PIECE2 スタアトチテン
Linχリンクスのメンバーは、SOUND軸兎館という楽器店に集合していた。音楽教室やスタジオも併設され、ライブハウスも運営し、全国各地にも展開している。
月に一度開催されているイベント『distort♠ꓤamp』は、通称トートと呼ばれ、ネット配信を行い、評価によりステージでのライブを手にすることができる。ランキング上位になればデビューの道も夢ではない。
ライブ当日、ライブハウスの大きさに、Linχのメンバー全員が圧倒されていた。今までの呼吸困難におちいりそうなスペースとはわけが違う。レンはステージに立ち、まわりを見渡した。なにもかもが遠い気がした。ギターの海叉までの距離、ベースのグミまでの距離、ドラムの奈愛までの距離。客席との距離。次に天井を仰ぐ。様々な照明器具が並び光が降りている。壮大な星空だとレンは思う。最高の環境だ。だが、レンはうつむき、スカートの裾をつまんで不満気に言った。
「制服じゃないとダメですか」
レンの声がマイクを通り響き渡る。レンは自分の声の残響に驚く。
本来、出演を予定していたバンドのメンバーが捕まり、そのピンチヒッターとして抜擢されたのがLinχだった。まだ配信用の動画がなく、ライブ開演までの時間、午前中のうちに動画を撮り、配信することになったのだ。「制服着用」というトート側の条件にレンは乗り気ではなかった。スタッフの石井は、
「高校生だからこそ、いいんじゃない」
と決して譲らない。
レンは、
「こんなのを売りにしたくない」
と主張する。
「上に行くとはそういうことだ」
たしなめられて、レンは黙る。見兼ねて海叉が口を挟んだ。
「石井さん、動画のときだけでもいいですか。ライブの時のレンは、女じゃないすよ。今までスカート履いて歌ってるのなんて見たことないし、客もひきますよ。それに、俺も気持ち悪い」
レンは複雑な気持ちで海叉を睨む。石井はわかった、それでいこう、と譲歩する。
「レン、足、上げるなよ」
海叉はレンの視線を無視して注意する。ギターのチューニングに余念がない海叉に向けてレンは言った。
「今日、かわいいパンツだよ?」
「どうせ俺の部屋から盗んだ下着だろ」
「正解! カイパンだよ、カイパン」
レンの声がマイクを通してまた会場内に響き渡る。
「……始めようぜ。お願いしまーす」
海叉が挨拶し、ようやくLinχの演奏が始まった。
「あいつら緊張とかしないのかな」
石井が笑いながら、まわりのスタッフに話しかけた。
「慣れてるんじゃないですか? 子どものときからやってるやつらだし。石井さん本当にLinχ初なんですね」
「こんなに広い会場は初めてだって言ってたぞ。なんで今まで地元の狭いハコだけでやってきたんだろな。どこに行っても通用するだろ」
「学業優先だそうで。高校卒業するまでは地味に活動したいって。あと一年で卒業だし、ようやく、ユガさんの説得に応じたみたいです」
「ユガの説得ね」石井が困った顔で笑う。「あいつ、ずっと言っていたもんな。Linχって」
「最初に紹介したのはイチルです」
「そうだったっけ」魂を掴まれたようにLinχに釘付けになっていく石井は、「神壱……超えるかもな」と呟いた。