PIECE6 2(to) 会員番号1 MANE
マネが教室を見渡す。探そうとせずとも、目立つターゲットは、すぐにマネの視線と交差する。
「レン、先生が呼んでたよ。なにかしたの」
「心当たりないけどな。しいていえば、成績かな」
ターゲットは笑い、教室を出て行く。
笑いごとではないな……、レンは多少焦りを感じながら廊下を歩く。成績が悪ければ、バンド活動はできない。わかっているけれど、眠気には勝てないのだよ、父ちゃん。レンは呟かずにはいられない。
職員室を入り、レンは、クマダの隣にいすを引き寄せてドカリと座った。
「先生、眠いのですよ、若者は」
「若者の中で寝てるの、お前だけだろう」
「こちとら、バンドやって、バイトやって練習してバイトやって」
「勉強もしろよ」クマダが苦笑いする。「で、いったいなにを言ってるの?」
「成績が悪いことのいいわけ」
「いまさらそこを期待するわけない。赤点さえ取らなければいい、レンに関しては」
「まあね」
少しは努力しろよ、とクマダは笑った。
「話っていうのは、一年の中原思杏のことなんだ」
レンは首を傾げて、
「知らないです」
と答えた。
「なんだ、お前の子分かと思っていたよ」
「あ、服装がロックの子?」
「そう」
「その子がどうかしたんですか?」
「問題起こしてな、停学」
「問題?」
「Linχの悪口を言った男子を、中原が殴った」
「まじですか……」
「中原は中学三年になって不登校になった。それから一年、引きこもった。それなのに進学の道を選んだ。相当勇気がいったと思う」
「努力、したんだ。偉いね。一年引きこもったってことは、本当は、私の一学年下ってことか」
「お、算数できた」
クマダの言葉にレンは「うん」と、うなずく。
「地元の高校に行きたくなかったっていうのが理由って聞いたけれど、俺は、お前がいるからこの学校に来た気がしてならない」
レンは黒い蝶を思う。
ベンチに描いた赤い蝶に寄り添うように、黒い蝶が描かれてあった。そして「ツカマエテ…」というメッセージ。
「もし、接点があるなら気にかけてあげてほしいと思ってな」
「わかりました」
レンには、ライブのとき、シアがいるのが見えていた。自分の言葉に泣き出したことも。
蝶ノ破片ガ疼ク。
レンが教室に戻ると、マネが待っていた。
「一緒に帰ろうと思って」
ふたりが並んで帰るのは久しぶりだ。いつもレンの横にいるのは、海叉かメンバーと決まっている。
レンとマネは一年のときから三年間、ずっと同じクラスだ。マネは委員会に率先して参加し、趣味が勉強というほどの優等生ではあるが、ロックが好きで、ライブにはよく参戦する。
Linχの初ライブに登場したときのマネは、普段の姿からは想像もつかないメイクとファッションで、「ファン一号」と名乗りをあげた。レンは、マネと気付かず、求められるがまま握手を交わし、「ありがとうございます」と謝意を述べた。
「玉根です。玉根あいか」
マネがそう言うと、レンも、メンバーも体を硬直させた。
それまでの委員会は、Linχ、特にレンを目の敵のように扱っていた。メンバー全員がそれまでに抱いていた「委員会イコール、アタマガカタイ」という定義を覆した学年委員長、玉根あいかは、学校の規則を自由にしようと働きかけた。
入学当時、レンの金髪や、耳を埋め尽くすようなピアス、制服を着崩したファッションが問題になっていた。それでも自分のスタイルを貫こうとするレンの姿勢は委員会側と対立し、高校を辞める気でいたレンだったが、ある日、マネがレンの格好を真似て登校した。学年一の優等生であるマネは、校長に直談判し、レンの自由を求めた。
「ピアスは開けられないから、マグピね」 そう言ってマネが笑った。
それ以来、「マネ」と呼ばれるようになったマネの行動を生徒が支持し、学校側だけじゃなく、海叉の心も動かされた。海叉もロクに勉強もせずにいた。レンと同じ高校に行ければそれでよかった。マネの一件で、海叉はLinχをやっていく上での心構えが変わったのだ。学業を優先し、高校はちゃんと卒業する。それは、海叉と、レンの父親との約束でもあった。レン以外のほかのメンバーは、成績もそこそこ良く、特に海叉は教師だけでなく親たちの信頼も得られるようになっていた。
標準の制服で優等生姿のマネが聞く。
「ねえ、レンってさ、ほかのことやりたいって思ったことないの?」
「ほかのこと?」
「バンド以外にさ」
レンは、一瞬考えたふりをしつつ、
「んー、ない」
と答えた。
「もうちょっと考えてよ」
もう一瞬考えたふりをするレンだが、
「えーと。ない」
と言い切った。
「それってすごいことよね。ある意味幸せで、ある意味不幸じゃない?」
「そう?」
レンは、マネが何を言いたいのか理解できなかった。
「だってほかの楽しいこと、なんにも知らないんだよ?」
「楽しいこと? たとえば?」
「たとえば……恋愛とか」
「あるよ」
「えっ」
「人を好きになったことはある」
予想しなかった言葉に、マネは驚き、
「え、カイじゃないよね」
と、勘違いなことを口走る。
「ふざけんなよ」レンが笑いながら言い、「ま、勘違いされることもあるけどさ」と付け加える。
「誰?」
「マネの知らない人だよ」
「告った?」
「告れないよ。そのうち恋人ときてたからなあ」
レンはライブ会場に、ふたりのシーンを思い浮かべる。ファンの人? と質問するマネに、レンが頷く。
「今もライブにくるよ。でもさ、結局私は恋愛より、バンドを選ぶと思う。恋人ができても、圧倒的に海叉たちといる時間の方が多いんだもん。……そっか、ある意味不幸ってこれのことか。そっか」
「そうだよ、レンが不幸というより、レンを好きになった人が不幸。レンは恋人より、カイを選ぶんだよ」
マネは間違いないという顔で、不敵に笑う。
「そういうことになるね」
妙に納得するレンがいた。