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プロローグ―私は心理学者―

 残酷な描写があります。そう言ったものに生理的嫌悪感を示される方はブラウザバックを推奨いたします。


 彼からの連絡が約束の時間を過ぎても一向に来ず、一週間経ってからようやくお礼と二度と訪れることはない旨を伝える電話をしてきた。これは大変に喜ばしいことだ。

「参ったな」

 しかし仕事がなくなった。どういうわけか相談に来るクランケもいないしトントン拍子にクランケが相談に来なくなった。私の仕事がないというのは世間から見ればよいことなのだろうがそれで飯を食っている身としては危機感を覚えずにはいられない。仕事の性質上早くに閉めるわけにもいかず、ため息をつく。


「あの」


 ふと、目の前に少女が現れた。赤髪に赤い瞳。年の頃は七歳前後。親の趣味か? カラーコンタクトって風でもないし、まさか染色したのではあるまいな?

「どうしたの?」

 それにしても看護師は何をしている? なぜ私に連絡が来なかった? 親の調査書は? 事前調査書はどこだ?

 疑問ばかりが募る。

「あの、おじいちゃん、人助けがお仕事、なんだよね?」

「まあ、ね」

 人助けがお仕事、という言葉に全く否定的な意味を含ませないのは子供くらいだ。いや、嫌味や愚痴ではないのだが。

「私たちを助けてほしいの」

 おや珍しい。この年で自分から助けを求めることができるとは。

「誰から、どんなことから助けてほしいの? 言える?」

 少女は黙りこくった。答えてもらえるとは思っていなかったから構わない。

「どうすれば助けられるの?」

 聞いてみると、少女はゆっくりと、口を開いた。

「私たちの世界に来て、私たちを助けて。守って。お願い、お願いします」

 なんの暗喩だ? この子にとっての世界? 家か? 学校の友達を含めた友人たちの集まり? それともこの子の内面、精神のことか?

「……その世界っていうのは、私も知ってるものかな?」

「どうだろ。でも、来てくれたらわかるよ」

 実際に行くのか?

「ねぇ、助けてくれるんだよね。それならわかったって言って! それで行けるから」

「ふむ。わかった」

 次の瞬間、私は全く知らない部屋にいた。目の前にいた少女は妙齢の女性に変わり、私の隣には学生服をきた男子生徒が某然と部屋を見回していた。女性は横たわっており、意識がないようだ。

 木造住宅? かなり古臭い。草や木の匂いが濃いな。ここは森か山の中か?

「あ、あの、君は?」

「君?」

 年長者に随分な物言いじゃないか。まぁいいさ。調子に乗った悪ガキを相手にするのは慣れてる。

「私は篠原小次郎と言う。君こそ誰だ?」

「僕? 僕は結城睡蓮。よろしく」

 結城睡蓮? 女みたいな名前だな。今どきの子にしてはまだまともな方ではあるが。

 睡蓮は立ち上がると私に握手を求めてきた。私も立ち上がると握手に応え……ん?

 体が軽い? 握手をした自らの手を見る。シワひとつないキメの細かい指先。

「……ふむ。睡蓮、私は何歳に見える?」

「え?……同い年?」

 十六歳前後、と言ったところか。随分とまぁ若返ったものだ。まるまる半世紀と十年分か。

「私はこれでも七十六だ」

「えっ!?」

「だがもはやそう自称しているに過ぎない。同い年と扱ってくれてかまわないよ」

「は、はぁ……」

 私は睡蓮の手を離すと、汚らしい床に横たわる赤髪に赤い瞳の女性に目を向けた。

「私は七歳前後の少女と出会った。君は?」

「え? 違うクラスの子かなぁって」

 十六歳か。しかし今横たわっている女性は軽く見積もって二十代後半。化粧をしてる風にも見えないからこれ以上年齢が上ということはなさそうだ。

「とりあえず、何か敷くものを探そう」

「そ、それより! こ、ここはどこかとか……」

「そんなことより、こんなところに人を寝かせっぱなしにしているわけにはいかないだろう?」

 睡蓮は慌てた様子で頷いた。部屋の扉を開けると、飛び出して家宅捜索を始めた。しばらくして、不思議そうな顔をした彼が部屋に戻ってきた。

「どうした」

「あの、ベッドがあるのはあったんですけど」

「ん?」

「大きさが合いません」

 どういうことだ? 私は女性を抱きかかえる。女性の上体を軽く抱き上げ、脇の下から首を差し入れたのち、肩で担ぎ上げる。

「あ、あの、その抱き上げかた……なんですか? もっとこう優しく……」

「何を言う。横抱きでもすればよいのか? あれは抱き上げられる側の協力があって初めて安定するものであって、気絶した相手はこうしたほうが運びやすく失敗しずらい、長い目で見た『優しい』抱き方だぞ?」

