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レイテの幻像 (少女達が見た戦争)  作者: 扶桑かつみ


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8/8

終章 「総決算、そして……」

 レイテ湾口での日本艦隊による破滅的な攻撃のため、米軍の戦死者の数は日本艦隊の攻撃開始からたった三時間の間に数万人の単位に達した。

 この攻撃は、核兵器を用いる以外で行われた、戦闘部隊に対する攻撃としては史上最悪のものと言われた。血に酔った第一遊撃部隊が去った後に残されたのは、生者より死者の数の方が多いという敗軍の群でしかなかった。

 だからこの時、もし日本側がレイテ島に十分な地上兵力を配置していたら、残りの米軍すべてがタクロバンの町に待避していたマッカーサー将軍ともども撃滅されるか、そうでなくても集団投降せざるをえなくなったのは確実と言われた。後に強く悔やまれたほどの、日本側の一方的な勝利だった。

 なお、三時間にも及ぶ一方的な砲撃を行った西村艦隊は、殺戮に飽きたかのように隊列を整えると、いまだ激しく燃え盛るレイテ湾を後にスリガオ海峡方面を経由して、支援艦艇の待つブルネイへの遁走を開始した。

 翌日に行われた米陸軍航空隊(B24が主力)による攻撃も、フィリピン・ルソン島に進出していた三四三空などの献身的努力もあって被害を最小限に止めた。それ以外大きな攻撃もなく、先に引き返した艦艇も含めると、出撃時の七割近い艦艇が出発点のブルネイへと無事帰投した(先に引き返したのは、全体の約一割にあたる四隻)。

 そうした先頭の総決算は、「殴り込み」や「艦隊特攻」とすら言われ、潜水艦襲撃、空母艦載機の空襲、艦隊決戦、空母との遭遇戦、船団攻撃、艦砲射撃、基地機襲来という考え得るすべての水上戦闘をこなしての帰投という事実を考えると、非常に高い生還率と考えるべきだろう。

 いっぽう、米太平洋艦隊総司令部からの電文により、無理矢理小澤艦隊から反転したハルゼー艦隊だったが、結局、戦艦四隻を抱えてプレッシャーをかけ続ける小澤艦隊を完全に無視する事ができなかった。このため、反転時既に帰路に就いていた西村艦隊を捕捉する事は適わず、『ブルズ・ラン』として米海軍史上最悪の戦例にされ、現代にまで語り継がれる事になった。

 だが、日本艦隊の事よりも、受けた損害の方がアメリカ軍にとってははるかに深刻だった。文字通り全滅した第七艦隊と共に大侵攻船団を失ったアメリカは、新たな攻略船団を仕立てない限りレイテに築いた橋頭堡以外にフィリピン侵攻は不可能となったのだ。

 このため先に上陸して難を逃れたマッカーサー将軍は、一〇月二七日、ちょうどレイテを蹂躙した日本軍艦隊がブルネイへ帰還した日、全軍のレイテ島からの退却を命令。ここにレイテ島沖海戦は終幕を迎える。

 なお、マッカーサー将軍がレイテからの全面撤退を指示したのは、フィリピン全域にはルソン島を中心に四〇万人を越える日本陸軍の精鋭部隊が犇めいていたからだとされる。日本軍を相手にするには今手元にある三万の敗残兵と、後方で即時待機するもう六万の第二波兵力ではまったく足りていなかったのだから当然だろう。しかも、上陸支援部隊を欠く状態では苦戦は避けられない。

 しかし、もう一つの真実とされる説では、これ以上の損害を許容できないアメリカ政府中央の強い意向により、体制が再構築されるまで無用な損害を避けるという極秘命令を受けたためと言われている。

 なお、この一連の戦闘での総決算だが、レイテから米軍が去り、日本艦隊が一端ブルネイに帰還し、そこから無事内地に帰りついた状況を加味すれば以下のようになる。


日本側

 撃沈(約十六万トン)

