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俺と女王様  作者: 冬野 暉
特別編
17/19

Special.3 俺と女王様と悪魔くんの初夢パラドックス

2009年新春企画。『となりの悪魔くん』シリーズとのクロスオーバー。

 これは夢だ。夢に決まっている。

 よし、とりあえず落ち着いて頬をつねってみよう。……痛い。

 肉をつままれ、引っ張られる地味な痛さ。

「よくできた夢だな……」

「何ひとりでぶつぶつ言ってんの? ものすっごく不審人物なんだけど」

 隣から突き刺さる視線の鋭さまでリアルだ。最近の夢は現実感に溢れまくっているんだなぁ。まったくもって人類の進歩!

「本原くん、気持ちはものすごくわかるんだが、痛々しいからやめてくれ……」

 上村うえむらの哀願に、俺は超重力を食らってがくりと崩れ落ちる。同い年にしては小柄な少女の隣では、やたらと目の細い男が「ほうほう」とわざとらしく頷いていた。

「あんたが『俺』か。てぇことは、お隣の彼女が噂の女王様?」

「神崎苑香よ」

 どうしておまえは平然としていられるのだ。いつもどおり偉そうな口調で名乗った俺の幼なじみに、変態の疑惑を持つ悪魔はにっこりと笑んで、それはそれは優雅な一礼を決めた。

「お初お目にかかる。我が名はメフィストフェレス。魔界に棲まう闇の眷属にして、人の世においては悪魔と呼ばれしもの。女王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう、何よりと存じ上げる」

「うむ。苦しゅうない、面を上げよ」

 どうしてそんなにノリノリなのだ……。

 心のなかで虚しいツッコミを入れるしかない俺の肩を、上村が無言で叩いた。

 俺の記憶が正しければ、今日は新年第一日目、つまり元旦。例年のように両親や幼なじみ一家とともに、初詣に行ったりおせちに舌鼓を打ったりお年玉の金額に唸っていたりしていたはず――なのだが。

 父さんとおじさんの酒盛りに無理やりつき合わされ(もちろん俺はオレンジジュースだ。未成年は飲酒禁止!)、根掘り葉掘り彼女とのことを追及されていたあたりで記憶が途切れている。

「しっかし、なんともおかしな初夢ね」

「……は?」

 初……夢?

「やっぱこれって夢なのか?」

「そうじゃなかったらありえないでしょ」

 彼女は呆れているというよりも馬鹿にしきった目で睨んでくる。ちくしょう、おみくじの『凶』がこんなところで発揮された!

「んー、正しくは夢であり現実でもあるってところかな」

 メフィストフェレスはひょいと肩を竦め、狐の面に似た奇妙な笑みを浮かべた。

「夢だからこそ『ありえないこと』が『ありえること』になる。潜在意識下での現だからこそ逆説が裏返る」

「……メフィスト、言ってることがさっぱりなんだが」

 こめかみを押さえながら上村が唸る。常々悪魔の言動に翻弄されているだろう苦労が滲む姿に、涙と親近感を抑えられない。

 途端に悪魔の笑顔が甘くなった。ブラックコーヒーが真っ白になるまでミルクとガムシロップをぶちこんだような。

 どこにでも視覚的暴力に訴える色ボケはいるのだな……。

「そうだなぁ。つまり、この夢は俺たちが眠りながら見てる夢であると同時に、共有の精神世界で起こってる現実――ってことだ」

「…………要するに、わたしたちは幽体離脱して魂だけの状態で顔を合わせてるってことか?」

「うーん。違わなくもねぇ、かな」

 魂までは飛ばしてないんだけどねぇ、とメフィストフェレスは呟いている。どういう理屈にしろ、非現実なことには違いない。

「ぜんぜん世界観が違うんですけど……」

 こちとらおたくと違ってラブコメの看板しか掲げていないのだ。……胸を張ってそうだと言いきれないあたりが悲しいが。

「だから、それが『ここ』の法則なんでしょうが。いつまでぶちぶち文句垂れてんのよ。まったくみみっちい男ねぇ」

「悪かったな、みみっちくて! ひとりくらいこういうやつがいねぇとボケ倒しになるだろうが!」

「おいそこのヘタレ。うちのとーこたんのツッコミじゃあ足りねぇってのか?」

「とーこたん言うな! だいたい、わたしひとりじゃおまえたちのボケなんて捌ききれないわ!」

「あべしっ」

 ぶへっと奇声めいた呻きを上げて、色ボケ悪魔が地に沈む。むぅ、なんとキレのある裏拳なのか。

「気にしないでくれ、本原くん。きみがいるお陰で大いに助かってる。特に精神衛生的な意味で」

「上村……」

 俺たちはがしりと固い握手を交わした。掌から伝わる熱い友情……!

