PIECE18 滲ノ跡
それは、『放課後のサイレン』と呼ばれた。ドアを勢いよく開け、階段をドタバタと降りる。すれ違う生徒へのあいさつ、たわいない冗談に豪快な笑い声。緊急車両が通過していくかのようなレンの騒がしさは、昇降口で待つシアにも聞こえてくる。クス、とシアの口元が緩んだ。
開け放しの扉から風が入ってきて、シアの灰色がかった髪先を撫でていく。暗がりの校舎の隅で、シアは指先で髪を整えながら、扉の先の光を見つめた。キラキラとした眩しさは、手の届かない存在のようにそこにいる。警報は情緒的に響き、シアの心を揺らした。
「お待たせ」
レンがとびきりの笑顔で登場する。シアは、嬉しさと照れくさいのが混じり合った結果、「暑い」と口を尖らせる。
「だね」
レンがうなずき、ふたりはそれぞれの靴箱に向かった。シアは靴を取りながら、暑いの平気なくせに、と呟いた。
「なんか言ったあ?」
靴箱の向こうからレンの大きな声がする。レンはとりわけ耳がいい。
なにも。
シアは静かに返事をして靴を置いた。足を通してバックストラップをパチンと閉める。きっと靴を履く音も、レンには音階で届いているのだろうと、シアは思う。
校舎を出て、ふたり並んで歩き出す。この瞬間がシアは好きだった。レンの特別な存在という優越感に安心することもできた。
「今度の木曜日、バイトの休み取ったよ」
シアは報告する。
「ほんとに!? うちの家族、喜ぶよ。ごめんね、お礼したいからってうるさくてさ。迷惑かなとは思ったんだけど」
「ううん。全然。ずっとうちに泊まってるし、そりゃどんなやつだろって気になるよね。でも、どうしよう、緊張するな。ちゃんとした格好していったほうがいいかな」
レンは笑いながら、ちゃんとした格好ってなに? と聞く。シアはなんだろ? と笑い返す。
「シアはシアのままでいいんだよ。ちゃんとしていてもしてなくても、どっちでも好きだけどね」
レンの言葉に、シアの胸が高鳴る。嬉しくて照れくさくて頬が赤くなるのが自分でもわかった。暑い陽射しのせいしてしまいたかった。
9月6日(水曜日)
いつだって心が逸る。鼓動がレンにも伝わったとしたら、ボクの想いはどんなふうに鳴り響くのだろう。色褪せることのないよう、歌にすれば永遠になれるのかもしれない。だけど、ボクの言葉では足らなすぎて、未完成の歌が彷徨うだけだ。
距離は近いのに、レンは、遠い。レンに一番近い距離のはずなのに、遠いんだ。
真っ青な空がどこまでも続いている。レンのあとを追う。レンのあとを想う。
ボクたちはどこまで続いていられる?
永遠でないことを、ボクは知っている。




