PIECE15 焦げゆく点
チケットの両端をしっかりと掴み、シアは見つめていた。
「どうしたの?」
隣の席に落ち着いたレンが声を掛ける。
「わかってはいたんだけど、当然いるよね。というか、あんまり認識してなかったかも」
「なにが?」
シアにはLinχしか焦点が合っていない。シアフィルターを通すと、世界はレン以外霞がかっている。
「m.Ad」
チケットに記されたマスタアドの文字に向けて、シアはつぶやく。結成された当時は英語表記だった。香辛料であるマスタードの意味は含んでいない。略して書くとマッドになり、古くからのコアなファンや、特にユガに傾倒するファンほどマッドと呼称するようになった。シアの場合は、前者だろう、レンは推測する。
「ユガさんと知り合いだったの?」
「ボクの兄貴が、m.Adのドラムやってたんだ」
「えっ」
レンの大きな声に、まわりが「どうした?」と注目する。最前席に座るシズクが、ミーアキャットさながら立ち上がって様子を窺っている。
「なんでもないっす」
レンが慌てて首を振ると、猛獣たちはまた自己主張を吠え、シズクの声がマイクを通して「テス、テス」と響き渡った。レンは、シアへの質問を再開する。
「いつの?」
「初期のだよ」
マスタアドのドラムは何人か入れ替わっているが、初期のドラムだけが、唯一のメンバーとされている。
「兄貴のこと知ってるの?」
「わかるよ。私達ライブ会場で会ってるかもしれないね」
「かも。ボク小学生だったけど」
「シアの小学生?! どんななんだろう」
「どんなって……普通だよ」
シアが笑う。
「じゃあ、マスタアドみんなの小学生時代とか知ってるの?」
「うん」
「えー!」
またバスの中にレンの声が響き渡る。レンの声はよく通るのだ。
「あー、ごめんごめん」
レンは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「レン助、お前、マイクいらねーな、ホント」
マイクを持ったシズクが呆れている。レンは「パワフルが取り柄のLinχですから」と釈明する。
「バスガイドのシズクです。歌います」
いきなりLinχの曲を歌ったが、
「へたくそー。ひっこめー」
と野次られ、マイクの取り合いになり、バスの中はちょっとしたライブ会場と化した。
そんな中、レンとシアは手を繋いだまま、寄り添い眠りに落ちていた。
「ね、カイ見て。シアの寝顔が」
奈愛が前の席に座る海叉の肩を叩く。
「なに?」
「すげー美少女。いや美少年というべきか」
海叉が振り向く。
「ほんとだ。顔は綺麗なんだよな、顔は」
そう毒づいて、ふたりの寝姿を写真に収めた。
「シア自身が無垢なんだと思うよ」
奈愛の言葉に、海叉は黙ったまま切り取られた画像を見つめていた。