「そ、そうなんですか……」

「そうだ。早く寝かせてやりたい。案内頼む」

「は、はい!」

 睡蓮の案内でベッドがあるという部屋に向かう。

 しかしこの若い体はパワフルだな。ついこの間までは子供すら抱きかかえるのに難儀したものを。

「ここです」

 睡蓮が私に見せた部屋にあったベッドに、私は思わず絶句する。

「……子供用か」

 特別にしつられられた子供用のベッド。女性が寝るには少々小さすぎる。クリニックに現れた少女なら、ピッタリなのだろうが……。

「どうします?」

「上着を脱げ。私も白衣を脱ぐ」

 なるほど、と睡蓮は頷いた。

 私は女性を下ろすと、白衣を床に広げる。睡蓮の学生服の上着を枕にして、女性を寝かせる。

「とりあえず、これで大丈夫だろう。ここの他に部屋はないのか?」

「いくつかありましたけど……書斎とか、キッチンとか、拷問室とかでした」

「ふむ……なんだと?」

 拷問室?

「拷問室です」

「血の跡は?」

「ありました」

「死体は?」

「ありませんでした」

 さて、問題はこの女性がする側かされる側かということだ。どちらにせよ、私たちに危険が及ぶ可能性がある。

 この女性がする側なら、私たちが次の標的かもしれない。

 この女性がされる側なら、する側が帰ってくるかもしれない。

「で、でも随分使われていない感じでした。道具が全部錆び付いてて……」

「……そうか。とにかく、今はこの女性が起きるのを待とう。なぜ私たちがここにいるのか、そしてなぜこの女性がここにいるのか」

「そう、ですね」

 しばらく、私たちは沈黙の中を過ごしていた。

「……あの、小次郎さんは」

「さんはいらん」

「……小次郎は、何をしていたんですか?」

「敬語もいらん。同級生と思えと言ったはずだ」

 睡蓮はしばらく悩んだ。そして、一度深呼吸をすると、私を見据えた。

「小次郎はここに来る前何をしてたの?」

 老人相手にタメ口など、真面目な人間には勇気のいることをさせてしまったかな。だが、私が十六歳の体である以上仕方のないことなのだ。

「心理学者だ」

「心理学! ってことは、心理テストとか?」

「まぁ、そんなところだ」

 別にこの学生は心理学志望というわけでもなさそうだし、軽く流す。自身が面白いと思っているものを説経じみた言葉で否定されるのは人が嫌がることの一つだからな。

「てことは、カウンセリングなんかもやってたりするの?」

「まぁな」

 最近はそっちが本業のようなものだったが。

「へぇ。じゃあ、なんか面白い話とかあるの?」

「まぁ、待て。睡蓮の話も聞かせてほしい。高校生だよな?」

 長くて面倒な話になる前に切り替える。相談されたことをまるのまま話すわけにはいかないことはわかってもらえるだろうが、細部を変えて話す--つまり作るわけだが、その作る作業を頭でする苦労は理解され辛い。その手の本を見れば当然『細部を変えて云々』の文言は入っている。だが文書に起こすときに考えるのと話しながら考えるのとでは苦労の度合いが違うのだ。

「そうだよ。亀岡私立第二高校」

 かなり遠いな。

「趣味はなんだ?」

「え? ……ゲーム?」

 普通の高校生だな。

「FPSは好きか?」

「え、なんで知ってるの?」

「私はスクールカウンセラーもやっていたからな。ゲーム対戦が人間関係の縺れに繋がった生徒もいた」

「なにそれ、女の子?」

「さぁな」

 私がごまかすと、睡蓮は残念そうに肩を竦ませた。

「……ん」

 そのとき、女性が薄目を開けた。

「起きるぞ」

「だね」

 このとき、私はまだ理解していなかった。

 

 あの場所であり得た未来、つまるところごく普通に死ぬという人生は永遠に失われ、波乱と万丈に満ちた第二の人生が幕を開けたことを。

 そして、次の瞬間から始まるのだ。



 群体少女ピースブリンクとの生活が。

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