PIECE16 たぬnight
会場に着くと、慌しく打ち合わせが始まり、シアはひとりでホテルの部屋に取り残された。夜景の瞬きは虚しく心を射す。窓ガラスに映る自分の顔を睨む。そこに映るのは、まだ女の顔。ボクはまだ何者でもない、とシアの心は渦を巻く。
ノックがして、開けると奈愛の彼女、ももが飲み物とお菓子を手に、にこにこして立っていた。
「寂しいから一緒にいよう」
ももは言った。
「奈愛にもそんなこと言うの」
「言うよ。どうして?」
かしげた顔を見て、本当にたぬきみたいでかわいい、とシアは思う。
「レンは、寂しいとか会いたいとか、好きだとか言わないんだ」
「言わなそう」
考えるたぬき。オレンジジュースを飲むたぬき。チョコスナックをほお張るたぬき。くるくる変わる表情を、シアは楽しんだ。同じ年齢だと知って、気兼ねなく話もできた。
「レンの頭の中はLinχしかないんだよ」
「そんなことないよー。レンちゃん歌う直前、ネックレス握り締めてた。鍵の形の。それをギュウッと握り締めてからステージに向かったの。お守り? って聞いたのね、そしたら恋人に貰ったって言って、すっごく幸せそうな顔してた」
シアは、自分のことを恋人と紹介してくれたことに幸せを感じていた。
「あとね、あと、レンちゃんが今までしてたパワーストーンの色が変わってた。シアちゃん、今つけてるの、レンちゃんがしてたやつでしょ」
「あ、これ?」
いくつか付けたブレスレットの中にひとつだけ数珠がある。色や意味などに興味はなく、色に惹かれて衝動買いしたものだ。偶然にもレンの腕にもひとつだけ赤のパワーストーンが巻き付いていた。手を繋いだまま交換した。
「ラブラブだねーって言ったら、うん! って」
「そうなんだ……」
シアは嬉しさを噛みしめる。ももみたいに素直に表情に出して喜べたらどんなにいいかなと考える。
「みんな優しくて面白くて、いい人たちだよ。シアちゃんも楽屋とか打ち上げとかくればいいのに」
「うん。いい人たちなのは知ってる。でもつい生意気な口利いちゃうんだよね」
「奈愛が、本当はいい子なんじゃないのかなって言ってた。だから今話してみて、それがすごくわかってよかった」
ももはにっこりした。シアの顔にも自然と笑みがこぼれた。不思議だと思った。ももといるとすごく穏やかな気持ちになる。奈愛と似ているのかもしれない。とも思う。
レンが部屋に戻ると、上機嫌のシアがいた。
「ももとたくさん話した。ももの夢はLinχが日本一のバンドになって、一番の大きな舞台で演奏することなんだって。Linχの幸せが奈愛の幸せで、それが自分の幸せに繋がってるって言っててびっくりした」
いつになくシアは饒舌だった。屈託なく笑うシアを見て、レンの疲れは一気に吹き飛んだ。
「まずは一歩。明日は絶対に成功させるよ」
「ボクもLinχの夢が叶うことを夢にするんだ」
シアは、レンを背後から抱き寄せた。
8月4日(金)
また嘘をついた。
ボクの夢は…
ボクはももみたいな生き方なんてできない。
だからもうボクは夢を見ない。
〈滲む夜景の切れ端に
曖昧な可能性を誓う
ガラス越しに映る君の唇が
アイノコトバヲササヤイタ
光りの残像が鼓動を確実に破壊する
僕を狂わせる熱さを持って
damage〉




