彼と少女の攻防戦
年齢差のお話です。
おじさんと少女の攻防戦のような、ゆるい雰囲気です。
先輩後輩みたいに2、3歳違いの話は書いたことがあるんですが、いかにも、っていうのはなくて。
大きな年齢差は今回が初めてです。
イメージは昭和かその前くらいかな、と。
バタバタと騒がしい足音が聞こえて思わず振り返る。こんなに慌ただしい音は一人しかいないから。
「ただいまー!!」
「おかえり。元気いっぱいなのはいいことだが、怪我しないようにな」
「はあい」
騒がしい足音を立てていた人物ーー、それは古い友人の一人娘。生まれたときからその存在を知っていて、自分の娘のように可愛がっているつもりだ。
友人夫妻がしばらく仕事で家を空けなければいけないらしく、学生である娘は残ると言い張り、俺の家に居候しているわけだ。
親ほど歳が離れているので友人はなにも心配せずに娘をあずけた。
別に邪な感情を持っているわけではないが、彼女は少々無防備で隙がありすぎる。
見ていてこちらが心配になるほど。
親がいない間、俺が親代わりなのだ。変な虫をつけるわけにはいかない。
「どうしたの、旦那様? 具合でも悪いの?」
「いや。どうして旦那様などと呼ぶんだ? 君は使用人じゃあるまいし」
「だって、パパが、そう呼びなさいって。軽々しく名前を呼んじゃダメって」
しゅん、と項垂れる姿に手を伸ばす。よしよし、と頭を撫でてやると気持ち良さそうに笑顔になる。
「ねえ、旦那様。旦那様は恋人とか好きな人はいるの?」
「いや、いないが」
「そう! へえ、いないんだ~。そっかそっか!」
にこにこ笑う彼女は可愛い。守らなくては、と強く思う。
赤ん坊の頃から知っているのだ。彼女の笑顔を見守りたい。
こんなに溺愛するなんて、本当の娘がいたら甘やかし放題だろう。ワガママを出来るだけ叶えてやり、尻にひかれるんだろうきっと。
友人の娘に、こんなに甘いのだから。
「私が大人になったら、旦那様のお嫁さんにしてもらうからね」
「……は?」
「だからそれまで恋人とか婚約者とかやめてね? ましてや結婚なんてダメなんだから」
「なにを……」
「ああ、でも本気じゃないなら許すかも。最終的に私を選んでくれたらいいから。……いや、やっぱりダメ!! 旦那様は私のものだからーー」
「ちょっと落ち着け!」
はあ、と息を吐き出す。わけのわからないことを言い出した挙げ句、変な方向に暴走しそうになった彼女。
彼女はきょとんとした顔でこちらを見つめる。
なに? と言いたげな表情だ。
「だって私は旦那様が大好きなんだもん。結婚したいって思うのは普通でしょ」
「あのなあ……。いつからそんな冗談を言うようになったんだ」
「冗談じゃない! 私は旦那様が好きなのっ」
「……分かった分かった」
最近の子供は妙にませているな。結婚だの好きだの。
そういうのに憧れる年頃なんだろう。俺も学生の時はもっとやんちゃだったし。恋人とずっと一緒にいようだなんだ言ってた記憶もある。
その矛先が俺に向いてるだけで、たいした意味はない。
すぐにそんなことを言わなくなる。
「……旦那様のバカ。私は本気なのに……」
「こんなおじさんやめとけ。年上に憧れてるだけで、憧れを恋と勘違いしてるだけだ」
「違う!! 私はずっと昔から旦那様が好きなんだから! 旦那様しか見えないのに!」
「だからーー」
冗談はやめろ、と言いかけて身体がとまる。
目の前の彼女は目に涙を浮かべ、口を噛んでいる。
握られた拳はプルプルと震えていた。
「旦那様のバカ!!」
捨て台詞をはいてバタバタ慌ただしい足音をさせて視界から消えていく。
あんなに泣かせたくないと思っていたのに。
笑顔にさせてあげたいと願っていたのに。
親代わり、と言いながら彼女を傷つけて泣かせてしまった。
……なんて、みっともないんだ。
「よろしいのですか? はやく追いかけないとふて腐れますよ」
「……追いかけて、いいのか? よけいに嫌がられるんじゃないか」
「旦那様はお嬢さんには甘すぎます。好きな殿方に追いかけてほしいのが乙女心なのです」
お嬢さんは、旦那様が殿方なのですよ。
「ありがとう」
「お礼は給料に期待してます」
ふふ、と面白そうに笑う使用人にやられたな、と苦笑するしかない。
みな、彼女と俺を見透かしているのだ。これからどうなるか楽しみで仕方ない、というのが顔に出ている。
歳を重ねてもなお、人にからかわれるというのは気恥ずかしい。
ましてや、親子ほど年の離れた少女のことで、なんて。
彼女の部屋をノックすると、なに、と不機嫌そうな声が返ってくる。こんなに機嫌が悪い彼女は初めてで狼狽えるが、腹を割って話さないと彼女はきっと機嫌を直してくれない。
ふう、と息をついて覚悟を決める。
「あのな。俺が言いたいのは、親子ほど年の離れたおじさんより、お前にはいい人がいるだろう」
「知らない。私は旦那様しか見えないから」
「歳がかなり離れているんだぞ」
「年の差婚なんていっぱいあるじゃない。私たち以上に年齢差がある人達だっているもん」
「気にしないのか?」
「私は全然気にならない。旦那様がいれば、そんなこと、ちっぽけに思えるから」
それくらい、旦那様を心から慕っているから。
「……こんなおじさんのどこがいいんだか……」
何気なく呟くといきなり凄い勢いで部屋のドアが開いた。
慌てて避けたからいいものの、あと少しで全身強打するところだった……。
部屋から出てくると凄い顔で睨み付けてくる彼女。
また怒らせることを言っただろうか。そう不安に思っていると、腰に手をあて、大声で叫ぶ。
「旦那様は自分の魅力を全く分かってない!! 優しくて穏やかなところも、大人で落ち着いたところも、私を娘のように大事にして守ってくれて、人望があって、ちょっと抜けたところも可愛くて、でもしっかりしてて、言葉では言い表せないーー」
「も、もういい。分かったからやめてくれ。聞いてるこっちが恥ずかしいから」
「旦那様は下卑しすぎだから。とても素敵な人」
「……ありがとう」
「うん。私の気持ち、信じてもらえた?」
「ああ……。冗談だと言ってすまない」
「なら、私をこれから意識してくれる?」
言葉につまる俺を見て頬をふくらます少女に可愛い、と思う。
だが、この気持ちは恋だの愛だの慕情とは違うものだ。
娘にむける愛情を彼女にむけている。彼女と同じ『愛』ではないのだ。
想いを告げられたからといって、すぐに気持ちが変わるわけもなく。
やはり娘にしか見られないと再確認した。
「悪いが娘としか思えない」
「そう。でも今はそうでも何年後は分からないでしょ? いつか旦那様が私なしではやっていけないようになるんだから!」
私に振り向かせてみせる。必ず。
そう言う彼女は自信に満ち溢れていて、こっちが苦笑するほど。
友人になんて言えばいいのやら。結婚するなんて言い出した日には殺されそうだ。
今はまだ、あり得ないけれど。
彼女との始まりは、ここから。
連載にしてみたいお話なんですが、このままの方がいいかなー、となかなか踏み切れない話です。
こういう素直な子、可愛いですよね。
意地っ張りで、でも旦那様が大好きで。
あまり書いたことがないタイプなので、とても楽しかった子です!