PIECE12 クマレンジャー(青)
開け放された窓からは、雲に遮られながらも、確かな陽光が入り込んでいた。ベランダの手摺りを蹴って、小鳥たちが跳ねていく。午前中まで街が濡れていたことなど忘れているに違いない。束ね損ねのカーテンの裾が乾いた空に向かって羽ばたくが、レールは毅然と敷かれている。カーテンはまた、元の位置に舞い戻った。
時折、誰かしらの携帯から何かしらの着信音が振動とともに響き渡る以外は、平穏が保たれている。教室の中央には、机が二台ずつ向き合う形に集められ、四人の特殊部隊は、迫りくる困難に立ち向かっていた。
“もう俺はだめだ……先に……行ってくれ……”
“だめだ、レンを置いては行けない”
“いいんだ……グミ……この壁は、俺には高すぎた”
獣偏は、武器にするには有効すぎたのだ。
レンは、自分の名前から、レを取り出し構えるが、獣偏には到底敵わない。「犭」は弧を描きレンを一撃し、「レ」がカランカランと大きな音を立てて音楽室の床の上を転がっていく。負傷したレンの口元から、鮮血がポタポタと落ちていった。
レンは、バタン、と机に突っ伏した。
「おいだめだ、お前、すぐ寝……」
海叉が慌てて声をかけるも、
“隊長、もう……”
レンの呼吸を見届けたグミが首を振る。
「寝かしといてあげよう」奈愛がにこやかに頷く。
「甘いなあ」海叉の手の上で、レモン柄のシャープペンシルがくるりと回る。レンが気に入って買った物だったが、いつの間にか海叉のペンケースに紛れ込んでいた。「レンが補習を受けることになったら、イベントどころじゃないんだぜ」
学期末テストまであと二日だ。今回は、夏休みの特別なイベントがある。今まで以上に忙しくもなるし、泊りがけにもなる。補習を受けている余裕はどこにもないのだ。
「なんだかんだ言って、いつもクリアしてるじゃない。……ギリギリだけど」
そう茶化すと、グミはカバンの中から水筒と、おやつのグミを取り出した。
海叉もシャーペンを置き、机脇に下げていたカバンから水筒を出しながら言った。
「今まではマネが教えてくれてたからな」
大学受験を控えたマネを気遣って、レンは自立宣言をしたばかりである。宣言をしたものの、不安要素は多すぎて、こうして、部室にメンバー同士が集まって、レンに勉強を教える日が続いている。試験前の一週間は、部活が休みになるため、勉強会として最適の場となった。メンバーの部活は、音楽部であるが、多忙のLinχが全員揃うことはなかなか無い。それでも、Linχの影響で部員数は多く、活気付いていた。
「最近、疲れてたみたいだし」
伸びをした奈愛が擁護すると同時に、メッセージの着信音が鳴る。奈愛は指を弾ませて返事を返している。相手が彼女の『もも』からだということは、メンバーにはわかる。
レンの寝息が聞こえてくる。グミは開いたレンの口に、グミを突っ込んでいる。「う~ん」もぐもぐしながらもレンは寝ている。奈愛がメールし終えたのを見計らって、海叉は、先程の会話の続きを繋げた。
「疲れてるのはみんな同じだろ。学校があって、バイトがあって、練習があって」
まあね、奈愛は目の前の席に座るグミに向けて、手のひらを出した。グミは、リアルなマスカットが全面に描かれた袋を傾けた。
氷が慌ただしく水筒の中を駆け巡る。海叉は空になった水筒をバッグに戻しながら、原因がシアにあることに苛立ちを覚えた。最近のレンのヘドロ具合は目に余る。シアがレンの負担になっていることは疑いようのないことだ。
リズミカルなノックのあと勢いよく扉が開き、熊のような体を屈めて入ってきたのは、顧問のクマダだ。レンとグミの担任でもあり、その体躯からクマダ先生と呼ばれているが、本名は今田である。
「頑張ってる? ……そうでもないな」
液体状のレンを見て、クマダは苦笑する。「頑張ってる人だけ食べよう」と、差し入れのアイスを掲げると、レンががばっと起きた。
ソーダアイスを食べると、俄然、レンのやる気がみなぎった。獣偏よりも強いのはアイスだとレンは思う。クマダは、若いころバンドをやっていて、プロを目指したことがあり、Linχに深い理解を示している。
「俺がきたからには、もう大丈夫だ。容赦なくいくからな。覚悟しろ」
レンは、アイスよりも最強なのは、先生だと確信した。




