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黒い滲は夜に模られ。  作者: 遠道日影
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PIECE10 遮られた光

 シアは学校の近くにアパートを借り一人で住んでいる。「進学したい」という言葉に、家族は喜んだ。反対する理由なんてなかった。親から支援はあるが、Linχに関連する物は自分で買いたいと、週に二回、近くのスーパーでレジのアルバイトをしている。接客業なんて自分には無理だと思っていたが、以外にもうまくこなせていた。多少の嫌なことでも、仕事だと思えば割り切れられるし、Linχのことを考えて耐えることができた。

 だが、それ以外はまるきり駄目だった。嫌なことがあると感情を剥き出しにした。レンの前でも、わがままになった。いつだって後悔はしている。だけど自分でもどうしていいのかわからなかった。

 ワンルームの部屋は、殺風景だがきちんと整理されていた。ディスプレイテーブルは、兄のお下がりだ。テーブルの中敷には様々なバンドのステッカーが一面に貼られていた。シアはアクセサリー類を丁寧に並べ、まるでショップの一角のように飾った。ドクロのついたゴツい指輪、アーマーリング、スタッズブレス、チェーンが施されたチョーカー、どれもシアのお気に入りだ。カーテンとレースは赤を選び、ソファーも統一した。レンの好きな色だったからだ。テーブルとベッドの間のソファーが、シアとレン、ふたりの居場所になった。

 レンは、いつものように雑誌を手にして最新号のロックファッションをチェックする。次のステージでの衣装を考えるだけでも楽しかった。ふと、首元のネックレスに触れる。シアから貰ったものだ。シアの首元には、小さめな鍵の形をしたペンダントトップが揺れている。ふと、シアが視界に入る。透き通るような白い肌の横顔には、いつでも陰りが付着していた。黒い羽の千切れた破片は、どこに葬ったのだろうか? レンは、それを拾い集めて、繋ぎ合わせたいと思った。そうでないと……

「レン?」

 ぼうっとしているレンに、シアが声をかける。

「レンって、よくぼうっとするよね」

 シアが笑う。

「あ、それ海叉によく言われる」

 シアの顔が瞬く間に凍りつく。

「ボクの前でカイの名前は出さないでって言ったじゃない」

「ごめん」

 シアは黙る。また、不機嫌にさせちゃったな、とレンは思う。レンは寄り添い、シアの手と自分の手を絡めた。ふたりはいつでもこうして繋がっていた。ケンカをして口をきいてくれなくなっても、シアは手を繋ぐことだけは許してくれているような気がした。シアの手の感触は、男の人とは違かった。ライブが始まる前、メンバーと手を繋ぎ円陣を組むが、シアの手のひらの感触は、やはり女性としてのやわらかさを感じた。いつかホルモン治療を始めたら、シアは変化してしまうのだろうか。この手のひらの感触も変わってしまうのだろうか。

「ねえ、シア。いつか羽が直って飛べるとしたら、どこに行きたい?」

「ボクは、飛ばない」

 横顔のまま、シアは棄却した。

「どうして?」

「直ることはないから」

 言い終わると同時にインターホンが鳴った。シアは立ち上がり、モニター越しにスーツ姿の男を確かめる。シアは、ため息を吐き捨て玄関に向かう。

「くるなら連絡してって言ってるじゃない。友達がいるんだから入らないで」

 シアの怒鳴る声を無視して、男は遠慮なく部屋に入った。

 急に現れた男を目の前にして、レンは身構えた。背が高く、ワンルームの天井が窮屈そうに身構えている。眼光の鋭さに、レンは一瞬、視線を逸らしたくなった。男は笑顔になり「友達?」と低い声を発した。レンは、慌てて正座をして、「こんにちは」と挨拶をする。

「思杏がお世話になってます」

 返事をした男に、シアが、「いいから帰ってよ」と遮った。

「今月分。ちゃんと飲むんだぞ」

 そう言いながら紙袋をシアに渡すと、男はレンに一笑して帰って行った。

「お父さん?」

 答えることなく袋はテーブルの上に置かれた。カチャ、というガラス音がどこか哀しげに空間を裂いた。


 シアは、レンと付き合っていることを、あまり堂々とできない状況に苛立ちを感じていた。とっさに「友達」だと紹介した自分にも腹が立った。一緒にいられる時間もそんなにない。レンはバンドメンバーと過ごす時間のほうが圧倒的に多い。仕方のないことだ、分かっている。シアはいつも自分に言い聞かせていた。Linχは好きだけれど、レン以外に興味はなかった。

 シアはソファーに戻り、紙袋を見つめているレンに気付いて、

「レンには関係ないよ」

 と告げた。そんなことより、そう言ってシアはレンを抱きしめた。さっきまでの不機嫌は、男に向けられている。機嫌が悪かったことなど、シアはすっかり忘れているかのようだった。いつものシアの笑顔が戻っていることにレンは安心した。長いキスのあと、シアの指先がレンの制服の青いリボンをするりと解いた。


 シアが薬を常用していることを、レンは気付いていた。キッチンの隅には空になった瓶が置いてあった。見たこともない言葉がラベリングされていた。シアには、なにかがある。触れてはいけない部分が。遮光ガラスの中の錠剤のように、シアの心は、光りの届かない場所で閉ざされている。それがレンには寂しくもあった。どうして自分を求めたのか、本当に自分を好きなのか、時々、不安になった。

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