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黒い滲は夜に模られ。  作者: 遠道日影
4/20

PIECE3 L(in)χ

 慌ただしく撮影が終わり、ランチタイムを優雅に破滅中のLinχ(リンクス)の四人がいた。

「このあとどうする? 開演まであと六時間もあるよ」

 リーダーである海叉(カイサ)がメンバーに言葉をかける。

 レンは、水でご飯を流し込み、胸元をドンドンと叩きながら壁の時計を見る。返事はしない。

 テーブルに並んだ中華料理を見て、それらが石井からのもてなしだとわかると、レンは、「私、石井さん好きだな」と目を細めた。

「あんなに文句言ってただろ」

 海叉は呆れながらも、レンの切り替えの早さにはいつも感心する。ライブ直前にケンカをしても、ステージ上で引きずることはなく、ときには笑い話として場を盛り上げる。基本、メンバーの仲は良いのだ。

 海叉は、今一度確かめる。

「ねえ、みんな聞いてる?」

 食べたことのない高価な料理を前に、レンたちの闘争心が火花を散らしていた。ここにいる誰もが敵、といわんばかりに相手の様子をうかがいながらけん制し合っている。

 海叉の言葉に返事をしている場合ではない。全員、食べるのに夢中で先のことを考える余裕はないのだ。

 しょうがないな、と海叉は目の前の料理に箸を刺した。とたんにほかのメンバーは食べるのをやめ、いっせいに海叉を見た。

「それだけは、最後だろ」

 口の周りを油でテカらせながら、獣のレンが怒りを吹く。海叉の突き立てた箸の先で、高貴を纏う黄金色の光がきらりと輝いた。

 時が止まったのか? と海叉は目だけを動かし、あたりを疑う。静寂の中、ごくり、と海叉の喉が鳴った。

 カチ、カチ、カチ……

 秒針音がかすかに聞こえてくる。どうやら時は動いている。獣たちは今だ微動だにしない。重圧な視線に絶えきれず、海叉はそうっとフカヒレを離した。

「しかし豪華だな」

 平穏の訪れた食卓に向かって安堵の声を漏らしたのは郁巳(イクミ)、通称グミだ。グミは、箸でつまんだエビチリのエビを、満足げに見つめてから喰らい付いた。メンバーの中で一番の食いしん坊だ。身体も人一倍大きい。優しさも人一倍あると自負している。歳の離れた兄の影響で、幼いころからなんとなくベースに慣れ親しんできた。

「今日だけだろ」

 まだ、安心はできない、とばかりにフカヒレから目を離さず、奈愛(ないと)が警告する。奈愛は、レンと海叉の幼なじみだ。三人が集まってすることといえば、圧倒的に多いのがバンドごっこだった。レンが歌い、海叉がほうきギター、奈愛は本やごみ箱を並べた特製ドラムセットを棒で叩いた。「はすとーむ」というバンド名をつけ、三人は、海叉の家で毎日のようにライブを開催した。

 海叉の家では、常にロックやハードロックといったジャンルの音楽が流れていた。海叉にとって音楽は、生活の一部になっていた。それは常に一緒にいるレンと奈愛にも大きく影響した。

 奈愛は邦楽よりも、洋楽に興味を示した。気になる曲が流れると、海叉の親に「誰の?」「なんて曲?」と詳細を求めた。飲み込みが早く、リズム感の良さは抜群で、なによりも素直な性格であることから、海叉の両親に将来を有望視されていた奈愛だったが、「はすとーむ」の脱退を余儀なくされる。“小学校入学を機会に転校”という理由の脱退だった。「大人になったらバンドやろうな」という別れ際の約束を胸に秘めて、奈愛は旅立った。

 だが、新しい友達の中に、誰ひとり洋楽好きを発掘することはできなかった。洋楽どころか、音楽が趣味なんていう子どもはいなかったのだ。バンドごっこは、普通の遊びではなかったことを思い知る。家で座布団や枕を並べての練習を欠かすことはなかったが、表向きはゲーム好きを通した。それが同級生と仲良くできる方法だった。

 小学五年生になり、奈愛とグミは同じクラスになった。グミは太っていて、常にグミを持ち歩き食べていた。となりの席になったが、特別仲がいいわけではなく、話すこともあまりなかった。

 ある日、

「奈愛って音楽好きなの?」

 グミがグミを頬張りながら奈愛に問いかけた。

「え、どうして」

 奈愛は驚いた。誰にも自分の趣味を打ち明けたことはない。

「よく机とか足とか叩いて、リズムをとってるから」

 無意識にやっていたことに気付き、奈愛は、はっとしてグミを見た。グミはにこにこして、「音楽いいよねえ」と小さな菓子袋の中にぷくぷくの手を突っ込んだ。

 ふたりの仲は一気に加速した。グミは、音楽に関してとても詳しかった。洋楽だけではなく、ジャンルを問わずアイドルにまで詳しく、しかもベースが驚くほどにうまく、「こいつ、ただのデブじゃない」と、奈愛は初めてライバル心を感じた。それから本格的に音楽に取り組む決意をし、レッスンを受けるようになった。 

 ふたりは中学生になり、同じ音楽部に入った。グミは、自然と体が引き締まっていったが、あいかわらずお菓子は持ち歩いていた。部活では、単調な流行歌を無難に演奏して、学祭をこなすだけだった。ふたりには物足りなく、グミは、お菓子をつまみながら、「バンドやりてえな。なんとなくだけど」と呟いた。奈愛は、ふと「はすとーむ」を思う。いつだって心にある思い出だ。

 一方で、解散の選択などまったくといって持ち合わせてないレンと海叉は、小学校入学のお祝いに、ギターをプレゼントしてもらった。将来音楽界で活躍するのを見るのが、海叉の両親の夢でもあった。

「どうせすぐ飽きるだろう」とレンの父親は、庭先のチリを海叉から譲り受けたほうきで払う。ほうきの柄には、


 はすとーむ ギター カイ


 とサインがしてある。「ギターが欲しい」というレンの頼みを聞き入れなかった父親に、海叉はひとりで現れて、

「俺が責任を持ちます、将来一緒に音楽をやりたいんです」

 と、まるで結婚の承諾を得にきた男のように頭を下げた。チリを掃くほうきの音が、むなしく響き渡る。

 奈愛がいなくなり、レンと海叉は、ふたりで音楽をやろうと決意を新たにする。お互いの名から取ったLχ(ルクス)というユニットで、小学生のうちから、ステージに立った。経験を重ねたLχは、中学生のときにはすでに注目される存在となっていた。

 そしてふたりとふたりは、偶然同じ高校に入学し、Linχを結成したのだ。

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