PIECE8 戦闘χ始
<蝶が朽ちる
それは私の底で
容赦なく
壊れていく
容赦なく……>
「レン?」
海叉に呼ばれて、はっとするレン。
「どうした、最近。心ここにあらずだな。ま、勉強中はいつもだけど」
レンは、通いなれた海叉の部屋で、床に転がるクッションを引き寄せ寝転がる。ここはもう自分の部屋の一部だとレンは思う。洋服タンスにペタペタと貼られたレンジャーシールは、レンの仕業だ。レンは黄色いレンジャーを見つめながら言った。
「海叉ってさ、好きな子いないの?」
「なに突然」
海叉は顔も上げず、勉強に集中している。レンはマネに言われたことを伝えた。海叉はひととおり聞いたあと、答える。
「レンはな、一直線だから」
「どういう意味か」
「おまえが恋愛したら、まわりが見えなくなると思うよ。あとさ、レンが知らないだけで、俺、彼女いたときもあったもん」
「ええッ!? 嘘っ!?」
レンは、がばっと起きて、海叉を凝視した。海叉の手のひらでペンがクルリと回る。
「ほらね、レンはバンドのことしか見えてないだろ? 言ってないだけで、隠したつもりもないし、奈愛もグミもすぐ気付いたよ。俺は俺で、恋愛も楽しんでるし、ゲームは奈愛としてるし、そのつながりで友達もいるし」
レンは頭を抱えた。
「私だけ知らなかったんだ。私だけ友達いないんだ。あ、マネだけね」
海叉は苦笑いする。
「なんか、ほら、仲いい子できたじゃない。一年の、おまえのコピーみたいな」
「勉強しよっと」
レンはペンを持ち、教科書をめくる。
「ほんとわかりやすいな。好きになったか。そいつのこと」
レンの手が止まる。
「ほんっとなんなの。海叉って。そうやっていつもいつも、私のことなんでも知ってるつもりでさ。私は海叉のこと知らなかったしっ」
「いじけるなよ。で、どうなんだ?」
レンはノートを書き写しながら答えた。
「言われたよ。付き合ってほしいって」
「よかったじゃん」
海叉は、一足先に宿題を終え、ノートを閉じる。
「簡単に言うなよ」書き写す手を止めて、レンはつぶやいた。
「あのコピーは、簡単じゃなかったんだろ、レンに告るの。レンは、好きな女にも告れずに撃沈したんじゃねえか」
「……それも言うなよ」
「おまえ、なにを悩んでるの。コピー……」
レンが遮り、「シアね」と名前を教える。
「シアじゃダメなのか?」
「シアは、今、体が女だけど、いつか体も男になるんだって言ってる。よくわからないけど、十八にならないとそういう治療を受けられないんだって。今はホルモン剤をネットで取り寄せて飲んでるって言ってた」
「性同一性障害ってやつ?」
こくんと、レンが頷いた。
「よくわからないよ。私が好きになるのは女の人って思ってたし。まあ、帰りますわ」
レンは当たり前のように、海叉のノートを手に取り、いそいそと窓から出てベランダを越え、自分の部屋に戻る。
幼い頃、海叉は、レンが男だと思っていた。レンも同様で、自分を女の子と知ったとき泣いたのだ。海叉と一緒がいいと泣いて、それを見ていた海叉も泣いた。
「名前に美がつくから、やっぱ俺は女だったんだ。小学校行くようになったら、もう自分のこと俺って呼んじゃダメなんだって。だけど俺、女なんてヤダな」
「美を取っちゃえば?」
「はす? はすじゃ変だよ」
「……レンは? 蓮美の蓮は、レンコンのレンでしょ」
「レンか。かっこいいね。じゃあ、俺、レン」
「俺じゃないでしょ。ちゃんと女の子らしくしないと怒られるの俺だもん」
「わ、私…」
そんなことを思い出して、海叉はふっと笑った。