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サイレントはお好きですか? ~消えた発注書と、増えた責任ですわ~

掲載日:2026/08/04

仕事には、それぞれ役割がある。


作る者。


管理する者。


届ける者。


そして、責任を持つ者。


本来ならば、それぞれが自分の役割を果たすことで、物事は正しく進んでいく。


……しかし。


もし、その境界線が見えない者がいたら?


自分の仕事と、誰かの仕事。


自分の責任と、誰かの責任。


その違いを理解しないまま、すべてを周囲へ渡してしまう者がいたら?


その者は、きっとこう言うだろう。


「皆様が協力してくださるから、わたくしは頑張れるのですわ。」


と。


そして今日も。


静かな一言が響く。


「Silent。」


世界は少しだけ形を変える。


けれど。


Silentは、忘れない。


過去の記録も。


積み重なった選択も。


誰が何を望み、誰が何を背負ってきたのかも。


これは、自分だけが正しいと信じる悪役令嬢と。


すべてを記録し続ける静かな力のお話。


サイレントはお好きですか?

王国商会には、ある暗黙の了解が存在していた。


リリアーナ・フォン・クロイツが朝から機嫌よく現れた日は、必ず何かが起きる。


「皆様、おはようございますわ。」


優雅な笑顔。


美しいドレス。


香り高い紅茶。


誰が見ても完璧な令嬢。


しかし、渉外官たちは違う意味で緊張していた。


(今日は何が消えるんだ……)


(責任か。)


(記憶か。)