戦艦:「金剛」(ブルネイからの帰路潜水艦による) 空母:「天城」、「龍鳳」、「千代田」

重巡:四 軽巡:二 駆逐艦:八

 損傷(大破)

空母:「飛龍」 戦艦:「信濃」(ただし、戦闘航行可能)

重巡:二 駆逐艦:二

 損傷(中・小破)

空母:「赤城」、「隼鷹」、「千歳」 戦艦:「大和」、「武蔵」、「長門」、「比叡」、「榛名」

重巡:八 軽巡:二 駆逐艦:一一

航空機損失(陸上機含む):五七〇機


人的損害(陸軍含む):約一・五万人


アメリカ側(数が多すぎるため、固有名詞は割愛)

 撃沈(約八五万トン)

戦艦:七隻 護衛空母:八隻 重巡:四 軽巡:五 駆逐艦:二五

揚陸艦艇、輸送船、その他:約四〇万トン

 損傷(大・中破)(小破は多すぎるため除外)

大型空母:三 軽空母:一 護衛空母:二隻 重巡:一 軽巡:一 駆逐艦:四

航空機損失(陸上機含む):五五〇機

遺棄・消失物資:全体の約八〇%


人的損害(戦死・行方不明)

 海軍:約三万五〇〇〇人

 陸軍:約八万五〇〇〇人

 総数:約一二万人

 負傷者(重度患者のみ):約三万人


 損害だけを見れば、数字の上では間違いなく日本軍の大勝利だった。敵に与えた損害量だけを見るなら、歴史上空前の勝利と言っても過言ではない。たった二日間の間に発生した損害だと言うことを思えば、目眩すら感じるほどの規模だ。

 もしこれが一九四二年夏までの出来事だったのなら、戦争の帰趨を決していた事だろう。

 だがこの時点で米軍の軍事力と生産力は、損害を十分回復できる能力を持っていた。対する日本側は、上記に上っているすべての艦艇を短期間で修理する能力は既に存在しなかった。これは事実上の聯合艦隊の壊滅であり、また空母からの発着できる高い技量を持つパイロットの枯渇は、二度とこのような大規模作戦ができない事を物語っていた。

 だが、作戦当初から『聯合艦隊をすり潰してでも、シーレーン確保のため米侵攻部隊を撃滅する』と了解して作戦決行されたのだから、戦略目的は十分達成されたと考えるべきだろう。

 ただし、やはり問題なのは海上での大規模機動戦ができない事だった。これ以後日本は防戦以外できる能力を無くし、いよいよ徹底抗戦か降伏を考えなくなったとも解釈できる。

 そして考えられる限り最悪の損害を受けた米軍だが、総トン数八五万トンを越える多数の艦船の損失や、数百機の航空機の損害(台湾沖から数えると七〇〇機に達する)はもとより、死者、行方不明者、捕虜の総数が一〇万人以上に達するという未曾有の大損害は、主に内政レベルで到底許容できる範囲を超えていた。侵攻艦隊そのものの損害も大きく、以後半年は大規模渡洋侵攻作戦は不可能と判断された。

 また、マリアナ沖海戦以降からの度重なる損害を合わせると、今後渡洋侵攻作戦に使用できる機動戦力をあまりにも消耗していた。この点からも、今後半年間は大規模な作戦実施が事実上不可能になり、対日侵攻スケジュールが根底から揺らぐこととなった。

