幼なじみ
幼なじみ。一緒にいるから、変化も気づくーー。
「ねえ。なんか、嬉しいことでもあった?」
「なんでだよ」
「表情が緩んでるし。にやけてる」
君ははっとしたように顔を引き締める。本当に分かりやすい、幼なじみだ。
分かりやすいというか、幼い時から一緒だから気づいてしまうのかも知れない。小さな変化や、感情的なものを。
嬉しい時や、楽しい時、少しだけだけど、にやけている。周りは気づかない程度に。
でも、わたしは幼なじみだから。気づいてしまう。意図的じゃなくても。
ああ、なんか違うなって。
嬉しいけど、ちょっぴり悲しい。わたしのこと、意識してないんだって、傍で感じてしまうから。
「お前は気づかなくてもいいんだって。なんて鋭い幼なじみをもったもんだ」
「小さい頃から一緒にいるし、ずっと見てきたから。分からない方が変でしょ」
ずっと。ずっと、一緒にいた。誰よりも近くで、見ていた。幼い頃の淡い恋心は、成長した今も、変わらない。
他の男の子なんて、目に入らなかった。君だけにしか、こんな想いを抱かなかった。
「それもそうか。お前も、案外分かりやすいもんな」
「そんなことないし」
「いやいや。分かりやすいの代表だよ」
「絶対にないね。君が知らないこと、あるもん。それに気づいてないのもすごいしね」
「なんだよ、それ」
君が笑った。大好きな、大好きな笑顔。
分かりやすいなら、気づいてよ。わたし、君のこと、昔から好きなんだよ。
幼なじみ、じゃなくて、女の子として意識してほしいよ。こんなに、大好きなのに……。
「おー。悪い。そろそろ時間だから、行く」
携帯で時間を見た君が、すっと立ち上がった。そんなに遅い時間でもないのに、急ぐように荷物を持った。
もっと一緒にいたいけど……言い出してしまったら、こんなふうに話したり出来なくなるかもしれない。そんなの、嫌だ。関係が崩れるのが怖くて、言えない。
「……またね」
呟くように言った言葉は、君に聞こえていただろうか。君の後ろ姿に、切なくなった。
ふっと、辺りを見ると、なにかが落ちていた。拾ってみると、それはいつも君が愛用しているボールペン。
まだ遠くへは行ってないはず。届けに行った方がいいよね。
高鳴る鼓動を抑え、君のところへ走る。
君は近くの公園で、ベンチに座っていた。声をかけようと、近寄った。けど、声はかけられなかった。
「ごめんね! 遅れちゃって……。待たせちゃった……」
「大丈夫。俺も来たばかりだし。どこ行く?」
「一緒にいられたら、それだけでいいよ」
「俺も一緒。たまには家でゆっくりするか」
「うん!」
君は女の子と笑顔で話していた。わたしに気づくことなく、公園を出ていく。腕にまわされた手を見て理解した。
……君には、彼女がいたんだ。
もしかしたら。本当はわたしの気持ちに気づいていたのではないか。でも、知らないふりをして、わたしと接してきたのかもしれない。
今日、君が嬉しそうにしていたのは、彼女に会えるからで。わたしにはなんの感情もなかったんだ。
分かっているはずだった。
でも……でも!
「こんなに、大好きなのに……」
幼い頃から近くで見てきた。誰よりも傍で、君を理解していた。
でも。そう思っていたのはわたしの思い込み。
君のことを知っていると思っていたけど、彼女に見せた、笑顔はわたしが知らないものだった。あんなに優しい表情、見せたことがない。
理解しているつもりで、全然理解していなかった。
「諦め時かなあ……」
苦笑まじりに呟いた。ずっと想い続けてきた初恋は、叶わずに消えていく。本人に伝えることもないまま。知られることもないまま。
こんなことなら、想いを伝えればよかった。そしたら、こんなにも……悔しくなることはなかったかな。
「さよなら、初恋」
握りしめていたボールペンを見つめる。すると、視界が滲んで、頬にあたたかいものが伝う。とめたくても、溢れてはとまらない。
君との思い出が、脳裏によみがえる。
一緒に笑った日、手を繋いだ幼い時。
そして。わたしに向けてくれた、あの大好きな笑顔を。思い出しては消えてゆく、昔からの恋心。