つの体なの、一つの体にみんないるの。わかってくれる?」
「もちろん」
私は頷くが、睡蓮は理解できないようだった。私にもわからないことはいくつかあるが。
「それでね、やっぱりこんなの間違ってると思うの。キシリアもそう言ってたし!
それでね、おじいちゃん先生、私たちを助けて」
やっと意味がわかった。
これは大仕事になる。そう直感した。
「君たちのことは、なんて呼べばいいの?」
「私たちは、ピースブリンク。私は、アウラ・ピースブリンクだよ」
そっか、と私はアウラの頭を撫でた、
「わかった、君たちをなんとか助けれるよう頑張るよ」
「よかった! よかったのがわかったら、ちょっと、眠くなっちゃった。いつも、この時間が、おねむの時間、だから」
急に、あるいはスイッチが切り替わるかのように、アウラは眠そうに目を擦った。
「おやすみ。アウラが寝ている間、危険なことからは守っていてあげよう」
そう言うと、アウラは目に見えて安心したようだ。アウラは寂しそうに手を伸ばす。私はその手を取って、ゆっくりとリズムを刻んでトントンとしてやる。
じきに、アウラからは寝息が聞こえるようになった。
「……本当なんですか?」
「知らん」
「心理学者、なんでしょう?」
「そうだ。だがまだ情報が足りない」
なぜ姿形が変わるのか、なぜ私たちを求めたのか。わからないのはこの二つ。この二つ以外はだいたい読めた。
「それにしてもどういう意味でしょうね、みんな一つの体って」
「多数の人格が一つの体にあるということだろう」
睡蓮はしばらく黙った。
「はあっ!?」
「アウラが起きる。少しトーンを落とせ」
睡蓮はハッとしたように口を押さえた。
「……多重人格、ってやつ?」
かなり声を落として聞いてきた。そこまで極端でなくともよいのだがな。
「その言い方は正確ではない。解離性同一性障害……つまり乖離状態が長期間続いたため同一性に障害が出る症状のことだ」
「?」
不思議そうに首をかしげる睡蓮。理解できるように言っていないのだから当たり前だ。確証はないが私の想像通りなら睡蓮にはまだ早い。憶測段階のことを言って睡蓮を混乱させるわけにもいかんしな。
「まぁ症状の成り立ちなどどうでもいいではないか。風邪の看病に医学的知識はいらんだろう?」
「いやまぁそうなんだけど同じノリで多重人格って診ていいの?」
「問題があれば私が指摘する。長い付き合いになるからな、気を長くしろよ」
「どれくらいかかるんですか?」
私は頭の中で記録を思い出す。
「直接見たことがないからどうとも言えないが……まぁ十年はかかると思ってもらえばいい」
「十年!? その間学校は!? 生活は!?」
この世界から帰れる保証もないのにそんなこと気にするのか? と聞きたくなったがぐっとこらえる。
「熱くなるな。よく考えろ。本職のカウンセラーでさえ四六時中見ているわけではない。二人体制ならもっと自由時間がとれるだろう。その気になったら、学校に通いながらでもできる」
ホッとしたように睡蓮は胸を撫で下ろした。帰れないかも、という疑念はわかないようだ。なんとかして秘密裏に調べないとな。帰れないとなれば身の振り方も変わる。
「……アウラの言ってること、嘘とか妄想とかじゃないの?」
「まだわからん。睡蓮の言うとおりアウラの妄想で、実際にこの部屋から出ればどこかにマリナが眠っていて、玄関のそばにはミイナがいるかもしれん」
というかミイナがやってこない時点でほぼ確定だと言ってもいいのだろうが……。
「そ、そっか。それで、小次郎、本当にその子の……ピースブリンクの面倒を見るの?」
「頼まれたからな」
「報酬なんてでないよ?」
わかっているよ、そんなこと。
「では見捨てるのか? 人の助けになりたいと心理学を志した私が、金にならんからと助けを求める少女を無碍にすると? 面白い冗談だ」
だが、と私は続ける。
「睡蓮はどうすれば帰れるのかを探るといい」
「え? 僕も手伝うんじゃ」
「睡蓮は私と違い巻き込まれただけだ」
そうではない可能性はあるがまぁ構わない。
「……いや、僕も手伝う」
「いいのか?」
「アウラとミイナが同じならミイナを助けることは、ミイナを助けることになるんでしょ? 友達のために、僕、頑張るよ」
一途な少年だ。こう言い切れる人間性は大事にするべきだろう。
「わかった。何かあれば睡蓮を頼るとしよう」
「うん、頼りにしててよ、おじいちゃん先生!」
睡蓮にまでその呼び名か。
「全く。とにかく、今は彼女たちのことをよく知ることから始めるんだ」
「う、うん」
「次に、人格が別れていることで起きている問題を探る」
「ほうほう」
「彼女たちに合った方法で、問題解決の方法を見つける」
「う、うん」
「彼女たちの生活にあった問題が解決されば、私たちの仕事は終わりだ」
「え?」
なんだか拍子抜けしたかのように睡蓮は言った。
「どうした」
「心理テストは?」
「何をテストするんだこの状況で」
「いや僕に聞かれても。というか、人格が一つになることが目標じゃないの?」
「昔はそうだった。だがなぁ。なんというかこの症状は『症状』ではなく、たとえばカサブタのように、防衛機能のひとつではないかという見方もあるんだ」
カサブタは、穿った見方をすれば『異常な皮膚』だ。だが無理に剥がせば傷の完治が遅くなる。
それと同じ。
つまり傷ありきなのだ。
「防衛機能? 心を守るために病気になるんですか?」
「何を不思議がる?」
「いやでも」
「長期的な意味で体を守るためなら多少傷つくことを選ぶのが人体だぞ? 風邪にかかったことはあるか?」
「ないわけないでしょ?」
「風邪の場合、風邪の菌が熱やその他症状を起こすわけじゃないぞ」
「それはわかってるよ。わざと菌が死ぬ温度になることで体を守って……あ」
ようやく気付いたようだな。
「そ、そういうこと?」
「まぁ、そういうことだ」
指示語ばかりで本当に理解してるか不安になるがまぁ構わん。
「でも、じゃあ、この子は一体何から心を守ってるの?」
その質問に、私は。
「わからん。
だがそれを知るのも、仕事の一つだ。心しろよ。それを知ろうとするというのは彼女たちのかさぶたを剥がして傷を見るのと変わらない。苦痛を伴うものなのだ」
私の忠告に、睡蓮はコクコクと頷いた。
「よし。とにかくこの世界の情報を集めることも忘れるな」
「え、どこにも行けないんじゃないの?」
「この山だけで生活できる場合、国に行きたくないマリナがそう思い込んでいる可能性がある。さすがにこの山が危険である可能性まで疑う必要はないだろう」
未知の場所なのだ、警戒しすぎるということはない。
「とにかく、拷問室へ行くぞ」
「は? なんで?」
「主人格がマリナにせよミイナにせよアウラにせよ、拷問室という存在はあまりに異質だ。見てみたい」
私が考える『原因』が、そこにある可能性はあるのだ。先ほどと違って、この家――ひいては、拷問室とやらを見る必要は十分ある。
「……わかった」
怪訝な顔は終始変わらなかったが、睡蓮は渋々ながらもその部屋へと連れて行ってくれた。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。