誰も口には出さない。


なぜなら。


言った瞬間、自分の発言記録が都合よく変わる可能性があるからだ。



「ところで。」


リリアーナは一枚の発注羊皮紙を見ながら首を傾げた。


「魔導部材の手配がありませんわ。」


渉外官の一人が慌てて確認する。


「え?」


「昨日、手配されていたはずですが……。」


「されていませんわ。」


即答。


「ですが、昨日の夜にリリアーナ様が……。」


「記憶にありませんわ。」


渉外官は黙った。


もう慣れていた。


リリアーナにとって、昨日の自分と今日の自分は別人なのだ。



誰にも見えない場所で。


Silentは静かに記録していた。


【履歴確認】


昨日 21時14分。


魔導部材手配。


実行者。


リリアーナ・フォン・クロイツ。


昨日 21時22分。


手配取消。


実行者。


リリアーナ・フォン・クロイツ。


本日。


「手配されていない」と発言。



Silent。


分析。


問題発生原因。


記憶不足ではありません。


履歴確認不足です。



もちろん、その声は誰にも届かない。



「まあ、仕方ありませんわ。」


リリアーナは微笑んだ。


「渉外官の方で、工房へ準備依頼を出してくださいませ。」


渉外官たちは顔を見合わせる。


本来。


魔導部材の管理や準備確認は、王国商会側の仕事だった。


しかし。


誰も言わなかった。


言っても意味がないからだ。



そして。


依頼を受けた工房。


そこには、ヴァルゴアがいた。


リリアーナより二十歳ほど年上。


王国でも有名な工房主。


腕は一流。


商売勘も一流。


そして。


口の悪さも一流。



「部材準備の依頼?」


ヴァルゴアは羊皮紙を見る。


「……。」


「なあ。」


「これ、うちがやる仕事なん?」


渉外官は苦笑する。


「リリアーナ様からのご依頼でして……。」


ヴァルゴアはため息をついた。


「またか。」



数時間後。


リリアーナへ返答が届く。


「準備費用をいただきます。」


リリアーナは目を丸くした。


「まあ。」


「費用?」


「今まで無料でしたわ。」


ヴァルゴアは通信水晶越しに答える。


「今までがおかしかったんや。」



「いくらですの?」


「一時間、一千七百九十ゴールド。」


「高すぎますわ!」


ヴァルゴアは笑った。


「そらそう思うやろな。」


「でもな。」


「部材探して。」


「数量確認して。」


「不足分調整して。」


「納期合わせて。」


「それ、全部うちの人間の時間や。」


「無料でやる理由ある?」



リリアーナは静かに微笑む。


「Silent。」



世界が一瞬だけ静まった。



【要求確認】


準備費用の妥当性確認。


過去履歴を参照します。



工房による追加対応。


287件。


無償対応。


287件。


王国商会側の管理不足。


多数。



Silent。


判定。


金額。


妥当。



リリアーナ。


「……。」


ヴァルゴア。


「ほら。」


「Silentの方が話早いやん。」



「今日のSilentは少し意地悪ですわ。」


「いや。」


ヴァルゴアは即答した。


「事実言うてるだけや。」



午後。


別の問題が起きた。


「本日の納品は難しいですわ!」


リリアーナは宣言した。


「短納期ですもの!」


渉外官が静かに答える。


「三ヶ月前から内示は入っていました。」


「聞いておりませんわ。」


「記録があります。」


「記録は信用できませんわ。」


渉外官は遠い目をした。



その数時間後。


別の担当者たちは黙々と動いた。


不足確認。


数量確認。


搬送準備。


そして。


納品完了。



「完成しました。」


リリアーナは驚いた。


「まあ。」


「できたのですの?」


「はい。」


「誰が?」


沈黙。


誰も答えない。



最近。


誰もリリアーナへ報告しなくなった。


報告すれば質問される。


質問されれば説明する。


説明すれば責任が増える。


だから。


必要最低限だけ動く。


それが、この王国商会で生き残る方法だった。



夕方。


リリアーナは魔導通信水晶で報告書を送った。


内容は。


「私はこれだけ頑張っていますわ。」


というもの。


しかし。


送信先には工房、商会、関係者すべてが含まれていた。



ヴァルゴアは通信を見る。


「……。」


弟子が聞く。


「どうしました?」


「これ。」


「誰向けの報告やと思う?」


「自分向け?」


ヴァルゴアは頷いた。


「たぶんな。」


「でもな。」


「外に見せるもんちゃう。」



その夜。


リリアーナは紅茶を飲みながら満足していた。


「今日も大変でしたわ。」


「でも、私は最後まで努力しましたもの。」



Silent。


静かに記録。



【Silent Log】


本日の改変件数。


4件。


責任変更要求。


3件。


問題解決。


周囲の努力による。



自己評価。


★★★★★



周囲評価。


☆☆☆☆☆



本日の推奨。


「謝罪」という機能を追加してください。



リリアーナ。


「不要ですわ。」



Silent。


判断。


必要性。


非常に高い。



リリアーナ。


「Silent。」


「最近、少し生意気ではありませんこと?」



Silent。


アップデート完了。


皮肉機能。


Lv.2。



その日。


王国中の人間が思った。


一つだけ。



(Silent、もっと言ってくれ。)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、リリアーナの「仕事の境界線」がテーマのお話でした。


本人としては、決して誰かに迷惑をかけようとしているわけではありません。


むしろ。


「効率よく進めていますわ」


「皆様で協力しているだけですわ」


本気でそう思っています。


そこが一番厄介なところなのかもしれません。


今回登場したヴァルゴアは、リリアーナにとって貴重な存在です。


彼女を褒めることもあります。


努力を認めることもあります。


しかし。


間違っていることまで肯定はしません。


「頑張っていること」と「正しいこと」は別。


その現実を、誰よりもはっきり伝えてくれる人物です。


そして少しずつ変化しているSilent。


最初は、リリアーナの願いを叶えるだけの存在でした。


しかし。


Silentには一つだけ特徴があります。


記録を消せないこと。


都合の悪い過去も。


積み重ねた選択も。


すべて覚えていること。


果たしてSilentは、最後までリリアーナの味方なのでしょうか。


それとも。


世界で一番リリアーナを理解している存在だからこそ、最後に一番厳しい答えを出すのでしょうか。


ちなみに今回のSilent Log。


作成していて思いました。


Silent、だいぶ口が悪くなってきています。


アップデートの方向性を間違えている気がしますが……。


たぶん本人(?)は正常運転です。


次回も、リリアーナとSilentの静かな戦いを楽しんでいただければ嬉しいです。


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