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黒い滲は夜に模られ。  作者: 遠道日影
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PIECE19 偽色ギミック

 赤いリストバンドの両端に、丸鋲が整然と打ち付けられている。中央の座付金具には、太いリングが装飾され、見るからに重そうな遺失物が玉根あいかの手元にあった。

 遺失者は判明している。間違いなくレンだ。どこにでも自分の物を置いて、そのまま忘れてしまう性質を持っている。そして、それはいつも幼なじみである海叉(カイサ)に届けられた。

「レンならあそこにいる」

 海叉の視線が、レンとシアの姿を追う。靴箱前に集合していたLinχのメンバーも一斉に同じ方向を見る。弾けるような笑顔と声が、置き去りのリストバンドを鈍く撫でていく。遺失物を引き取るべく、海叉は腕を提供した。

 マネはリストバンドを巻き付けながら、「受験が終わったらライブに浸りたいよ」と嘆いた。大学に合格するまでライブ禁止、とレンから言い渡されている。

「行けないほうがストレス溜まりそうなんだけど」

 そう愚痴をこぼすと、グミが「こっそり来ちゃえばいいよ」と誘惑した。行っちゃおうかな、とマネは目を輝かせる。無理だと言わんばかりに海叉が釘を刺す。

「あいつの目の良さ、知ってるだろ? まるで会場を切り取ったように覚えてるんだから」

「レンの目と耳は異常だよ。あれはもう特殊能力。俺の2.0オーバーの視力がなんかかわいそうなレベル」

 奈愛(ないと)が自嘲気味に言う。

 海叉は拘束された手首を見つめながら、

「音楽にだけ特化した才能を持って産まれてきたんだから仕方がない。少しでも勉強に生かされれば良かったんだけどな」

 と残念がった。

「いいんだよレンは。それに私、楽しかったんだから。もう教えることがなくなって寂しいよ」

 ホントに楽しかった、マネはもう一度繰り返し、「じゃ、またあしたね」と去って行った。

 入れ替わるようにももがやってきて、全員で昇降口を出る。

 陽射しはもう夏の強さではなく、その短さを海叉は惜しんだ。気付けば、高校生として最後の夏だったのだ。永遠ではないとわかりきっていたはずなのに、あまり意識をしたことがなかった。学校生活に終わりがくる。クラスメートと話したり、メンバーと一緒に帰ったり、普段なにげなくしていたことにも限りがある。いつもとなりにいたレンが数メートル先にいる。変わらないことなんてないのにな、海叉は振り返る。マネの痕跡はもう無く、感傷的にリストバンドを見つめた。

「どうしたの?」

 奈愛が声をかける。

「いや……。アタリマエに思ってた日々がアタリマエじゃなかった」

 言葉の意味がわからなくて奈愛が困惑していると、校門の向こう側から、レンの声が聞こえてきた。

「勝手に撮らないでください」

 怒りを含んだ口調だ。なんだ、なんだ、とグミが早足になり、校門前を覗いた。海叉と奈愛、ももが顔を見合わせあとについた。

 レンのしかめっ面は、無精髭を生やした男に向けられていて、その横でシアがうつむいている。通り合わせた生徒たち数人が立ち止まって見ている。男の身なりはヨレたTシャツにカーゴパンツと、飾り気はないが、手元のカメラは高機能を盛装している。

「シアと一緒のところを撮られて怒っているみたいだね」

 グミが解説する。「シアが絡んでいるのか、面倒だな」と海叉が心の中で毒づいたと同時に、奈愛が、「萌佳(もか)、シアを頼む。校内に連れてって」と、ももに指示を出しながら歩き出した。

「狂犬とたぬき、行っちゃったよ、どうする?」

 グミが臨戦態勢でリーダー・海叉の指示を仰ぐ。

 奈愛は普段とても穏やかな性格をしている。誰もが奈愛のことを温厚な性格だというはずだ。だが、ユガだけが、あいつは狂犬だから気をつけろと忠告していた。海叉にはよくわからなかったが、以前、ももとのことで他校生徒にからかわれ、殴り合いのケンカをしたのを見て納得した。奈愛は一度、停学処分を受けている。中学校が同じだったグミに言わせれば、二度だ。

「今、問題起こすわけには行かないから大丈夫だろ、さすがに」

 トート側からも、デビューに向けて問題を起こさないよう注意されている。石井には、くれぐれもマスタアドのようにはなるなよ、と念を押されている。

 奈愛はシアを庇うように男の前に立ち、ももが「こっち」とシアを引っ張った。ももに抱えられるようにして海叉の前を通り過ぎたシアは、明らかに顔色が悪く、怯えていた。

「要件はなに」

 奈愛は男を睨んでいる。男は辺りを見回して、

Linχ(リンクス)勢ぞろいですか。中原さんと友達かな? いろいろ聞かせてくれません?」

 と言いながら名刺を渡す。奈愛は名刺を見ながら「イソギンチャク」とつぶやいた。

磯木銀弐(イソギギンジ)、です」

 奈愛は、男の名を復唱し気付く。

「ああ、あんたがギギか。マスタアドの腰ギンチャク」

「嫌な異名がついたもんですねえ」

「ようやく普通の生活を取り戻した女子高生追いかけて恥ずかしくないの?」

「もちろん、プライベートは尊重しますよ」

「あんたの記事が確かだったことなんて一度もないだろ」

 ギギ、と呼ばれて、Linχのメンバーも男が誰なのかを把握した。あだ名の成り立ちがももと同じ形式で、ももが嫌がっていた。

「ユガ君は、私の記事を楽しんでくれますからね。私も楽しいんですよ、マスタアドを追うのは。あそこは飽きない。Linχもそうなってくれるなら頼もしいですがね」

「俺たちはなにもないからつまらないと思うよ」

 奈愛が無表情で答える。

「そうかなあ? 現に爆弾抱えてるじゃない」

 レンが首を傾げて「爆弾ってなに?」と聞くが、ギギは答えずに続けた。

「噂では神矢イチルが出所するらしいんですよ」

「関係なくない? なにが言いたいの?」

 と不快感をあらわにしたレンを奈愛が抑える。

「中原さん、最近どうなのかな? 楽しそうに笑ってたけど」

「いいかげんにしろよ、まじで」

 奈愛の顔が変わる。グミが、海叉に「やばくない?」と心配する。いやぁ、大丈夫だろ、と言いつつ、海叉は声を上げた。

「ここ門の外だけど、敷地内なんだよ。あんた不法侵入。出てかねえなら警察呼ぶけど」

 ギギは感心した顔で頷いた。

「Linχはなかなか生意気だな。記事にするのもいいかもなぁ。君は……えっと、ギターのカイ君か。ところで私、こう見えてなかなかフォロワー数多いんですよ」

 人差し指を動かしまくっている。なかなか人をフォローしないユガがフォローしている相手だ。奈愛もそのひとりであり、海叉は、なるほど、ユガさんは狂人しかフォローしないんだと諦めがついた。

「別に好きに書けばいい。俺たちは事実を拡散するだけだから」

 奈愛の言葉に、ギギがふと我に返り周りを見渡した。ぐるりと携帯電話に囲まれていた。グミが動画を撮り初め、まわりにも煽り、その場にいた生徒たちが一斉に動画を撮っていたのだ。

「ここじゃあんたの味方はいない」

 奈愛が薄ら笑いを浮かべていた。ギギは「なるほど」と頷き、

「フォローしましたよ、奈愛君」

 と携帯を仕舞った。すごすごと帰るその背に、奈愛は「返しとくよ」と声をかけると、ギギは片手を挙げた。

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