PIECE17 温存白書
彼女お手製の弁当を食べ終えた奈愛が、脱いだシャツをベンチの上に敷き寝そべった。雨の日や寒い時期以外は、昼食を屋上で食べるのがLinχの日課になっている。
グミはいつもの食後のおやつを取り出して、パンの袋を開けながら言った。
「夏休みが終わったとたん、クラスん中が妙な緊張感なんだよな、なんとなく」
「俺らのクラスはまだ呑気なもんだぜ、な、レン」
「私のクラスも……水面下では進学……とか就職……とか結構ぴりぴ……してる……よ」
牛乳飲みながら話すのやめろよ、言い終えると同時に携帯の着信音が鳴り、海叉はメールを開いた。
「あ゛」
濁った言葉を発して海叉が固まった。奈愛が、どーしたんだよ、とバグった海叉に視線を向ける。
「音'ZONE出演依頼だって」
全国区で放送され、音楽をやっている者には憧れのテレビ番組だ。
……ゴフッ
レンが牛乳にむせる。
奈愛が飛び起きたせいで、そばに置いていたキャラクターの弁当箱がからんからんと落ちてゆく。
グミがパンを詰まらせ、レンの牛乳を取り上げ飲み干した。
「あ~、私のぎゅうにゅ~」
奈愛は落ち着いた表情で、拾った弁当箱をキャラクターの巾着袋にしまい、シャツを着て、きちんと座り直してから言った。
「もう一度お願いします」
空になった牛乳瓶をレンに渡したグミと、空瓶を受け取ったレンが、同時に海叉を見る。
海叉は携帯の画面を見せ、「音ゾ、出演依頼、だって」と、改めて説明した。
「デビューしてないよ?」レンが首をかしげる。
「m.Adもデビューしてないけど、出ただろ」
海叉の言葉に「ああ、確かに」と納得する。
グミが「なんかデビューしてる感あるもんな」と言うと全員うなずいた。
「私、美容室行ってくる」
レンは毛先をつまむと、
「俺服買おうかな」
と、グミはシャツの裾をつまんだ。
「待って」
奈愛が、先走るふたりを止め、「また制服かも」と冷静に分析する。
「えー、いやだあー」
騒ぐレンのそばで、ファッションセンスに自信のない海叉は、「俺は制服でいいけど」と小さく反抗してみる。
「絶対にやだ。な、グミ」
意外とオシャレなグミに向けて、レンが同盟を結ぶ。頷くグミと口を尖らす海叉を中立派の奈愛が見守る。
時計を確認した海叉が、「そろそろ戻るか」と昼休み終了を告げた。
「あ、今日私バイト休みなんだ。帰りはシアと帰る。そのままシアの家泊まるから」
「おまえ大丈夫なの?」
質問した海叉に「なにが?」とレンは返す。
「結構な頻度で泊まってるけど、父ちゃんになにも言われないの?」
「うちでは、シア、ひとりで住んで学校行ってバイトもして頑張ってて偉い、みたいな評価になってるよ」
「俺、母ちゃんにどんな子なのって聞かれたから、よくわからないけど友達に慕われてるし、いい子だと思うって答えるしかなかったんだからな」
海叉もレンの両親のことを父ちゃん、母ちゃんと呼んでいる。
「本当のことだろーが」
レンがたてつく。
「どこがだよ!」
海叉が呆れると、
「ふん!」
とレンはそっぽを向いた。
あーあ、マタハジマッタヨ、とグミがつぶやく。レンと海叉の言い合いは日常すぎて、グミと奈愛は食傷気味だ。馴れ合いのようなケンカのときもあれば、取っ組み合いになることもある。
「やめろよ、そのシアみたいな、人を小馬鹿にした態度」海叉がカリカリして言う。「ツアー中はおとなしくて良かったのに、終わった途端クソ生意気に戻りやがって」
「そりゃあ、ユガさんを立てたんでしょうよ」
「ふん」今度は海叉が鼻息を荒くする。
「そういえば」思い出したようにグミが質問する。「シア、ユガさんのこと呼び捨てだったよな。どういう関係?」
「マスタアド初期のドラムをやってたのがシアのお兄さんなんだって。で、小さいころからユガさんに可愛がってもらってたみたい」
レンは答える。
海叉とグミが驚く中、奈愛が聞き返した。
「ミクトさんの妹? そうか、中原って言うんだよな……」
「あ、そういえば奈愛、マスタアドのドラム頼まれたとき、ミクトさんに教わったんだっけ。意外と繋がってるんだな」
と、レンが感慨深げにうなずく。奈愛がなにか考え事をしているかのように見えた海叉は、
「どうかした? 奈愛」
と声をかけた。
「いや、なんでもない」
奈愛は答える。
レンとグミが選んだ揃いの服で、音'ZONEに出演した。学校での取材の様子も映り、校長やマネも登場した。
それぞれが緊張した面持ちでテレビを見届ける。
レンの母親と妹は、海叉の家に集合していた。壁にはガーランドが飾られ、食卓には手作りの料理が並び、まるでパーティーのように賑わっていた。ひとり取り残されたレンの父は、家に誰もいないことを確かめてから、そっとリモコンのスイッチを押した。
奈愛はももを家に呼び家族と、グミはバイト中、店長やバイト仲間とテレビの前に集まった。店長は、レンのファンであり、レンが映るたびに歓喜している。
シアは「映さないでって言ったのに」と愚痴をこぼす。「ええ! どこーっ?」と驚くレンに、「わからなかったら、いいよ」とため息をついた。
マネは、Linχの良さを的確に伝えられなかったことを反省する。校長は満足げに頷いた。
机の上は雑誌や書類が積み上げられ散乱としている。飲み終えたビール缶があちこちに放置されている。灰皿もあふれかかってはいるが、また一本の煙草がねじ込められた。
たまたま目にしたテレビ番組だった。無精ヒゲの口もとがにやつき、独り言ちた。
「みーぃつけた」




