世界の終焉
ーーあなたのいない世界など、私には意味のないもの。世界はあなたがいなくても変わらないけれど、私にとってそれは世界の終焉と大差ないわ。
そう言うとあなたは少し困ったように笑う。眉を下げて、子どものワガママに困っている親みたいに。
ああ、そんな顔させたくて言ったわけじゃないのに。いつだって私はあなたにそんな顔しかさせてあげられない。
「ごめんなさい」
「どうして謝るの」
「困らせてしまったから」
また、困ったような顔をする。どうしたら、あなたを笑顔にさせてあげられる?
私の持つもの全てかけたら、何回あなたは笑ってくれるんだろう。
「困っているわけじゃなくて……、違うんだ」
「嘘つき」
「僕は君に……ふさわしくない」
暗い影が顔を隠して、表情が読みとれない。
あなたはその言葉が好きね、と口を開きそうになってやめる。
昔から何百回と聞かされた言葉は容易に覆されないことをとっくの昔に知っているから。
その言葉は、呪いだ。
あなたが口にし出した頃から、だんだんと笑顔が失われていった気がする。
あなたも、私も。
「あなたには、それを乗り越えようという気持ちはないの?」
息をするように自然にでた言葉に自分自身が驚いた。
彼が困り果てることぐらい分かるから、今まで心にしまっていたのに。
彼が、なんてこたえるか想像つくから、怖くて言えなかったのに。
案の定、先ほどよりも困り果てた顔をした彼が立ち尽くしていた。
無言を貫くのが、いちばん分かりやすい答えだわ。
即答してくれたのなら、まだ救いがあったものを。
いつだって彼は私が望んでやまないことを打ち砕いてくる。
それも、無意識に。
私がどれだけあなたを想っているのか教えてやりたいくらいだわ。きっと、また困らせるだけなのは分かっているけど。
「もう、いいわ。分かっているのよ、ごめんなさい」
どうして、そんな悲しそうな表情をするの?
あなたはいつも、そんな顔ばかりするのね。
私といるときは、いつもそうだわ。
ねえ、どうしたら。どうしたら、あなたの笑顔がもう一度見れる?
あたたかくて、優しくて。少し不器用な。春の木漏れ日を思わせる、穏やかな笑顔。
大好きで、もう一度触れたくて。
あの笑顔が見たくて。
もう一度、笑かけてほしくて。
「ごめんなさい」
あなたをそんな顔させてばかりでごめんなさい。
もう、ワガママなんて言わないから。
あなたを困らせたりしないから。
ーー私はあなたのいない世界は終焉だと思うけれど、きっとあなたはそうではないでしょう?
あなたにとって、私がいてもいなくても、世界はなにも変わらないのだろう。
それくらい、ちっぽけな存在だ。
それなら、いっそ。
あなたの世界を変えるほどの存在になれないのなら。
あなたをたくさん困らせて傷つけて、嫌われてしまいたい。
愛しい人になれないのなら、強烈に嫌われてしまって、忘れられない存在に。
記憶に刻みつけて、私という存在を、心の片隅において。
あなたがいなければ私の世界は終わる。
私がいなくてもあなたの世界は終わらない。
でも、少しでも影響を与えられたら。
私の存在に意味があったと、そう思えるから。