 日本、いや日本海軍実戦部隊たる聯合艦隊は、文字通り肉を切らせて骨を絶つ戦闘を、この戦いにおいて行ったのだ。

 これは、戦史上極めて稀な戦例と言えるだろう。


 ◆ ◆ ◆


「説明の最後はこんな感じにしたけど、後はこれにエピローグを付けてね」

 スラリとした長身を制服に包んだ橘さつきが、ビッシリ文字で埋め尽くされた紙面に視線を注いでいる、眼鏡を掛けた小柄な少女に語りかけた。

「それはエエけど、相変わらず少し堅ないか?」

「だろうね。まあ、文章の方は適当に改稿しておいてよ。私はあくまでサポートで、共同著者じゃないから」

 典型的な関西弁の東雲みゆきの言葉に、さつきが淡々と言葉を返す。

 すでに日常となったやり取りだ。

 ただ以前と違うのは、彼女たちが話している場所が、さつきが属する電算部(通称:パソ研)の部室に変わっている事だろう。もっとも部室と言っても、学内にあるパソコン教室の準備室の一角を占領しているもので、あまり広いとは言えない。今も部室が狭いので、誰もいない教室の方に二人はいた。場所を文芸部から変えた理由は特になく、精神的な居心地のよさが、電算部の方がよかったからという程度だった。


「それより、かすみはどうしたの?」

「ああ、それなんやけど、放課後すぐ教室出る時、雑誌社の人からの連絡で原稿のチェックが終わったから話し聞きに行くって、そのまま近くの喫茶店に行ってしまいよってん」

「へぇ、意外に早かったね。けど、あの後インタビューや対談とかも取ってたけど、どうする積もりなのかな」

「さあ、最初の話しでは、単なる自伝や伝記、小説やのうて、もう少し複合的な構成にする言うてたから、その関連やろ。まあ何にせよウチにはええステップアップになったわ」

 さつきよりも和を重んじる人みゆきが、丁寧に答えを返していく形で会話が進む。

 もっとも別の側面から見ると、部室(準備室)横の教室の一角を陣取る二人を、部室から男性部員がチラチラと盗み見るのを、たまに通行中の生徒がしげしげと眺めるという、ある意味シュールな情景が続いていた。

 二人にとっては、少し前に体験した凄惨な情景と比べれば何と穏やかな日々よ、というところだが、二人はいまだにその凄惨なものに首を突っ込んでいた。今この時も、それなりの真剣さでそれに向かい合っている。

 紙面に目を落としながら、みゆきが呟いた。

「せやけど、こんなけエゲツナイ事したのに、この後も戦争続くんやろ、信じられへんなぁ」

「ウン。もう半年ほど続くし、もっと刹那的になるよ。授業でも少し習うでしょ。それにかすみは今でも『夢』は見ているって言ってたよ。他愛のないものらしいけど」

「そら、あんなん度々あったらたまらんやろ……あ、噂をしたら影やで」

「まあね。でも続いているってことは、また次もある可能性もあるわけだから、油断できないと思うな」

「ま、そん時はそん時や。三人おったら、何とかなるんちゃうか。せやけど、軍艦、いや軍隊ってけったいなところやなあ。今も昔も変わらへんけど」

 さすがのみゆきも『夢』の事はあまり触れたくないのか、話題をずらしているのがさつきにも察せた。できれば触れたくないのはさつきも同じなので、みゆきに乗ることにした。

「そうだね。同じ口調、同じ制服、閉鎖社会、ピラミッド型の社会構造、一人の人間を鋳型にはめ込む組織社会。わざわざ好きこのんで、こんなところに何十万人も務めに行くんだもんね」

「そういうさっちんかて、そうなる予定なんやろ。さっちんぐらい頭良かったら、帝大ぐらい楽勝で行けそうやのに」

「そうかもね。でも帝大は、お姉ちゃんが行ってるから、私はいいだ。それに、同じ制服、閉鎖社会って意味じゃ学校も変わらないよ。今の私たち見てよ。外から見たら同じように見えるよ。学校こそ、近代文明参加の切符を手にするための、人間マスプロ工場だと思うなあ。制服着て並んで座っていたらブロイラーの気分だよ」

