PIECE1 ⇔黒ク分解
「あの子、レンに似てる」
開け放した窓枠に寄り掛かっていたレンは、顔を上げて、マネの規律的に整えられた指先の延長を探った。
「新入生か。いーな赤のタータン」
ネクタイとスカートの色で学年がわかる。
「レン、赤好きだもんね」
ショートヘアーをアッシュに染め、首にチョーカーをつけ、腕にはリストバンドをし、エンジニアブーツを履いている。女の子二人に挟まれているその新入生は、スカートを履いていなければ、男子生徒にも見えるだろう。
「似てるかな」
レンは窓から両手をだらしなく放り出して呟いた。黒髪に赤のメッシュが入った毛先が風に歌う。
「あの子、絶対レンのファンだよ」
マネが自信有り気に言い切る。
「どうかな」
レンは小さく首をかしげて、バカでかく口を開けてあくびをした。ちょうど名前を呼ばれ、気の抜けた虚ろな目を、声の主、海叉へと向けた。レンと海叉は、同じクラス、家も隣同士で、兄弟のように育った仲だ。幼いころ、遊びで始めたバンドのまねごとも、今では共通の夢を掲げるほど真剣に取り組んでいる。
「ライブ決定したから」
「いつ?」
問いながら、ピアスに汚染されたレンの耳がひくついた。
「明日」
「はあ?」
「穴が開いたとかで、やってみないかって誘われたんだ。もうOKした」
「まったく、急過ぎなんだよな、いつも」
呆れながらも、目をらんらんと輝かせたレンを見て、
「まるで獣だな」
と海叉は笑った。
同級生と別れたあと、シアは屋上に来ていた。憧れのレンがいる高校に入学してから一ヶ月が過ぎた。校内で何度かレンを見かけたが、声をかけることができず、ただ遠くから見ているだけだった。昼どきになると、レンのバンドLinχのメンバーが集合するという屋上に、昼ではなく、放課後に足を運んだ。
広い屋上を見渡した。柵の向こうには、都会の街並みがひしめいている。ふと、向かいのビルになにか止まっているのが見え、シアの意識が引き止められる。
「蝶だ」
巨大な蝶が雑踏の中に紛れ込んでいる。羽は宝石のようにきらきらと輝いている。その毒々しい赤は見るものの心の奥を塗り浸透してゆくのだ。
シアはその蝶に、レンの蝶を重ねた。
同じクラスにもLinχのファンがいる。話をすればするほどにクラスメートとは心の中が孤立した。自分はみんなとは違う。「好き」という気持ちの種類が違い過ぎると思えてならなかった。
シアは、ベンチに座り、背もたれに体を預け空を眺めた。レンもこうして空を見ているのかもしれない、そう思うと、ここから見える空がとても愛おしいものに感じた。
レンに憧れて、レンの通う高校に入学したシアは、中学生のときにLinχを知った。ひと目見たときから、レンの歌も、声も歌詞も、シアの生きる線となった。
Linχは月に一度、必ず出演しているライブがあった。シアの家からライブハウスまでは、電車で一時間ほどだが、心配性の兄が、ライブハウスで働いている友人に頼み、シアを必ずカウンターに座らせるようにと頼んでいた。シアはいつも兄の友人に監視されつつも、言われたとおり決められた位置に座り、レンを見つめた。
当時のシアは、着る服などどうでも構わなかった。髪をふたつに束ね、学校ジャージでいたのは、なるべく目立たない服装でいたかったからだ。月に一度、レンと空間を共有するということだけが、そのときのシアのすべてだった。
今は、レンに見て欲しい、レンと同じでいたいという思いでいる。
高校入学が決まり、シアは髪を短く切った。注目の高校生バンドとして雑誌に取り上げられていたレンの制服姿に憧れた。制服を着崩し、アクセサリーを身に着け、ブーツを履いているレンは、恰好良かった。『スカートは履きたくないけれど、ロックファッションの一部だと捉えている』という言葉に、シアはためらうことなく制服を身に纏うことができた。レンと同じようにアクセサリーを身に着け、ブーツを履いた。
自分は変われたはずだ。前の自分じゃない。それなのに。
それなのに、話かけることができなかった。校内でレンの姿を目にすると、思わず身を隠した。
「なにをやってんのかな、ボク」
大きなため息をつき、視線を落としたシアの目に、ふと、落描きが飛び込んできた。
赤い蝶だ。レンのギターのボディーに、朽ちた羽の蝶が描いてある。レンの右手首にも蝶のタトゥーが彫られている。同じものがベンチの隅に描かれていた。
「LENの蝶」
シアはカバンからペンを取り出した。
5月2日(火曜日)
ライブに行くたびに緊張する。レンの歌声を聞くたびに体が震える
ステージ上のレンは退廃した感情を紡ぎ出す
“Lose the light”のウタに導かれて、ボクは今、ここに生きている
ボクは蝶となり、朽ちた羽を持って底に来た
どうか掴まえてほしいと願うんだ