「カノジョの目の前で浮気なんて、いい度胸してるわねぇ」

「あだ、あだだだだっ! 痛い痛い、耳がちぎれる!」

 ぎりぎりと片耳をねじ上げられ、俺は悲鳴を上げた。犯人である女王様は、目を逸らさずにはいられないような笑顔で凄んでくる。

「いっそちぎれちゃいなさいな。涙に濡れる乙女心も聞こえないような飾りものなんて!」

「俺はテレパシストじゃねえぇ!」

「愛の力でなんとかしなさいよ!」

 そんな無茶な。愛の力でテレパシー可能なら、この世に電話は発明されていない。

 どうして俺の恋人は、もう少しかわいげのある方法でやきもちを焼いてくれないのだろうか。

 まあ嘆いたところでしょうがない。女王様であることこそ、彼女の彼女たる所以なのだから。そんな幼なじみにうっかり恋してしまった、すべては惚れた弱味である。

 気が済んだらしくようやく耳が解放されたところで、俺はふてくされている彼女の頭を軽く叩いた。

「あのなぁ、俺が浮気するとか思ってんのか?」

「あたし以外の女と手ぇつなぐなんて立派な浮気よ」

「どんだけ心狭いんだ、おまえは……」

「じゃあはじめは、あたしが目の前で別の男と仲よさそ〜に手ぇつないでても平気なわけ?」

 じろりと睨み上げてくる深い色の双眸に、俺はうっと言葉に詰まった。

 ……かなり、いやまったくもって許しがたい。

 顔に胸中のすべてが出たのだろう、途端に彼女はにやにや笑いを広げた。

「わかったらもう二度とやらないように」

「……了解」

 掌の上で遊ばれているというか、頭が上がらないというか。安易に予想できてしまう未来図にため息をつきたくなった。

「……どうしよう。わたしはどうすればいいんだ」

「いやいや。まったくお熱いことで」

 途方に暮れた上村とメフィストフェレスのなげやりな呟きに、慌てて我に返る。そういえば今更なのだが、どうすればこの夢は覚めるのだ?

 その疑問に、メフィストフェレス先生が実にあっけらかんと答えてくれた。

「まあ所詮『夢』だからな。肉体が眠りから覚めれば、自然と意識も現実世界に引き戻されるさ」

「それまでどうしろと……」

「こたつにでも入ってごろごろしながら、蜜柑を食べてろってことじゃない?」

 ほら、と彼女が指し示した先には、大きめのサイズのこたつがでんっと陣取っていた。卓上には、籠に盛られた蜜柑の山。瑞々しいオレンジ色が目にも鮮やかだ。

「え、えっ?」

 上村が動揺するのも無理はない。俺たちはいつの間にか、六畳ほどの和室にいたのだから。では、先ほどまでどこにいたのかというと――わからない。

 明るかったか暗かったのか、暑かったのか寒かったのか。まるで霧のように朧げで、具体的な記憶を結ぶことができない。

「その場に集う意識が共通の認識を持てば、それが現実となる。いやぁ、まったく精神世界ってのは便利だよなぁ」

 混乱したままの上村の手を引き、いそいそとメフィストフェレスがこたつに入る。専門家というのは、一般人を置き去りに順応してしまうからたちが悪い。

「ねぇ。突っ立ってたってしょうがないから、あたしたちも座ろうよ」

「……そうだな」

 能天気というか無邪気というか、どこだろうと揺らがぬ彼女の笑顔に、俺は脱力しながらも苦笑した。

 きっとこの出会いは一期一会。どこかのだれかの気まぐれが生んだパラドックスの奇跡。いずれは覚めてしまう夢ならば、心ゆくまで満喫しようではないか。

 ぬくぬくとこたつであたたまり、蜜柑を食べながらしゃべり倒す。そんな初夢も悪くない。

 ではまず、この言葉からはじめようか。

 ――あけましておめでとう!




(Happy new year! and,have nice first dream of the year.)

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