「アハハ、さっちん相変わらず手厳しいなあ。けど、お姉ちゃんも頭エエんや。ドエライ姉妹やなあ」

「そうかな。でも、お姉ちゃんが凄いのはホント。だから私、自分はたいした事ないって思うんだ。かすみも、いっつも憧れてるよ」

「へえ、かすみっちがなあ。ま、そんなスゴイんやったら、いっぺん会うてみなあかんなな……。あ、噂をしたら影やで」

 二人が無駄話をしていると、大きなガラス張りで金魚鉢状になっている教室の廊下側を、髪を揺らしながら走ってくる朝霧かすみの姿が見えた。

 かすみは、教室の扉を勢いよく開けると、彼女にしてはかなり慌ただしく二人の元に駆け寄り、手にしていた封筒を机の上に「バサッ」と積み上げた。かなりの量だ。

 ただ、かすみはかなり急いできたらしく、ハァ、ハァと息を切らせ、二人もかすみが落ち着くのを待つことにした。

 そして二人が待つこと約一分、かすみは何かを飲み込むようにして呼吸を整えると、ようやく話し始めた。

「ごめんね遅くなって、これが編集者さんがチェックしたやつと、今進行している私達以外の人が書いている原稿なんかのコピーだって」

 へー、と二人は声をあげると同時に中身を取り出し、顔を並べてパラパラと眺めだした。

 数分間二人はそれを眺め続けたが、内容そのものは先ほど話していた通り、自伝や伝記、物語など様々なパートで組み上げられていていた。また、ハードカバーや文庫形式ではなく、雑誌と同じサイズになる予定だった。誌面構成も雑誌に近いスタイルをとって、戦争を敬遠する読者に訴えようというものらしい。そのためか、中にはマンガやかわいらしいイラストも含まれている。

 さつきは全体の構成表を眺めているが、その中には当人達以外の者、著名な人の原稿が入る箇所などを見つけた。そしてさらに、何かを見つけたさつきが怪訝げに問いかけた。

「かすみ、なんだかインタビューとか対談とか増えてない、て言うか取材旅行みたいなのがまだ全然埋まってないんだけど……」

「ああ、それね、私達の体験談を話したら、編集者さんがじゃあ取材旅行を形だけしなおして、それも入れましょうって張り切っちゃって、もう断れなかったの、ゴメンね〜」

 顔の前で拝むような仕草をして謝るかすみだが、何やら嬉しそうだ。

 まあ、何の気兼ねもなくタダで旅行ができるのだから、嬉しいのも当然かもしれない。二人もそんな風に思った。だから

「まあ、しゃーないな。それに写真はある程度こないだ撮ってあるし、形だけやったら実質的に仕事は終わったようなもんやから、打ち上げ旅行と思て行けばええんちゃうか」

「そうだね。でもこれって私達の写真もかなり出るみたいだよ。それに曾お爺さんの扱い小さくなってない?」

「ウン、少し方針を変えるんだって、曾お爺ちゃんも何だか乗り気だし」

 しかしかすみは、本来なら最初に話さねばならない事をようやく切り出す。

 二人は、エッ今更、という顔をしている。

 それにかすみは、大丈夫、取材旅行の形だけの取り直し以外はもうないからと、自身はなだめている積もりだろうが、「題名とか誌面構成を少しいじるところで少し原稿や対談が増えるぐらい。あ、あと写真とか余分に取られたりするかも」と結構色々な事を追加していく。

 ただし、基本的にかすみは曾お爺さんの事となると嬉しそうに物事を運んでしまうので、全然大変そうには見えない。だから二人も、顔を見合わせて小さく嘆息すると、これもかすみのためと納得する事にした。 

 そして最後に、ふたりのお姫様であるかすみは、何かの紙を机の上の紙束から探し出し、最も大切な事を切り出した。

「あ、あとね、これが編集者さんが考えた本の題名。ちょっと恥ずかしいよ」と。

 そしてそこにはこう書かれていた。


 『太平洋戦争の真実 

     少女達が見た戦争 初号』



Fin

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