PIECE13 7月6日のLEN
時は狂いなく、そこにいる。手を伸ばそうとも掴むことはできない。
時は、いる。長針をぐるぐると逆回転させて、ボクを惑わす。
「狂ってる」
ボクは独り言ちた。
油断をすれば引きずり込もうとする。自分の意志で進まなければ、間違いなく飲まれてしまう。濁った水のように循環が出来なくなって、朽ちていくことになる。一刻も油断は出来ないのだ。
それなのに。
レンは狂いなく、先にいる。
ボクだけを置いて。
レンは時と添い、進んでいる。蝶のようにひらひらと舞い、飛んでいく。ボクは手を伸ばす。
……もう、届かない。
秒針は、残酷にボクを切り刻む。
赤い光りは眩し過ぎたんだ。
アラームを止めて、レンは時間を確認する。シアは一瞬だけ起きたが、また眠りについた。レンは起き上がり、出かける準備を初めた。
またアラームが鳴る。もぞもぞとタオルケットのかたまりが動いて、手が伸びる。その指先が届く前に、アラームが止んだ。レンが止めたのだ。タオルケットからシアが顔を出す。
「おはよう」
レンの笑顔が眩しくて、本当は踊りたいほど嬉しいのに、シアは低いトーンで、「おはよ」と返す。カーテンと窓は開けられていた。風はひとつも入ってこない。暑い、シアが呟いて、せわしなく動くレンを見つめる。憧れた人が目の前にいるのだ。目の前にいて、黒いTシャツに着替えたり、膝が擦り切れたデニムを履いたり、赤いスタッズのブレスレットを巻き付けたりしているのだ。
「見過ぎだよ」
そう言ってレンは笑った。
そう言ってレンは笑うけれど、一秒だって、目を離したくない。だって、知らなかった。レンの履くダメージジーンズは、オシャレなんじゃなくって、本当に使い古しでなったもの、とか、パンツはカイのを履いてきたりだとか(たぶん新品だろうけれど……新品だと思いたい)、お風呂上がりパンイチとか、脱いだら脱ぎっぱなしとか、そういう男の子っぽいところとか、誰も知らない一面を知れることがたまらなく嬉しいんだ。(カイは知ってるのかもしれないけれど)
レンは携帯画面を見て時刻を確かめた。スクリーン画像に、愛用のストラトが鎮座しているおかげで時計は見づらい。小学校に入学するとき、入学祝いでギターを買ってもらえることになった。ギターのことはよくわからなくて、海叉と同じレスポールにしようと決めていたが、レンは店先に飾ってあったギターの前で一歩も動かなかった。海叉いわく、その瞳はキャンディアップルレッド色に染まりキラキラと輝いていたという。
「そろそろ行かなくちゃ」
そう告げて、レンは、ギターケースを抱えた。バイトが終わったら練習がある。バイト先もLinχを応援していてくれていて、休憩室には、レンとグミの楽器が並ぶことになる。
シアは、レンの腕を掴んだ。「もうちょっといて」と、だだをこねた。
「バイト遅れちゃうよ。試験勉強で休んじゃったから、遅刻するわけに行かないよ」
わかってる……そう言って、シアは手を離した。
7月6日(木曜日)
帰らないで
そう言ったら、レンはボクのそばにずっといてくれるだろうか
なにも要らない
レンがいれば
だけど
Linχはレンの生きる場所だ
ボクではない
ボクは、レンでしか生きれないのに




